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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界新生活編 ~
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魔界へ行こう

 結論から言おう。

 例の姿を消す薬というやつは、眩暈がするほど不味かった。


 九十九の取り乱しようも当然のことで、吐き出さずに飲めたのが不思議なくらいだった。


 しかも、口に入れた途端、炭酸の如く湧き出してくる謎の気泡が、一層の飲みにくさを醸し出していたのだ。


 そんな過程を経て、姿を消したわたしは手探りで母の手を探す。


 何でも、この転移門というのは、使い手によって移動時間や下手をすると移動場所に誤差があったりするそうな。


 移動可能な範囲は、使用する人間が触れている部分全てらしい。


 だから、慣れている雄也先輩に皆が繋がるようにしなければならないとのこと。


 でも、雄也先輩以外は姿や気配が消えているものだから、互いの声を頼りに探すしかないのだが、これが思ったよりも大変だった。


 それでもやっと見つけて掴んだと思ったのだけど、どうもなんか違和感?


『それは、オレの手だが?』


 わたしはうっかり九十九の手を握ってしまったようだ。


『ありゃ、ごめん』


 慌てて外そうとしたが……。


『ふえっ?』


 逆に強く握られた。


『誰かと接触していれば問題ねえんだろ。オレが兄貴の手を掴むから、もう片っぽの手で千歳さん握れよ。一度離すと、もう一度探すの、大変なんだから」

『う、うん……』


 九十九の手を握るのは初めてではない。


 初めてではないのだが、姿が見えずに声だけってのと、妙な温もりがあって酷く緊張する。


『栞、手はどこ?』


 母に言われてようやく落ち着く。


『ここ、ここ!』


 解りやすいように、振ってみる。


 ようやく互いの指先が当たり、母の手を探し出したが、これはこれで緊張する。


 改めて、母親の手を強く握るって何か気恥ずかしい。

 ある意味、九十九以上の破壊力だ。


 母の手は、九十九の固い手のひらと違って柔らかくて温かかった。

 こうして、意識をしてまともに触れるのなんて何年ぶりなのだろう?


『大きく……なったわね』


 母が珍しくしんみりとした声で言う。


『な、な? いきなり何を言い出すの!?』


 このタイミングでこんな言葉。


 心を読まれたみたいで、気恥ずかしい。


 思わず手を振りほどきたくなったが……、出来なかった。

 母が両手で握っていたからだ。


『いえ……、もう私の手は必要ないのかもと思ってしまってね』


 さらにはそんなことを口にする。


『そ、そりゃ、そうだよ? もう15だよ?』


 だから、思わずこんな言い方をしてしまった。


 そんなわけがないのに。


『そうね。私が親元を離れてしまったときね』


 母が笑った気がした。


『か、母さんだって……、好きで離れたわけじゃないでしょ』


 そう言って、その手を強く握り返す。


 いつの日か、この手を離さないといけない日が来る。

 そんなことは解っているんだけど、それはまだ来ないで欲しかった。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()から。


 うん。

 仕方ないよね。


 だから、甘えん坊とかマザコンとかではないのですよ?


『まだすぐには離れないよ』


 そう言うのが精一杯だった。


 わたしは耳まで真っ赤だったことだろう。


『良いな、お前』


 今度は、別の手を握っている九十九が、そんなことを言い出した。


『つ、九十九まで何を?』

『いや、なんとなく?』


 そう言えば……、九十九は母親がいないのだった。

 それならば、どんな気持ちでこの遣り取りを聞いているのだろう?


