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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ それぞれの模擬戦闘編 ~

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勝つための手段

「『おやすみなさい』、九十九」


 見た覚えしかない他人の姿を借りたままのわたしは、なんとかその言葉だけを口にする。


 お願いだから、これで眠って!!

 そんな勝手な思いだけを強く願いながら。


 彼への魔法に意識の全てを賭けたので、金髪の女性の姿を保ち続けることができなくなり、細く長い綺麗な腕から、見慣れた自分の、まあ、可愛いと言えなくもない微妙な長さの白い腕が目に入った。


「あ……?」

 九十九の身体がぐらりと崩れ落ちる。


 閉じかけた瞼の奥から、光が消えていく。

 それを申し訳なく思った反面、これで、ようやく終わったのかという安心感もあった。


 助けるための手は伸ばさない。

 彼はきっとそれを望まないから。


 九十九の唇が微かに動いた。

 わたしは、声にならない言葉を拾う技術なんてない。


 だから、彼がなんと口にしたのかは分からなかった。


「し、しんどかった……」

 身体がふらついているのが分かる。


 だけど、これだけはちゃんと口にしなければならない。


 できるだけ、笑おう。

 勝者らしく堂々と。


「わたしの勝ちだね、九十九」


 そこに全く喜びはなかったけれど、わたしは、初めて自分だけの手で勝利を掴んだのだった。


 他人の姿を借りた時点で、「自分だけ」と言うのはちょっと違うのかな?


 座り込みたいのを必死で我慢する。

 今こそわたしの二本しかない足は根性を見せる時だ!


 最後の、大仕事が待っているから。


「解説を求めても良いかな」


 暫く、九十九の状態を確認していた彼の兄……、雄也さんは、わたしに笑顔を向ける。


 雄也さんだって驚いたことだろう。


 寧ろ、すぐに問いかけず、まず、弟の状態を確認することを優先できるほど、冷静なままでいられるこの人が凄い。


「最後の『変身魔法』……について……ですよね?」


 一刻も早く、そのことについて聞きたいだろうけど……。


「その前に、座るかい?」


 雄也さんは、わたしの方を気遣ってくれた。


「いえ、このままで」


 わたしは右手を出して、制止する。


「一度座っちゃうと、もう二度と立ち上がれなくなりそうなので」


 魔法力はほぼ枯渇状態。

 この身体が、眠る一歩手前だということは分かっている。


 でも、ここで、まだ意識を飛ばすことはできなかった。


「それなら仕方ないね」


 そう言いながら、雄也さんはわたしに向かって手を伸ばすと……、肩を抱き寄せる。


「ふわっ!?」


 思わず上がる声。


「許可なく触れてごめんね」


 そのまま、わたしの身体を彼の胸元に押し付け……、そのまま、腕と自身の身体で支えてくれる。


 支えがある分だけ、力を抜くこともできて、少しだけ楽になった。


「ありがとうございます」


 それでも、意識が飛びかけている事態は変わらない。


 できるだけ、用件を早めに伝えなければ……。


「先ほどの魔法は、()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()です」


 前置きもなく、いきなり本題に入る。


 先ほどわたしが変身した金髪の女性は、彼ら兄弟の先生である「ミヤドリード=ザニカ=バンブバーレイ」、いや、正しい名前は確か、「ミヤドリード=ザニカ=イースターカクタス」さん。


 その人の姿だった。

 ……()()


 昔のわたしなら、断言できたのだろうけど、今のわたしはちゃんとその彼女の姿になれたのかも分からないのだ。


「栞ちゃんは、ミヤドリードのことを思い出したのかい?」

「いいえ」


 わたしは首を微かに横に振った。


「わたしは、あの方にお世話になったことを覚えていません」


 そのことを本当に申し訳なく思えてしまう。


「だから、毎晩のように添い寝をしてもらったり、身体の隅々まで洗われたり、歳が離れた姉のように慕っていた覚えもないのです」


 それだけ、あの警戒心が強い「昔のわたし」が懐いていたというのに、恩知らずなわたしは、記憶を封印されているとは言え、何も覚えていないのだ。


 あの長い金色のふわふわした髪も、青く綺麗な瞳も、少し皮肉気な笑みを浮かべる紅い口も、どこかの王さまを思い出すような整った顔立ちも。


「ちょっと待って?」


 だけど、雄也さんが困惑したような声が頭上から聞こえた。


「はい?」

「それは、誰かから聞いたのかな?」

「ええ、まあ、本人……、に?」


 はっきりとは言いきれない。


 誰かから騙されている可能性はある。

 でも、わたしは、何故か確信したのだ。


 あの人が、母が気を許し、彼ら兄弟が思い慕う「ミヤドリード」さんだと。


「本人に? どこで?」


 雄也さんがさらに確認してくる。


 立場的に当然だろう。

 会えるのならば、会いたいに違いない。


 その「ミヤドリード」さんは、既に亡くなっているのだから。


「その、はっきりと覚えていないのですが……」


 流石に雄也さんでも信じてくれないかもしれない。


 でも……。


「夢の中で」


 わたしはこの兄弟に嘘は吐きたくなかった。


「夢の中?」


 笑うでも、茶化すでもなく、真面目に雄也さんは問い返す。


「えっと、ここ3日ほど、()()()()()()()()()()()

