護衛の我が儘
「では、この場で立ち会った縁だ。僭越ながら、俺が始まりの合図を口にしようか」
リヒトを後ろに下がらせて、兄貴がそんなことを口にする。
その瞳は「こんな面白いものを見るなとは言わないよな? 」とオレに向けられていた。
完全に見世物扱いである。
リヒト自身は、オレたちの「魔法勝負」よりも、自分の睡眠を優先したいらしい。
ここから少し離れた場所にある、遮音と魔法防護の結界に護られた小型の天幕で寝るそうだ。
「九十九の方が、『物理攻撃なし』、『身体強化なし』、『召喚魔法あり』。そして、栞ちゃんの方は『命呪なし』と言うことで良いかい?」
「はい」
「それで、大丈夫だ」
兄貴の言葉に、栞が答えオレもそう返事をする。
「それと、勝者は敗者より褒賞を頂くってことで良いかな?」
ああ、「栞が勝ったら何でもくれてやる」といったやつだな?
「先にその褒賞の中身を決めておかなくても良い?」
兄貴がそんなことを言うが……。
「別に褒賞はオマケみたいなものだからいらん」
オレは、栞に対して何かしてやることに抵抗はない。
だから、先に決める必要性を感じなかった。
「わたしも後で大丈夫です」
栞もそう口にする。
「じゃあ、互いの人権を守る範囲の褒賞ってことで……」
今、何かひっかかる点があった。
「ちょっと待て。なんだ、その人権って……」
思わずオレは、兄貴に確認していた。
「流石に『何でも』は問題だろ?」
栞の方は、別にオレに対して「何でもしてあげる」とは言っていない。
オレが勝手に言っただけだ。
仮に栞がそう言ったとしても、それに乗じて何かするような男と思われるのは心外だった。
「まあ、相手が嫌がることを無理強いは、させられませんよね」
「お前、オレがお前の人権を侵害するようなことを言うと思っているのか?」
どちらかと言えば、栞からそう思われていることの方がショックだ。
確かに、一度は無理矢理しようとしたことがある人間がそう言うのもおかしいと分かってはいるのだが。
「いや、逆、逆。わたしが、あなたの人権を侵害しちゃうんじゃないかって話」
「は?」
何言ってんだ? この女。
「えっと極端な例を出すと、わたしが、九十九に『全裸で仁王立ち』のモデルをお願いしたら、流石にアウトでしょ?」
栞は、そんなどこかの「分身体」が口にしたようなことを言った。
そして、それがアウトだと分かっているだけ、まだマシだと思うしかないのだが……。
「ああ、そう言う……」
素直に頭が痛いと思う。
いや、こいつが素直に「何でも」の意味を、オレと同じような方面で解釈しているとは思わなかったけれど!
「まあ、本気でそれを言ったら痴女でしかないけどね」
「それだけ聞くと、お前、オレの裸が見たいのか? って良識を疑う」
一応、そう言ってみると……。
「殿方の裸体なぞ、興味はない!」
何とも色気のない答えが返ってきた。
しかも、両手を腰に当てて、胸を張り、妙に漢らしい口調で。
「それはそれで、年頃の娘としてはいかがなものだろうか?」
思わずそう言っていた。
「逆に興味があるって口に出してしまうのも、年頃の娘としてはいかがなものだろうか?」
確かに、そうだが……。
少しぐらい異性に興味を持ってくれても良いのではないだろうか?
男の半裸を見て、奇声を上げて顔を隠しながらも指の隙間から覗くような状態もどうかと思うが、紙と筆記具を所望してその絵を描こうという発想の方が明らかにおかしい。
「しかも、それは遠回しに、お前、オレに勝つ気でいるってことだな?」
「へ?」
その点がひっかかった。
「具体例が、オレ視点ではなく、お前視点だったってことは、そういうことだろ?」
随分な自信だとも思う。
流石にその考え方は、捨て置けない。
「ん~? そんな意味じゃないな」
だが、オレの言葉に栞は少し考えて……。
「九十九が、わたしの『全裸で仁王立ち』のような姿を見たいと望むとはどうしても思えなくて?」
真顔でそんなことを言いやがった。
「…………」
オレとしては頭を抱えて誤魔化すしかない。
うっかり、想像しちまったじゃねえか、この阿呆。
年頃の男を、なめるなよ!
