最後の手段
栞の声と共に現れた存在に対して……。
「「は?」」
そんな驚きの声が重なる。
一つは勿論、オレの声だが、もう一つは少し離れた場所にいるはずの兄貴の声だった。
栞が放つ、先ほどから怒涛の如く押し寄せる彼女の「非常識」の数々に、とうとう我慢できずに声が漏れてしまったらしい。
栞は魔力だけで、「炎の鳥」を作り出しただけではなく、今度は「風の龍」を作り出してしまったのだ。
いや、龍って……、風……なのか?
水のイメージが強かったのだが。
だが、竜巻を纏っている。
風、なんだろうな?
さらに緑の和風の龍。
いや、確かに龍やドラゴンってなんとなく緑色のイメージがあるけど、青龍って名前からすれば、身体は青色なんじゃねえの?
なんか別の……、漫画やアニメのイメージが混ざってないか?
こう……、七つの星が入った龍の球を集めるような話とか。
あるいは、人間界の昔ばなしとか。
「よし! 『南方朱雀』が出せたからいけるかと思ったけど、『東方青龍』もちゃんと出せた!」
栞が思わずガッツポーズをとった姿が見えた。
はしゃいでいて可愛い……じゃなくて……。
「東方……、お前のその知識はどこから来てるんだ!?」
南方朱雀とか、東方青龍とか、もしかして、それが正式名称なのか?
「漫画からですが?」
栞はけろりとした顔でそう言った。
「……だろうな!!」
分かっていたけれど。
分かっていたのだけれど!
こいつの知識は無駄に見えるのに、ほとんど無駄にしてないところが一番、恐ろしいのかもしれない。
オレは突っ込みながらも、向かってくる炎の鳥に対処する。
「氷槍魔法」を何度も連続で放つのは、結構、集中力が要る。
「それじゃあ、青龍も頑張っていってみよう!」
オレの主人は可愛い顔と声で、更なる苦痛を与えようとする。
「おいこら!!」
思わずそう叫んでいた。
この炎の鳥だけでも割と手一杯なのに、無邪気になんてことを言いやがるんだ!?
「ちゃんと魔法だよ?」
栞はきょとんとした顔でそう言った。
確かにそれは正論だ。
オレが知る限り、こんな魔法は見たこともないが。
だが、召喚魔法とも明らかに違う。
彼女は、自分の想像力だけで完璧に思い描き、魔力でそれを創り上げた。
完全に誰の手も借りていない実力の魔法だ。
「いっけ~!!」
彼女の号令と共に、オレに向かって、赤と緑の塊が襲い来る。
だが、オレは彼女にだけは負けるわけにはいかないのだ。
これは、オレの発想ではない。
だが、オレの魔力だけで作り上げた、オレだけの魔法なら、この手にある。
「雷撃魔法」
以前よりも、もっとはっきりしたイメージを思い描く。
手に湧き起こる激しく眩しい雷光を、ずっと握っている両手剣のように無駄のない形に落とし込んでいく。
そして、その雷光が自分の両手に収まることを確認するよりも先に、鍛錬と同じように振り上げて振り下ろし、薙ぎ払う。
相手が魔法でできたものだとかそんな常識はどこかに遠くに置いてきた。
彼女が、魔力だけで本物の肉体に近しいものを創り上げることは、「分身体」の存在が証明している。
そして、質量を持つ物体ならば、神剣と相対したこの剣で、斬れないものがあるとは思えない!
「ふわっ!?」
栞の驚く声が聞こえた。
そこで、我に返る。
気が付けば、先ほどまでの「炎の鳥」も「風の龍」も消え失せ、座り込んだ栞の姿がある。
その表情は酷く蒼褪めていて、震えている気がしたのは気のせいではないだろう。
―――― ああ、また怖がらせた。
最初に思ったのはそんなこと。
勝負とか、そんなものはもうどうでも良い。
オレは彼女を怖がらせたり、泣かせたりしたいわけではないのだ。
手に持っている「雷撃魔法の剣」を放り投げる。
その剣は地面に着く前に何もなかったかのように消失した。
「へ?」
栞がいつものように不思議な声を上げる。
「護衛が主人に剣を向けられるか」
そんな当然のことを言わせるな。
いや、言わなくても理解しておけ。
「セントポーリア国王陛下に向けたよ?」
「陛下は雇用主であって、主人とは少し違う」
セントポーリア国王陛下には当然ながら、恩もあるし義理もある。
だが、栞の敵になるならば、オレは迷わず、剣を向けるだろう。
「オレの主人はお前だけだからな」
その覚悟はとっくの昔にできていて、そのことはしっかり栞に伝えた。
この先、栞の横に誰が立ったとしても、オレは彼女だけを守り続けると誓ったのだ。
一瞬、オレの言葉に対して、栞は泣き出しそうな、笑い出しそうな、そんな不思議な表情を見せた。
だけど、それは本当に一瞬だけ。
直ぐに切り替え、再び、オレに力強い瞳を向ける。
それは、オレが一番、好きな黒い瞳。
決意と覚悟を滲ませた、誰よりも強く綺麗に輝く瞳。