「3日も?」


 そうだ。

 3日も「彼女」はわたしの夢の中に現れた。


 なんと言うか、あらゆる意味で、不思議な人で……。


 なんとなく、わたしはワカや高瀬、そして、母のことを思い出したことだけはぼんやりと覚えている。


「わたし、夢の中での出来事をあまりはっきりと覚えていられないようで……」


 だから、その記憶は曖昧だった。


 こんなところが何かに似ている、誰かのようだと、その時は確かに、そう思うのに、目が覚めるとはっきりと思い出せない。


「だから、混ぜました」

「は?」


 わたしの言葉に対し、雄也さんは戸惑いを隠さない返答をする。


「イースターカクタス国王陛下を始めとして、夢の中で出会ったミヤドリードさんに似ていると思う人たちを混ぜて自分なりにあの方のイメージを作り上げました」


 そう言って顔を上げて笑って誤魔化す。


 彼女に近しい場所にいた彼らを、本当の意味で騙すことはできないだろう。


 だけど、彼女がいなくなってから、かなり長い年月が過ぎている。


 心の成長が早いとされる魔界人だって、少しばかり記憶が混濁してしまうには十分な長さだと思う。


「後は、これまでに視た『過去視』の影響もあるかもですね。しっかりと覚えていなくても、幼い頃の自分を何度か視た覚えもありますし……」


 だから、その雰囲気や口調はなんとか掴めていたとは思う。


 尤も、変身した自分を客観的に見ることができなかったので、どこか無理はあったかもしれない。


 台詞は短め。

 その「衝撃(すがた)」だけに全てを賭けた。


「九十九の油断を誘うためとはいっても、よくやってみたね」


 皮肉ではなく嫌味でもなく、雄也さんは事実を口にする。


 確かに彼らにとっては、第三者から勝手に踏み込まれたくない「聖域(思い出)」部分ではあったのだろう。


 でも、仕方ないじゃないか。


「いや、ミヤドリードさんに頼まれまして……」

「え?」


 そう頼まれたのだから。


「幻影でも、投影でもどんな魔法でも良いから、『あの人の姿』を見せた上で、九十九や雄也さんに『夢で逢いましょう』と伝えてくれ……と」


 それは、あの人が、最近、わたしが奇妙な魔法を使えるようになったことを知っていることに他ならない。


 その上で、夢に現れた女性は、どんな形でも良いから、「師に対して、不敬で不義理で忘恩な馬鹿弟子ども」に、「この姿」と「言葉」を伝えてくれ、と。


 この言葉だけでも、性格がにじみ出ているよね?


「ミヤ……が……?」


 呆然とした雄也さんの瞳が目に入る。


 九十九とは違う不思議な黒い瞳。

 それが今、迷いや恐れで揺れている。


「でも、勿論、本物かどうかは分かりませんよ?」


 少なくとも、それを見極めることができるほどの知識も情報もわたしにはない。


 もしかしたら、あのミラージュのライトが、わたしを騙そうと夢の中に入り込んでいても何も不思議な話ではないのだ。


「もしかして、そのために九十九と勝負を?」


 雄也さんが確認する。


「いいえ、それは違います。単純にわたしが、九十九と勝負したかっただけですよ」


 それは本当のことだ。


 結果はこんな形になってしまったけど、彼の面白い魔法をずっと前からもっと見たいとは思っていたのだ。


「でも、勝者になれば、話をしやすいし、負けても、九十九なら改めて話を聞いてくれるかなと思ったことは否定しません」


 彼の口から「何でも叶える」と聞いた時……、不意に頭をちらついたのだ。


 普通に言えば、魔界人と言っても頭の中身を疑われてもおかしくないような話だけど、勝者の権利なら彼は聞き入れてくれるだろう、と。


「結果として、あなたたちの思い出を、利用する形にはなってしまいましたが、本当は変身なんて、するつもりなんてなかったんです」


 普通に告げるだけでも良かったのだ。


 こんな勝負に関係なく、「夢の中でミヤドリードさんと思われる女性からあなたたちへの伝言として、『夢で逢いましょう』」と言われた……と。


 それだけのことだった。


「あなたたちを傷つけたかったわけじゃないのに……」


 あの瞬間の九十九の驚愕を見れば……、彼がどれだけ彼女を慕っていたのかが分かる。


 そして恐らく、わたしを今、支えてくれている雄也さんも。


 だけど、それ以上に、「やってみたい」と思ってしまった。

 あの状況から、わたしが九十九に勝つことなんて、普通の方法ではできなかった。


 だけど、わたしが覚えていないはずの彼女に変身できたらあるいは……、と思ってしまったのだ。


 わたしは、勝つために手段を選ばなかった。

 なんて、卑怯な人間なのだろう。


 そう思うと、溜息しか出てこないのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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