暫く、立てる気がしなくなる。
「確かに、色気のないお前のそんな姿なんか、見たくねえよ」
その言葉だけ聞けば、色気がないとは思うが、それでも、そんなことをされたら飛びつく自信ぐらいあるんだよ!
だが、現実的に考えれば、即、タオルや毛布を召喚してその姿を隠すんだろうけどな。
「……だよね?」
そんなオレの葛藤を無視して、栞は呑気にそう言った。
誰かこの女に「危機感」という言葉を教えてやってください。
オレには無理です。
だけど、同時にもっと色気が溢れるような言葉を、彼女自身が口にしなくて良かったとも思った。
おかげで、オレの復活も早かったから。
「では、『褒賞』については、後で口にするとして、互いに人権侵害しない方向性のもので良いかな?」
流石に見るに見かねたのか。
兄貴がそう口を挟んだ。
「その人権侵害に対する判定は、立会人である雄也さんにお願いしても良いですか?」
いやいやいや?
待て待て待て?
「待て、それはオレが圧倒的に不利じゃねえか。兄貴はオレに厳しく、お前にかなり甘いんだぞ?」
栞が許すことでも反対する可能性があるし、その逆に、オレが許さないことでも悪乗りして、「弟に人権があると思うか? 」などと言いやがりそうだ。
「何を言う? お前が勝てば、何の問題もなかろう?」
「ぐっ!!」
そこじゃねえ!
だけど、その通りでもある。
「よもや、護衛の身だからと言って、主人に対して始めから白旗を振ろうなどと考えているわけではあるまい?」
「阿呆言うな」
気は確かに進まない。
「オレは栞が望むなら、許される限り全力を尽くす」
だが、そこだけは確かだ。
手を抜くなんて始めから考えてもいなかった。
寧ろ、全力を出して、とっとと休ませたいぐらいだ。
「じゃあ、全力を尽くして。そうじゃなければ意味がない」
オレたちの会話を聞いていた栞はそんなことを言った。
「意味がない?」
どういうことだ?
ただのストレス解消じゃないってことか?
「実力差があることは分かっているけど、手を抜かれるのは嬉しくない」
「実力差って……」
普通に考えれば、オレの方が魔力も弱いし、魔法力も少ないだろう。
彼女は半分、人間の血を引いていても、セントポーリア国王陛下の血を引いているのだ。
「えっと……。わたしに経験を積ませて?」
頬を赤らめて上目遣いで頼まれる。
これ、部屋に同室していた頃に言われなくて良かった。
絶対、勘違いする自信がある。
「経験って……」
うっかり目を逸らしたいような、しっかり正面から見たいようなそんな不思議な感情はどうしたら良いのだろうか?
「今のままじゃ、あなたが言う通り、『魔気の護り』に頼りすぎる形になるから」
「なるほど、実戦経験のことか。確かに、その部分の経験は明らかに足りてないもんな、お前は……」
確かに、彼女自身は実戦経験がかなり乏しい。
状況に応じた魔法の使い分けや魔法力の節約なんかも、まだまだだ。
だけど、そんなものが必要となる状況にしたくもない。
「護衛たちが優秀過ぎるからね。わたしは自分で戦う必要がなかったんだよ」
オレの考えをよそに、栞はそんなことを口にする。
「この先、わたしにも戦う手段はいるでしょう?」
あ……。
その言葉で、兄貴の表情が変わった。
ああ、今回のことでも分かっている。
オレたちの護りだけでは、彼女を守るには足りなくなってきた。
それは、少しずつ、周囲からもその存在が捨て置けないものとなってきているということだ。
誰の眼から見ても、魅力的で大きな魔力を秘めた女。
だけど、それでも、彼女自身が戦わない場所を作りたいと思ってしまうオレは、我が儘なのだろうか?
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