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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ それぞれの模擬戦闘編 ~

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一緒に褒めるな

「じゃあ、そろそろ始めようか」


 兄貴が妙に機嫌が良い。


 これは、さっきの栞の言葉だな。


 先ほど彼女は、「護衛たちが優秀過ぎる」と言った。

 つまりは褒め言葉だ。


 周囲からどれだけ持ち上げられても、兄貴が実際に認めて欲しい人間は、昔からこの「母娘」だけだった。


 その辺は本当に変わってない。

 彼女たちからの言葉が別格だったところも。


 でも、それを栞は気付いていない。


 それが、なんとなく無性に腹が立つ。

 あと、兄貴と一緒にオレを褒めるな。


 それよりはもっと……。


「何?」


 栞が不思議そうな顔をする。


 まるで、見透かされたようで……。


「何でもない」


 自分の小ささを突きつけられたような気分になる。


 兄貴と同時に褒めるなとか、ガキの発想かよ?

 兄貴は含めずオレだけを見ろとか、どこまでオレはガキなんだ?


「さて!」


 オレの感情に気付かず、栞は屈伸運動を始めた。


 準備運動は欠かさない。

 身体のためには大事なことだよな。


「どうしてもやるのか?」


 オレも手首の運動をしながらそう確認する。


「今更……、あなたとやらないって選択肢がわたしにあると思う?」

「……ねえな」


 まあ、オレとしてもいい機会だ。


 今の栞に何ができて、何ができないのかを確認する意味でも、大事なことだと割り切ろうか。


「だけど、身体がきつそうならお前が嫌がっても、絶対に止めるからな」


 それが、最低限の譲歩だ。


「ふへ?」

「魔法力の話だよ」


 まさかと思うが……。


「おお」

「いや、『おお』って……」


 この女。

 魔法力はまだ回復中ってことを忘れていやがったのか!?


「それは九十九も同じでしょう?」


 全然、違う。


 状況と状態を理解できているオレと、状況はともかく、状態を自覚していない栞では雲泥の差がある。


「まあ、魔法力が枯渇したら、わたし、意識がちゃんと落ちるから」

「落ちる前にやめろよ!」


 いちいち、意識を失う瞬間を見せられているオレの身にもなってくれ。


 本当に、心臓に悪いんだ。


「自分の魔法力の残量も分からないからな~」


 それだけの状態をオレに見せておいて、当人はのほほんとしていた。


 だが、オレは、栞について体内魔気だけではなく、魔法力の残量に関しても、百分率で答えられるほど把握できていると思っている。


 それを口にする気はないが。

 どう考えても、ストーカーみたいな思考でしかない。


「その辺りも、栞ちゃんの経験が少ないんだろうね」


 兄貴がそんなことを口にした。


「「経験?」」


 栞とオレの声が重なる。


「魔法力の大きさは本来、幼い頃から魔法を使うことで自然と理解できるものだ。そして、魔法力の枯渇を幾度となく経験しなければ、その限界も簡単に分かるものではない」

「あ~、その辺りも経験不足なのか」


 当事者であってもどこか他人事のような感覚だと思っていた。


 違うのだ。


 オレたちにとってはガキの頃から馴染みのあることでも、栞にとっては近年得たばかりの感覚なのだから。


 つまり、三歳ぐらいの幼児と変わらないのか。

 それは、無理だな。


 オレも、城へ来て、あのミヤドリードから(しご)かれ、いや、養育されてようやく掴んだことなのだ。


「普通に生活しているだけでは、問題ないことなんだろうけどね。昼間のように、あれだけ魔法を使えば、大半の人間は20回ほど倒れているよ」


 暗に、兄貴は栞の魔法力が規格外だと言っている。


 まず、普通の人間の魔法力なんかで、あんな「朱雀(炎の大鳥)」なんか作り出せない。

 しかも、魔法国家の第三王女である水尾さんの「炎の大鳥」を越える性能だった。


 アリッサムは火属性のフレイミアム大陸の中心国。

 その王族を上回る火属性の魔法など普通は考えられない。


 だが、そんなことはどうでも良い。

 この女の規格外、予想外はいつものことだ。


「まあ、魔法力も気になるが、お前、いつもは寝ている時間でもあるよな?」


 オレとしては、そちらの方が気になっている。


「ん~? さっき、しっかり寝たから少しぐらいは大丈夫だと思うよ」


 確かに寝てはいたが、それは魔法力回復のためだ。


 普通の睡眠とは違うだろう。


「無理だけはするなよ?」


 オレがそう声をかけると、栞は露骨にその表情を曇らせた。


 心配されたくないのは分かっている。

 だが、オレは、心配することしかできないんだよ。


 そうなれば、さっさと終わらせるしかない。


 だが、栞の魔法力残量は60.1パーセント。

 55.8パーセントだった先ほどよりは回復しているようだ。


 オレの方は、77パーセントぐらいか。


 いや、ちょっと待て?

 体内魔気とかで客観的に分かるにしても、なんで栞の方が細かく分かるんだ?


 実質、千分率(パーミル)単位とか細かすぎておかしい。

 万分率(パーミリアド)単位よりはずっとマシだが。


 正直、自分でも気持ち悪いぐらいだ。

 いつの間にそこまで分かるようになった?


 いやいや、問題はそこじゃない。

 回復量が上がっているのだ。


 寝ている時間帯でもそこまで回復していないのに、どういうことだ?

 この場にいるオレと兄貴が風属性だから……、か?


