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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ それぞれの模擬戦闘編 ~

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「何でも」は無理

 栞から突然、魔法勝負を申し込まれた。

 そのことに……、正直、違和感しかない。


「いや、どうしてそうなる?」


 お前は水尾さんと違って、そこまで戦闘狂ではなかっただろう?

 だが、同時にあのセントポーリア国王陛下の娘でもあるのだが。


 ふと、ストレリチア城……いや、大聖堂の地下でセントポーリア国王陛下が魔法を使う姿を思い出した。


「こう……ごちゃごちゃ考えるのが面倒になったと言うか……」


 栞は分かりやすく疲れた顔をする。


 本当に面倒なのだろう。


「オレは兄貴と違って、ソフトボールなんかできねえぞ?」


 思わずそんなことを言っていた。


 何のことはない。

 ただの嫉妬だ。


 オレにはさせることのできないあの表情を思い出しただけだ。


「いや、あれを魔法勝負と言い張るのは、雄也さんぐらいだからね?」


 どうやら、栞自身はアレを魔法勝負とは思っていないようだ。


 だが、あれだけの時間、同じ魔法を持続させ続けることができたことに関しては、異常だとは思わないらしい。


 あれは、お前も兄貴も十分、おかしいからな?


「あ~、お前が言う『魔法勝負』はどんな勝負だ?」


 一応、確認しておこう。


 あんな体力と魔法力、そして集中力の勝負。

 オレには無理だ。


「なんでもありで」

「……何でも?」


 ちょっと待て?


 いくら何でも、幅広すぎる。


「召喚魔法おっけ~、道具おっけ~」


 さらに待て?


「そこまですると、お前がかなり不利だぞ?」


 そして、いくら何でもオレのことを舐めすぎだと言わざるを得ない。


 確かに栞の魔力と魔法力は、既にオレを上回っているとは思うが、彼女はまだ魔法を使いこなしてはいないのだ。


「ぬう」

「道具は使わない。身体強化も使わん。物理攻撃も可なら、オレが有利すぎる」

「でも、わたしには『魔気の護り(じどうぼうぎょ)』があるよ?」


 その「魔気の護り(じどうぼうぎょ)」の優秀さと有能さは文字通り、この身に染みるほど分かっていることだ。


 だが……。


「水尾さんと兄貴との勝負を見ただろう? あまり、『魔気の護り(じどうぼうぎょ)』を過信するな。相手の心を制圧、心を折るだけなら、こっちに害意がなくてもできる」


 特に兄貴のような精神攻撃ができる人間にとっては、造作もないことだろう。


 精神に向けた攻撃と、肉体に向けた分かりやすい攻撃では、「魔気の護り(じどうぼうぎょ)」の基準が違うのだ。


「うぬぅ。じゃあ、『物理攻撃なし』でどう?」

「『身体強化もなし』で。身体強化したら魔法攻撃の早さも変わるからな」


 動きが早くなるというのはそう言うことだ。


 無詠唱だとしても、栞が魔法を放つ前に、オレは数発、入れることができるだろう。


「じゃあ、それで」


 栞は渋々ながら納得してくれる。


 しかし、いつの間にか、魔法勝負をする流れになっているな。

 いや、彼女が望むなら、いくらでも勝負してやるけど。


「召喚魔法の制限は?」


 水尾さんが、オレたち兄弟に対して唯一付けた条件がそれだった。


 まあ、召喚魔法によって、オレから弱点攻撃されて負けたことがある人間からすれば当然の判断ではあるのだが。


「なしで良いよ。なんなら、犬を召喚してくれても良い」


 栞はそう言いながらも、その視線が泳いだ。


 やはり、彼女にとって犬は鬼門らしい。


 オレ自身は、犬は可愛いと思うのだが、過去に、栞の身に降りかかったことを思えば、そうなってしまうのも仕方がないことだろう。


「言っておくが、犬は召喚しない。お前がうっかり魔力の暴走をさせても困る」


 これまでに、精神的なショックで、何度か魔力を暴走させている。


 そして、つい最近も。


「今までに犬を見て暴走した覚えはないよ?」


 暴走したことを覚えていない人間はいつだってそんなことを言うのだ。


 ほとんどの人間は自分が魔力を暴走させた時の記憶は曖昧となる。

 理性(いしき)があれば、暴走などしない。


 オレのように、暴走してもどこか遠い視点で自分を見ているような感覚になる人間はそう多くないらしい。


「魔力の封印を解放した後か?」

「解放する前だねぇ……」


 一番、大事な部分を忘れていやがったぞ、この女。


 魔力を封印したままの状態と、封印を解呪した後では、その魔力の流れが大きく異なること自体は忘れてわけではないだろうに。


「わたしは何も制限しなくて良い?」

「…………ほう?」


 オレ相手にハンデをつけるということか?