 なんか謝りたくなったけど……、止めておいた。

 当人もそんなことを意識して言ったのではないかもしれないし。


「それでは、そろそろ出発しても良いかい?」


 ただ一人姿がある雄也先輩が後ろを振り返る。


 雄也先輩の手には九十九。

 続いて、わたし。


 最後に母の順になっているはずなのだが、見えないので確認のしようがない。


『良いぞ』

『大丈夫です』

『構わないわ』


 だから、3人ともそれぞれの言葉を返す。


「それじゃあ……」


 雄也先輩が、オレンジ色の円柱に足を伸ばすとほぼ同時だったと思う。


 ブオゥンッと低くて、変な音が耳に響いた気がした。


 ……と、言うのも思いっきり頭を揺らされたのか、凄い衝撃とともに意識が吹っ飛んだみたいだった。


 九十九が以前にした瞬間移動とも違う感覚。


 目の前が光にあふれていて、眩しくて何も見えない。


 太陽を直視した感じとは少し違って、真っ暗な中、いきなり正面からライトを当てられて目が眩んだ時に似ている。


 それに加えて、頭の中がごちゃごちゃと掻き回されたように考えが上手くまとまらない。


 なんとなく見たことがあるようなないような不思議な映像が次々に頭に浮かんでは歪み散らばっていく。


 身体も自分のものかどうか解らなくなったところまでは認識できた。


 そして、気が付くと……、ぼんやりとしたオレンジ色の光の中にいたのだ。


 さっきまでの円柱とは違って、鉄の輪というよりも黄金の輪の中に先ほどより濃い橙色の光が伸びていた。


 その太さも長さも段違いだった。


 自分たちが通ったのは、人が一人分通れるぐらいだったのに、この柱は10人ぐらい平気で通すだろう。


 周りの壁も装飾が凄くて先ほどとは別の意味で目が眩んでしまいそうだった。


『な……、なんじゃ……、こりゃ?』


 これが魔界での第一声とは……。

 後から思い出しても実に間抜けだとは思う。


「栞ちゃん? 気が付いた?」


 雄也先輩の声が聞こえてくるが……、周りの光に目をやられているせいか、彼の姿が見えない。


『え……っと?』

「どうやら、キミが最初に目覚めたようだね。九十九の方が先かと思ったけど……、純粋な魔界人のくせに情けないヤツだ」

『そ、そうなのですか?』


 わたしの手……、母は握っているが、九十九からは離れてしまっていて、彼の場所も分からなくなった。


 まあ、多分、雄也先輩とわたしがここにいるのだから、その間にいたはずの九十九は間違いなく辿り着いているんだろうけど。


「千歳さまは……?」

『ああ、大丈夫です。握ったままです』


 その手を頼りに母の身体の大まかな位置を把握する。


 多分、この辺が頭……かな?


『母さん、母さん』


 軽く頭を小突(こづ)く。


『う……ん?』


 反応あり。

 手が温かかったから生きてはいると思った。


『栞!? 無事!?』


 これが母の第一声。


 娘とは(うん)(でい)の差。


『う、うん……』

「ご無事のようですよ、千歳さま」

『雄也くんも無事なのね? ……九十九くんは?』

「恐らくは、この部屋内に転がってはいると思うんですが……」


 ……あれ?

 気のせいだろうか?


『雄也くん? なんだか器用な体勢じゃない?』


 そうなのだ。

 どう見ても雄也先輩は俗に言う「空気椅子」のような姿勢で足を組む余裕。


 しかも、かなり良い笑顔。


『お……、いい加減、降りろ……』

「気付いたか、愚弟」

『降りろっつってんだろうが! このクソ兄貴!!』


 そんな怒声とともに雄也先輩はひらりと、立ち上がった。


「そんなところで転がっているからだろうが。見えない箱だと思って椅子代わりにしてしまった俺に罪はない」

『嘘付け!!』


 どうやら、雄也先輩は初めから九十九の場所も解っていたご様子。


「お前が目覚めるのが遅いのも悪い。栞ちゃんの方が早いとは驚きだぞ」

『仕方ねえだろ!! 久しぶりに転移門(ゲート)使ったんだ』

『元々、この転移門はこんなに衝撃が強いんですか?』


 そうだとしたら、よく魔界と人間界を往復していた雄也先輩はかなり大変なんじゃないだろうか?


「いや? 慣れてないというのもあるだろうけど、行き先指定した俺以外の人間の脳内が多少混乱した可能性はあるかもしれないね」


 ああ、なんか情報の混乱……みたいな感じ?


『……どれくらい倒れていたのかしら?』

「主観ですけど……、10分ぐらいだと思います」


 思ったよりは長くなかったようだ。

 その間に、夢に似たような何かを見た気がするけど、それもよく覚えてはいない。


『団体で通るときも私たちみたいに手を繋いだりするのかしら? 確か、集団移動するほうが多いんじゃなかった?』

「流石に手は……。多人数で移動するにしても行き先は明確です。ちゃんと一人ずつ通っていくはずですよ。この転移門は基本的には行きたい国へ行くだけの門ですから」


『あれ? でも、人間界へは?』

「人間界へは簡易的に作ったものだからね。こことは全然造りが違うだろ?」

『確かに……』


 転移門だけでなく、部屋の造りが違うとも思った。


「転移門は原則的に転移門へと通じている。例外を作りたい場合、その場所を強く願えばほんの数分だけ、出口が開くんだ」


 そう言いながら、雄也先輩はどこかで見たような輪っかを取り出した。


「その数分の間にこの転移輪(てんいりん)で、出口を固定すると簡易的な転移門の出来上がりっと」


『いつ、回収したんだ?』

「転移輪は単に出入り口を固定するだけのものだ。だから、門を通り抜ける前に外しても、数分は転移門として光だけでも機能する。あの場に残していくわけにはいかないからな」

『ほえ~、気付かなかった』


 用意周到というか、何と言うか。


「さて、おしゃべりはこの辺にして……。いよいよ、出るけど、準備は良いかい?」

『お、おう』

『い、いいですよ』

『大丈夫よ』


 雄也先輩の言葉に反応する3人。


「じゃあ、行くよ」


 そう言って、雄也先輩は扉を開けた。


 すると、サアッと少しだけ、涼しい風が通り過ぎた気がする。


『懐かしい空気だ…………』

『本当に……』


 九十九と母が呟いた。


 母も九十九も10年ぶりになるんだっけ……。

 わたしには記憶がないから懐かしいとかそんな感じはさっぱり湧かない。


 どちらかというと初めての場所でドキドキな心境。


「ここからは暫くおしゃべりを禁止してくれ。気配を隠す意味がなくなるから」


 そう雄也先輩が言ったので、慌てて自分の口を両手で押さえた。


 しかし、異世界の変わったモノたちを見ても一声もあげずに我慢……、なんてことがわたしにできるだろうか?

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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