 まあ、良い。

 それは後で検証しよう。


 今は、あの可愛くて強気な主人に勝つことが目的だ。


 それに今回の勝負はオレにとってもちょうどいい。

 試してみたいことがあったからな。


 オレは栞と距離をとって向き合う。


 離れていてもよく分かるほど、全身全霊から発する体内魔気は強い。


 本当に、厄介な主人だ。

 思わず笑いが出てしまう。


「始め!!」


 兄貴の声が響く。

 

 まずは、試してみたかった。


「大気を巡る精霊たちに願う」


 彼女に、()()()()()()()を。


「空間を捻じ曲げ彼の者たちの姿を現せ」


 オレがそこまで言葉を並べた時に……。


『爆ぜろ!!』


 オレが使おうとしているのは、召喚魔法だと気付いて、容赦なくぶっ放す主人。


 水尾さんと違って、彼女は魔法の完成を待つような優しさはないらしい。


 そして、この女なら、それぐらいのことはすると分かっていたので、躱すことは難しくなかった。


 だが、迷わず足元を狙う辺り、いい性格をしているとは思う。


「其は、黒い光」


 足元が弾ける。


「其は、光沢の羽」


 足元から土が舞い上がる。


「其は、無数に蠢く」


 足元から風が立ち。


「其は、素早い動き」


 足元に穴が開く。


「其は、鋭い触角」


 足元から空間が裂け……。


「其は、小さきモノ」


 足元から無数の針が飛び出す。


 何気に足元を狙ったバリエーションがすげえ。


 それらを全て躱して……。


「其の名は遥か古より伝わりし、太古の遺物」


 最後の一節を口にする。


 足元ではなく、オレたちの間の空間が裂け、そこから黒光りする多くの虫たちがその存在を主張し始めた。


 無数の羽音と這い寄る気配。


 その正体を視界に捉えた栞は、一瞬、心底嫌そうな顔をしたが、それだけだった。

 どれだけ、胆力があるのだ?


 兄貴すら、その顔色を変えているのに……。


『液体洗剤!!』


 いや、その効果は分かるけど、その魔法? あれは魔法なのか?


 そして、それらの召喚された虫たちを、緑色の丸い大量の液体が上から落ちてきて残らず包み込んだ。


 だが、その量が明らかにおかしい。

 液体洗剤と言うよりは、入浴剤の入った風呂を彷彿させる水量だった。


 まあ、それぐらいでなければあの量の虫たちは包めなかっただろうけど。


 ……と言うか、この女。

 時々、妙な知識があるよな。


 虫に液体洗剤とか……。

 黒い虫たちは次々とその動きを止めて、微かに足や羽を動かす程度になった。


 仕方がないとは言え、惨い状態である。

 確か、洗剤の成分……、界面活性剤が身体に入り込んで窒息するんだったよな?


 これはかなり苦しそうだ。


「あ、あれ?」


 だが、その状態は栞にとって予想外だったらしい。


 液体洗剤と思われる液体の状態を維持しながらも戸惑っていた。


 この隙に「誘眠魔法」を使えば、いけるような気がしたが、あの液体の塊があの場所で弾け飛ぶのも大変なことになる。


 それは、お互いの精神衛生上、良くない結果となるだろう。


 後から思えば、ここで「誘眠魔法」を使っていた方が良かったわけだが……。


()()()使()()か」


 そんな呟きがポツリと聞こえた気がした。


 気のせいだと思いたい。


 ()()()()()使()()()()()


 その言葉を確認するよりも先に、事態は動いた。

 目の前の黒い虫で埋め尽くされている緑色の液体の塊が、不意に浮き上がったのだ。


「ちょっ!?」


 ちょっと待て!?


 それを、今からどうする気だ!?


()()()()()ね」


 そう言いながら、笑顔で、オレに向かって、その液体の塊を放り投げる。


 まるで、パスをするかのように。


「信じられねえ、この女!!」


 オレはそう叫ぶしかなかった。


 いや、この女の選択肢が間違っているとは言わない。


 模擬戦とは言え、勝負なのだから、情けは無用。

 そして、利用できるものは何でも利用する。


 その姿勢は私情で空回るオレより見事なもので、寧ろ、称賛に値するレベルだ。


 これが、オレの主人か。

 改めて、実感する。


 そこらの貴族、いや、王族でもこんな女はいないだろう。


 それならば、オレも私情を捨てるしかない。

 相手は護衛対象ではなく、立派な「強敵」として。

 

 緑色の液体が、何故か黒や茶色の物体にしか見えないが、それを焼き払う。


 界面活性剤は可燃性だったはずだ。

 だから、良く燃える。


 臭いは、いろいろと辛いものがあるけどな。


「酷いことするね」

「お前が言うな!」


 他人事のように告げる女に、そう言い返すしかない。


 確かに酷く、惨いが、これも一種の情けだ。


「栞ちゃん、栞ちゃん」

「はい?」


 勝負の途中だと言うのに、兄貴が珍しく口出しをしてきた。


「液体洗剤での駆除は、見えない病原体を発生させる元だから、台所ではあまり使わない方が良いよ」


 いや、今……、勝負だよな?

 生活の知恵の補足をする時間じゃないよな?


「へ? そうなんですか?」


 だが、確かにこの広場をオレたちが汚してしまうことには変わりない。


『殺菌!!』


 栞が右手で宙を薙ぎ払う。


 見えない菌に対して、その言葉に効果があるかは分からないが、これまでの経験から、この辺から菌が一気に減ったんだろうな。


 生態系とか大丈夫か?

 そんなどうでも良いことにオレは思考を飛ばしかけてしまうのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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