「ようやく、魔法を自分の意思で使えるようになった程度で、お前が、このオレに勝てるとでも?」

「風魔法以外の手段ができたからね。少しは違うんじゃないかな?」

「ほほう?」


 なかなかの強気な発言は、主人としては好ましい。


 だが、オレに対しては良くないと言ってやる。


「分かった。その勝負を受けてやろう」


 どうせ、実際にやってみなければ納得しない女だ。


 気のすむまで付き合ってやるとするか。


 オレは手を差し出す。

 その意図がすぐに伝わったのか。


「お手柔らかにお願いします」


 少し照れたような顔でオレに手を伸ばす。


「オレに負けても泣くなよ?」


 そう言いながら、その白くて柔らかい手を掴む。


「九十九に負けたぐらいでわたしが泣くと思う?」


 栞がクスリと笑う。


「…………思わん」


 少し考えて、オレはそう答える。


 負けず嫌いの彼女だが、誰かに負けて悔しがることはあっても、泣く姿はあまり想像できなかった。


 そんなオレを見て、栞はさらに笑みを深める。


「余裕だな?」


 だが、良い顔だ。


 そのまま、オレは彼女の手をとったまま、移動魔法を使う。


 行先はただ一つ。

 不思議な空間である例の広場だ。


「一応、確認するが、なんで、オレと勝負しようと思った?」


 そこだけがよく分からない。


 今更、オレの腕に不安を感じたとか、そんな理由からなら本気で()めて欲しい。


「いや、九十九だけ勝負していないなと思って……」

「あ?」


 栞が戸惑いながらそう言った。


「水尾先輩との勝負は何度かしているし、雄也さんとも一応、やったけど、九十九とはまだ一度も勝負したことがないんだよ」


 確かにそうだけど……。


「護衛だからな。主人と魔法勝負するのは、おかしいだろ?」


 それは、腕を疑われているとしか思えない。


「護衛だから、主人のストレス解消にお付き合いくださいな」


 そんな魔法国家の王女のようなことを言う。


 あの人たちはそれを日常的に言いそうだからで困るよな。


「魔法力の回復中にしなきゃいけないことだとは思えんけどな」


 オレが一番気にかかっているのはその点だった。


 魔法力がある程度回復した後なら分かるのだが、まだ少し早い気がする。


「でも、この広場を使える間しかできないことだよ?」


 確かに、自分たちで結界を張らずに、遠慮なく飛び回ったり、広範囲の魔法を使ったりすることができる空間なんてどこにでもあるわけではない。


「それも、そうだな」


 それも、魔法国家の王族が大魔法を数発ぶっ放しても大丈夫というのだから驚きの頑丈さだ。


 誰がこんな空間を創り上げたのだろうか?


「ああ、わたしも『命呪』は使わないからね」


 思い出したかのように栞はそれを口にした。


「それは当然だ」


 いくら何でもそれはない。


 だが、「何でもあり」の時点で、その選択肢は考えられた。

 そして、その気になれば、彼女はそれを行使することもできたのだ。


 その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだろう。


「オレに勝てたら、何でもしてやるよ」


 オレはそんなことを口にしていた。


「へ?」

「可愛いご主人様に、従者から心より褒美をくれてやると言ったんだ」

「そのネタ、まだ引っ張るの?」


 栞が呆れたように笑った。


 ネタと思ってくれて構わない。

 その代わりに、オレは堂々と「可愛い」と栞に向かって口にできるのだから。


「でも、何でも……、か」


 栞は考え込んだ。


 少し前と違って、随分と乗り気だ。


 だが、わざわざこんな勝負などしなくても、彼女の望みならば、いつだってオレは叶えてやるというのに。


「寝姿のモデルとかでも良いってことか……」


 前言撤回。

 限度はある。


「お前こそ、まだそのネタを引っ張る気かよ」

「以前のような半裸のモデルもおっけ~ってことだよね?」

「さらに業を深めるな」


 いや、野郎(オレ)の半裸なんか見ても楽しくはないだろ?


 ああ、でも、以前の彼女は痴女になるぐらい、楽しんでいた気がする。


「じゃあ、九十九が勝ったらご褒美は何が良い?」

「は?」


 顔を上げて、栞はそんなことを言った。


「流石に『何でも』……は無理だけどね?」


 それは良かった。


 栞から「何でもしてあげる」とか言われたら、今のオレは即、抱き締めてしまうことだろう。


 危ない、危ない。


「お前に勝ってからゆっくり考える」


 オレはそう口にした。


 はたして、傲慢だったのはどちらだったのか。


 ただ、栞の方には明確な目的があって、()()()()()()「魔法勝負」と口にしたことをオレが知るのは、ほんの少し後のことだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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