大事なものを傷つけたくない
見ただけで、聞いただけで、他人の魔法を再現するなど本来ならありえない。
魔法は魔法書に書かれている手順に基づき、神や精霊などと魂に刻み込む契約することで、形作られる奇跡だ。
それが、通説だった。
もはや既に過去形だ。
通説は、時代によって変わるものではあるが、まさか、目の前で次々と破られていく様を見せつけられるとは思っていなかった。
自分の魔法だけではない。
彼女は、弟の魔法も、魔法国家の王女の魔法すら再現する。
契約の有無に関係なく、お手本さえあれば、全ての魔法を手にすることが可能だと言わんばかりに。
まるで絵を描くような気軽さで、これまでの魔法研究とそれに纏わる歴史の全てを否定していく。
尤も、それらの数々に対して、本当の意味で信憑性があったのかは、今となっては分からないわけだが。
ただ、世界中の魔法を再現することも可能な天才も、何故だか召喚魔法、収納魔法、移動魔法など、空属性に関する魔法だけはまだ難しいらしい。
その点においては、彼女なりの常識が邪魔をして、想像力が働かないのだろう。
魔界人の感覚からすれば、そちらの方が不思議ではあるのだが。
「行くよ!」
光球魔法を出した主人は弟に向かって叫んだ。
だが、本物を見ていないためか、威力はともかく、速さが足りない。
あれぐらいなら、弟は対応できる。
恐らくは、風魔法の次に食らい続けた魔法だから。
「はあっ!!」
思った通り、簡単に掻き消した。
それでも、少し魔法防御を上げるだけで、掻き消すことができるようにはなったことに正直、驚く。
確かに速度はなかったが、威力は間違いなくあった。
なるほど……。
俺も、もっと精進する必要があるようだ。
だが、今のは体内魔気を操作して、「魔気の護り」を上げる身体強化の一歩手前。
割と反則一歩前だと思うのは俺だけだろうか?
まあ、それほどヤツも追い込まれてはいると言うことだな。
涼しい顔をしているのは護衛の気概か、男の意地かは分からんが。
「オレを風属性だけの男と思うなよ? 」
当たり前だ。
弟には、できる限り、六属性全てを仕込んだ。
特に魔法耐性を中心に、魔法国家の王女には届かなくても、それに近しい能力を植え付けようと。
それは、全て、目の前にいる黒髪の主人のために。
『羽ばたけ、朱雀!』
だが、その主人は俺たちを凌駕しようとする。
どれだけ手を伸ばしても届かないような場所へ向かって。
だから、俺たちはいつだって、その背を追うしかできない。
「出やがったな、化け物」
炎を全身に纏うその巨大な鳥を見て、弟はそんな悪態を吐く。
そう言いたくなるヤツの気持ちは分からなくもない。
人間界の神獣の再現。
南方を守護する伝説の神獣「朱雀」。
そして……。
『クケーッ!!』
昼間、聞いた時も驚いたが、何故か叫ぶ。
声帯があるとは思えないのだが、不思議なものだ。
炎に包まれているから見えていないだけで、実際はあるかもしれない。
できれば、近くで見てみたいという好奇心にまたも、揺り動かされるが、状況的に流石に自重した。
だが、機会があれば、いつか……。
「氷槍魔法!」
弟は、少しずつ炎を弱めることにしたようだ。
氷の槍を放つが、一瞬で溶かされていく。
だが、あそこまで大きければ、目を閉じても当てられる。
続けざまに何本も氷の槍を投げていく。
やがて尖った氷の槍というよりも太いだけの氷柱に近くなった。
攻撃形状にしても意味がないと悟ったためだろう。
だが、俺たちの主人は想像以上に大物だった。
『出でよ、青龍!』
さらに、そんな信じられない言葉を発する。
そして、その呼びかけに応えるかの如く、緑の鱗を持った龍が、竜巻を伴い、低い唸り声を上げてその神々しい姿を現した。
「「は?」」
そんな驚きの声が重なる。
一つは勿論、俺の声だが、もう一つは少し離れた場所にいる弟の声だった。
だが、その声色は全く違うものだ。
ヤツは驚きのあまり、呆然としたような声。
俺から出たのは、押さえきれずに漏れ出た歓喜だった。
信じられないとしか言いようがないだろう。
南方朱雀だけではなく、東方を守護するとされる神獣「青龍」のお出ましなのだ。
長い舌、そして長い身体を覆う緑色の鱗。
我らが主人はその魔力だけで、「南方朱雀」だけではなく、「東方青龍」も創り出してしまった。
しかも、同時に出現させている点が恐ろしい。
そこに、どれだけの集中力と想像力を必要としているのだろうか?
