最後に笑ったのは
『光の剣よ!』
弟の頭上に雷撃魔法で作られた剣が現れる。
先ほどのヤツが手にしていた「雷撃魔法の剣」に形がとてもよく似ているのは、気のせいではないだろう。
しかし、似ているのは形だけで、それ以外がまったく違った。
「でけえ!!」
弟が何の捻りもない言葉を叫ぶ。
自ら、創り上げたものが彼女によって簡単に再現されていることよりも、その大きさに驚いたようだ。
この距離からでもヤツの身体よりずっと大きな刀身だと分かる。
人間界で「竜殺しの剣」とか、「斬馬剣」などという大きな刀身を持つ武器を耳にしたことがあるが、恐らく、大きさだけならそれらの武器を凌駕するだろう。
尤も、あれほどの大きさとなれば、只人の身では握ることすらできないとも思える。
種族的に「ギガンテス」や「ティターン」、「霜の巨人」などと呼ばれる巨人が振るう武器だろうか?
しかも、その数は13本と数が多い。
だが、それは人間界の「忌み数」と言われる数字でもある。
特に西洋においては、様々な観点から最も忌避される数字だ。
その数は偶然なのか?
それとも、意図的だったのだろうか?
そして、その13本もの大剣がぐるりと円を描いて、弟を囲んだかと思うと……。
『切り裂け!!』
彼女の合図とともに、轟くような音を立てて、本来の雷撃魔法のように弟に向かって次々と落ちていく。
だが……。
「それ、切り裂いてねえから!!」
弟がこれまでで一番、納得できる言葉を叫んだ。
その魔法が、「剣」という形状だったためだろうが、どう見ても一直線にまっすぐ目標物に向かうその動きは、弧を描くような「切り裂く」と言うよりは、「刺し貫く」という表現の方が近い。
いや、もしかしたら、刺さった瞬間に、対象物を切り裂いたり引き裂いたりするような動きになるとか?
それならば、なかなかいい趣味をした攻撃手段かもしれない。
そして、相手の心も折りやすくなることだろう。
誰だって、刺さって終わりだと思ったら、油断する。
その後に身体が割かれるなどという更なる苦痛が待っているなどと思わないだろう。
効果は甚大だ。
「あれ?」
だが、主人が首を捻った。
そこまでの意図はなかったようだ。
どうやら、俺は考えすぎてしまったらしい。
まあ、本当にそんな攻撃手段を考えていたとしたら、彼女を見る目が少しばかり変わってしまうことだろうが。
「しかも、やってることは、ただの雷撃魔法だ!!」
弟が何気なく言い放ったその言葉で、あることに気付く。
先ほどから様々な事態に対応でき、魔法力も残り少なくなっている彼女が、何故、わざわざその形状にしたのか?
今の彼女なら、普通の「雷撃魔法」が使えないとは考えられないのだ
ならば、何故、わざわざその形状を選んだのか?
そこに何の意味がないとは思えなくなってしまう。
「どちらでも良いんだよ。九十九が混乱してくれれば……」
「は!?」
呟くようなそんな主人の言葉に、弟は目を丸くした。
そうか……。
彼女は、弟の精神的な混乱を狙っていたのか。
そうなると、最後は精神系の魔法を考えているということだろう。
あの阿呆みたいに精神力の強い弟に残り少ない魔法力で有効打を狙うなら、確かにその手段が今の彼女にとって、最良だと言えるだろう。
『燃えろぉ!!』
そんな言葉と共に、リング状となった火炎魔法が地面を転がり始めた。
ああ、これも予想外の魔法だ。
ここまで予想外の魔法に対する驚きが積み重なってきて、さらにいちいち突っ込みを入れていた弟は、精神的にも疲れている。
そして、やはりヤツには予測できなかった行動だったのだろう。
「この、非常識!!」
水魔法をかけながら、そう叫ぶが、目的が相手の「精神の混乱」を狙っているなら、常識など守る方がおかしい。
寧ろ、もっとやれと応援したい。
仮にも「勝負」と名の付く状況で、相手が予測できてしまうような行動に、一体、何の意味があるというのか?