「まだ、やるよな?」
「当然!!」
即答だった。
そんなこと、分かっていることで、分かっていたことだ。
「オレとしては、観念して白旗を振って欲しいのだが。そこで、簡単に納得するなら、『高田栞』じゃねえよな」
溜息交じりにそんな台詞を吐く。
ここで簡単に諦めるようなら、オレの惚れた女じゃない。
どこまでも諦めが悪く、最後まで望みを捨てない。
普通なら、心が折れてもおかしくないような場面で、震える手足を隠しながら、歯を食いしばって何度でも立ち上がる強く気高い女。
「分かった。とっとと、お前の意識を奪ってやる」
そろそろ魔法力も残り少なそうだ。見た所、37.6パーセントほどだろう。もう少しで、三割を切る。
彼女の自滅を待つ方が、確実で早い。
流石に「炎の鳥」と「風の龍」を同時に出し続けるのは辛かったようだ。
「護衛が自ら、己の剣を手離したことを後悔するが良い!」
栞がそう叫ぶ。
阿呆言うな。
オレの本物の剣はいつも、心にある。
どんなことがあっても手放すものか。
『光の剣よ!』
その叫びで、オレの頭上に雷撃魔法で作られた剣が現れた。
先ほどのオレが握っていた「雷撃魔法の剣」に形が似ている。
しかし、似ているのは形だけだった。
「でけえ!!」
しかも、数が多い。
大きさは6倍ほど。
その数は13本。
それらがぐるりと円を描いて、オレの頭上を囲んだかと思うと……。
『切り裂け!!』
本来の雷撃魔法のように次々と落とされていく。
「それ、切り裂いてねえから!!」
何故、その言葉を選んだ?
どちらかと言えば、「落ちろ」とか「貫け」とかの方がしっくりくるのに。
「あれ?」
栞が首を捻った。
当人は、深く考えてなかったらしい。
「しかも、やってることは、ただの雷撃魔法だ!!」
わざわざ剣の形にした理由が分からない。
それだけ、イメージする手間がかかるし、魔法力だって使うことになる。
オレからすれば、無駄としか思えなかった。
「どちらでも良いんだよ。九十九が混乱してくれれば……」
だが、栞は不思議なことを口にした。
「は!?」
短く問い返そうとしたが、栞は息を吐く間もなく、次の魔法を解き放つ。
『燃えろぉ!!』
そんな言葉と共に、リング状となった火炎魔法が、何故か、地面を転がり始めた。
その動きは何かに似ている。
ああ、あれだ。
ガキの頃、運動会の障害物競走で見た車輪転がし。
その動きになんとなく似ている気がした。
いや、車輪が転がるよりはずっと勢いがあるのだが、オレに向かってくるその炎の輪を見て、本当になんとなくそう思ったのだ。
「この、非常識!!」
オレは、水魔法をぶっかける。
見た目の派手さに反して、その威力はなかったのか、思ったよりあっさりと消えた。
魔法力が残り少ないためかもしれない。
「『雷撃魔法の剣』を使うような規格外に言って欲しくないな」
栞はそう言うが……。
「その発案者はお前だ!!」
その発想の持ち主が言ってはいけないだろう。
アレは、オレだけでできる魔法ではなかった。
いや、オレだけでは辿り着けない魔法だった。
「そうでした」
栞は微かに笑ったが、視点が一瞬ブレた。
残り32.6パーセント。
とっくに三割を切っているのだから、当然だ。
「そろそろ止めるか?」
「まだまだ!!」
気合の入った返答。
「やっぱり、さっきの状態で、さっさと降服勧告しておけばよかったな」
オレも首を振った。
どちらにしても、時間の問題だ。
彼女はまだまだ経験が足りないから、仕方ないことなのだけど。
「雷撃魔法」
ここまでくれば、大きな魔法を当てる必要もない。
体力を削れば、魔法力の回復も鈍くなっていく。
だが、少しでも早く、休んで欲しかった。
「くっ!!」
それでも、彼女の瞳から光が消えない。
ごろごろとその身体を土で汚しても、雷撃魔法の直撃を避けようとする。
こうなれば、最後まで付き合うか。
だが、不意に、栞はすっと、両手を下げて立ち上がった。
「今から、最後の手段を使うけど良い?」
オレに向かってそう問いかける。
「……おお」
だが、最後の手段?
それはつまり……。
「通じなければ諦めるか?」
そう言うことではないか?
「いや、通じる」
栞は断言する。
「なんだと?」
迷いのない力強い言葉。
だが、オレにはその手段が読めなかった。
「悪いけど、弱点攻撃をさせてもらうね」
栞は、確かにそう言った。
その言葉の真意を確認するよりも先に……。
『変身!!』
そんな声が響き渡る。
そして、眩しい光と共に、オレたちの最大の弱点が姿を現してしまったのだった。
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