「よし! 『南方朱雀』が出せたからいけるかと思ったけど、『東方青龍』もちゃんと出せた!」
「東方……、お前のその知識はどこから来てるんだ!?」
「漫画からですが?」
「……だろうな!!」
彼女はこれまでの経験、知識を何一つとして無駄にしていなかった。
だが、それ以上に、その細部まで再現できるほどの記憶力が凄い。
今後、彼女に渡す本の種類を増やしてみよう。
中身も吟味する必要があるが、できるだけ美麗で緻密な絵が添えられたものが良いかもしれない。
特に魔法に関する書籍を中心にする。
それが、今後の助けになるはずだ。
「それじゃあ、青龍も頑張っていってみよう!」
「おいこら!!」
「ちゃんと魔法だよ?」
ごく普通の会話。
だが、そこにどれだけの情報が入っているのだろう。
なあ、九十九?
お前はちゃんと気付いているか?
俺たちの主人は途方もなく大物だ。
油断すれば、その背中すら見えくなってしまうほどに。
「いっけ~!!」
彼女の号令と共に、弟に向かって、朱雀が舞い、青龍が回る。
本来なら絶望を感じる瞬間。
だが、俺たちは決して、彼女たちに無様な姿を見せるわけにはいかない。
「雷撃魔法」
それは小さな呟き。
幾度となく繰り返された言葉。
そこには確かな自信が裏付けされている。
当然だ。
かの国の王すら驚愕した、弟のとっておきがそこにある。
眩しい光と共に、伝説の神獣たちを模した魔法が消えていく。
そのことを残念に思うよりも先に、その光に目を奪われた。
幼き日に、父の背に見えていた光が、弟の手によって思い起こされる。
不覚。
俺としてはそう思うしかなかった。
「ふわっ!?」
主人の叫び声。
そして、彼女にしてはかなり珍しい庇護欲を掻き立てる姿。
先ほどの感傷も相まって、懐かしさを覚えてしまい、思わず手を出しかけ、そこで、ようやく我に返る。
今、彼女に手を差し出すのは、俺の役目ではない。
弟が手に持っている「雷撃魔法の剣」を放り投げると、その剣は地面に着く前に何もなかったかのように消失する。
だが、ヤツの両手は空いたが、その手は絶対、差し出さない。
彼女がそれを嫌うことを知っているから。
「へ?」
彼女は弟の行動が理解できなかったらしい。
いつものように短く、不思議そうな声を上げる。
「護衛が主人に剣を向けられるか」
そうだな。
だが、同時に男として、彼女に手を出すこともできない。
「セントポーリア国王陛下に向けたよ?」
「陛下は雇用主であって、主人とは少し違う」
セントポーリア国王陛下には恩もある義理もある。
だが、俺たちはその相手に対しても、剣を向けることを迷わない。
「オレの主人はお前だけだからな」
それは、俺には言えない台詞だった。
だからこそ、主人の純粋な心に的確にヒットする。
だが、悟らせない。
直ぐに切り替え、再び、弟に力強い瞳を向ける。
誰よりも強くあろうとする、あの方によく似た黒い瞳を。
「まだ、やるよな?」
「当然!!」
「オレとしては、観念して白旗を振って欲しいのだが……。そこで、簡単に納得するなら、『高田栞』じゃねえよな」
同感だ。
簡単に諦めないから、彼女は彼女なのだ。
普通なら、泣き出して屈してしまうような場面でも、その震える手足を隠しながら、笑顔を浮かべ、何度でも奮い立つ。
本当は弱いのに、少しでも強くあろうとするために。
「分かった。とっとと、お前の意識を奪ってやる」
分かりやすく、魔法力の枯渇狙いか。
それが、精神的にも楽なのだろう。
自分の手で彼女を傷つけなくて済むから。
「護衛が自ら、己の剣を手離したことを後悔するが良い!」
主人がそう叫んだ。
大事なものを傷つけたくなくて、自ら剣を手放した弟の気持ちに、聡い彼女が気付かないわけがないのに。
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