「『雷撃魔法の剣』を使うような規格外に言って欲しくないな」
どこか呆れたように言う主人に対して……。
「その発案者はお前だ!!」
弟はそう叫んだ。
つまり、彼女は型に嵌らない発想がいくつも可能だと言うことに他ならない。
だが、疲れているのか、ヤツはその事実に気付いていないようだ。
「そうでした」
照れくさそうに笑う主人。
だが、一瞬、その身体が大きくぶれた。
魔法力がそろそろ限界に近いようだ。
分かりやすくその瞳には、「疲労」の二文字も浮かんでいる。
「そろそろ止めるか?」
「まだまだ!!」
弟のそんな甘言には惑わされない。
いや、ヤツ自身は甘言ではなく、彼女の状態を心配し、救いの手を差し伸べたつもりだったのだろう。
だが、その手を振り払う。
「やっぱり、さっきの状態で、さっさと降服勧告しておけばよかったな」
弟は眉間に皺を寄せながら、その首を振る。
どちらにしても、時間の問題だ。
だが、それは、一体、どちらの「時間の問題」なのだろうか?
「雷撃魔法」
弟が、魔法力をさらに削りにいく。
体内魔気による「魔気の護り」を発動させることで、彼女の魔法力を使わせようとしているのだろう。
「くっ!!」
転がるような動きで回避する。
それでも、彼女の瞳からは強い輝きが消えない。
体内魔気による自動防御に任せず、地面を転がりつつも雷撃魔法の直撃を避けようとする。
その強い瞳は弟だけを見据えていた。
何かを、狙っている?
不意に、主人はすっと、立ち上がった。
その両手を下げてはいるが、降参ではない。
彼女は、起死回生の布石を打つために、また立ち上がったのだ。
「今から、最後の手段を使うけど良い?」
弟に向かってそう問いかける。
それは、彼女にしては珍しい問いかけ。
「おお、通じなければ諦めるか?」
だから、ヤツは確認する。
これ以上、勝負を引き延ばされたくないから。
「いや、通じる」
主人は断言した。
彼女からの迷いのない力強い言葉。
「なんだと?」
それに対して弟は訝しむよりも、驚きを隠せなかった。
「悪いけど、弱点攻撃をさせてもらうね」
主人は、確かにそう言った。
その言葉の真意を探るよりも先に……。
『変身!!』
そんな声が響き渡る。
そして、眩しい光と共に、俺たち兄弟にとって、最大にして最悪の脅威が姿を現してしまった。
後になってから思う。
見ているだけのつもりが、とんだとばっちりを食らう羽目になった、と。
そして、弟が素直にとっとと負けていれば、こんな形にはならなかったはずなのにとも思ってしまった。
それだけの存在が、その場に現れる。
金色の長い髪、青い瞳。
鮮やかな紅い唇の端は微かに上がっているが、それだけで射抜くような瞳の鋭さを誤魔化しきれてはいない。
細身の体型に、すらりと伸びた手足。
整ったその容姿から、気の強さが溢れ出ている女性の姿がそこに降臨する。
「み……?」
思わず呆然としたのは、俺以上に弟の方だったことだろう。
目の前に突然、現れた信じがたい脅威を目の前にしているのだから。
『一度しか言わないからよく聞きなさい』
声は全く違うはずなのに、その尊大な口調のために何故か同じ声に聞こえてしまう。
『夢で逢いましょう』
「「は?」」
金色の髪の女性の言葉に、俺と弟の声が重なる。
そして……。
「『おやすみなさい』、九十九」
一言だけそう言うと、弟に向かって笑いかけながら、俺たちが良く知る彼女の姿に戻っていく。
「あ……?」
九十九の身体が崩れ落ちる。
それを完全なる油断と言えば、そうなのだろう。
護衛としては、失態だと言える。
だが、その場にいたのが俺であっても、同じ手にやられた自信があった。
それだけあざといほど見事なまでの精神攻撃。
あの姿、あの口調を、今の彼女が知るはずがない。
だが、間違いなく、よく知る者の言動にしか見えなかった。
あれは、一体……?
「し、しんどかった」
黒髪の主人はふらつきながらも、そう呟いた。
そして……。
「わたしの勝ちだね、九十九」
倒れた弟に向かって、清々しいまでの笑顔でそう宣言したのだった。
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