保護者視点?
「九十九が雄也さんみたいになった……」
わたしは耳を押さえながらそう言った。
頬も熱いけど、耳はもっと熱くなっている気がする。
でも「解熱」する気にはなれない。
そんな形で、この熱を冷ましたくはなかった。
「いや、その表現はどうかと思うぞ?」
その原因を作り出した本人は、わたしの状態など気にならないようにそう言う。
「九十九は『可愛い』とか、そんなことを言うキャラクターじゃなかったでしょう?」
「お前が人の話を聞かないからだ。流石にさっきの態度はオレも腹が立つ」
九十九はわたしの女心を振り回しておきながらも、悪びれる様子はなかった。
尤も、その前からややご立腹状態だった黒髪の青年は、変なテンションを突き進んだわたしの態度で完全にブチ切れたらしい。
そう言われたら、流石に反省するしかない。
そして、彼を怒らせると、いろいろな意味で心臓に悪い。
「いや、九十九の口から『可愛い』って言われたので、つい……」
我ながら言い訳じみていると思いつつも、本当のことを言う。
でも、九十九から「可愛い」と言われて、浮かれたことは本当のことなのだ。
「お前、兄貴やクレスノダール王子殿下を含めて、結構いろいろな人間から、言われてるじゃねえか」
「言われ慣れている人とそうでない人では、言葉の重さが違うんだよ」
雄也さんや楓夜兄ちゃんは社交辞令……、いや、もはや、異性に対する挨拶のようなものだ。
彼らはそれだけごく自然に言うから。
そして、わたし以外の異性にも言っていることは知っているから。
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ」
それに対して、九十九の「可愛い」は滅多どころか、ほとんど言わない。
稀少価値だ。
レア物だ。
尤も、先ほどの「台詞」は「寝顔限定」で、しかも九十九本人と比べての言葉らしいから、素直に喜びにくい部分はあるのだけど。
「可愛い、可愛い、可愛い」
「へ?」
突然、真顔で妙な言葉を連呼された。
「満足か?」
九十九はニヤリと笑う。
「不満だ!!」
わたしは思わず叫んだ。
なんとなく、台詞は違うけど、前にもこんなことがあった気がする。
いや、わたしにだって、ちゃんと分かってるんだよ?
これは、九十九から揶揄われているだけってことも。
先ほどから、彼が肩を震わせるほど笑っていることも。
それでも、分かっているのにやっぱり嬉しく思ってしまうのが女心だ。
異性から「可愛い」と褒められて喜ばない乙女などいない。
しかも、自分が認めるほどの異性からの言葉なら尚更だろう。
「いや、お前、本当にすっげ~可愛い」
そのまま九十九は机に伏しながら言う。
肩を震わせながら言っている辺り、笑いが止まらないのだろう。
「嬉しくない!!」
まだ揶揄われるらしい。
それでも、やはりその声で「可愛い」の破壊力は凄い。
顔は見ていないし、その台詞の声だって震えているというのに、それでも、的確にわたしの胸を攻撃している気がする。
尤も、それだけ彼を怒らせたということだろう。
そこだけはわたしが反省しなければいけない部分ではあるよね。
「それで、お前の魔法力は回復したのか?」
「へ? ああ、意識を落とす前よりは調子が良いね」
そう言うと、九十九は目尻に滲んだものを拭い、わたしをじっと見た。
いや、泣くほど笑われてたのか。
「見た所、半分までは回復したか。それだけ回復すれば、大丈夫そうだな」
九十九は、先ほどまでの雰囲気を切り替える。
こんなところが、九十九は仕事できる男って感じがするよね。
「この状態が半分?」
でも、わたしにはよく分からない。
もっと回復していると思っていたのだけど。
「そう。半分も回復すれば、普通に違和感なく身体は動かせる」
「全快すると?」
「人間界のゲームと違って、本当の意味での全快はないな」
「へ?」
本当の意味の全快はない?
「魔界人は、常に『魔気のまもり』を無意識に使い続けている状態だ。だから、どんなに休んでいる時でも少しずつ魔法力は消費しているらしい。だが、同時に回復もしているから、プラマイしてプラスって形にはなる」
「なるほど」
常に使い続けているし、常に回復し続けている。
でも、全快は、使い続けている限りないってことか。
つくづく、RPGとかアクションゲームとは違うと思う。
世界観としては、よくある剣や魔法の世界なのにね。
「そのプラマイ……、一般的な差し引きってどれぐらいなの?」
「無意識の防護膜である『魔気のまもり』の消費量も、魔法力の自然回復量も、当然、個人差がある。残念ながら、差し引きがどれくらいのものなのかは、回復時間で判断するしかないな」
「うぬぅ」
回復量が多くても、消費が激しければ、すぐには回復しないだろう。
「そして、王族に近いほど、魔法力の貯蔵タンクがでかくなる」
しかも魔法力の貯蔵タンク……、多分、魔法の使用回数みたいなものは、仮にも王族の血を引いている以上、わたしはそれなりに量があると予想できる。
そして、回復量に個人差があるなら、王族の血を引くわたしは回復量が多いとかそんな単純な話でもないようだ。
「九十九と一緒にいると、少しだけ回復が早い気がするのだけど……」
「そう……、なのか……? いや、そうかもしれない。オレたちは、同じ風属性の体内魔気を纏っているからな」
九十九は少し、考えながらそう言った。
「これも、感応症ってやつの効果?」
近くにいると、互いの体内魔気に影響を与えるというやつだ。
相性が良ければ、僅かながら魔力が増大したり、魔法耐性がついたりするし、相性が悪ければ、その逆……、いや、傍にいることも辛いらしい。
身近な人たちに、そんなことがなくて良かったと思う。
「いや、体内魔気と魔法力はやや違うもののはずだ。だから、感応症と言って良いものか……」
「ぬ? そうなの?」
迷いながらも九十九はそう言った。
でも、体内魔気って身体を巡る魔力のことだと聞いていたから、多少は影響しているのではないだろうか?
「同じだったら、魔法力が枯渇した時、大変なことになるだろうが」
「ああ、そうか」
言われてみれば、九十九の魔法力の枯渇状態を見た時でも、彼の体内魔気は安定していた。
本当に魔法力と体内魔気が同じ種類のものなら、そうなるはずもない。
「その点は、兄貴にも伝えておく」
確かに、その方が良いだろう。
わたしたちだけで出せる結論でもない。
「九十九は、わたしといると魔法力の回復は違う?」
「あ~、よく分かんねえ。少し早くなっている気もするけど、それは精神的な安定の方だと思っていたから」
今、さり気なく凄いことを言われませんでしたか?
それって、わたしが傍にいると、心が落ち着く的な話?
「見えるところにちゃんとお前がいると、安心するからな」
違った!
わたしが見える範囲にいないと、心が落ち着かないってだけだ。
護衛と言うより、この彼の視点は、小さなお子様を抱えている保護者か!?
そうなると、少し前に布団の中で抱き締める行為も、仕事や命令で已む無く……以外の感情が僅かながら彼にあったとしても、それは親愛的なものよりも、これならわたしが逃げ出す心配はないという安心感の方が強かった可能性もある。
いや、それも護衛という仕事から来る感情ではあるのか。
いろいろ複雑すぎるではないだろうか?
わたしは、相手が九十九だから心身ともに落ち着くと感じていたのに、彼は本当に事務的で真面目だった。
いや、それは、どこまでも九十九らしくはあるのだけど。
逆に、護衛としての親愛感情以外のものがあっても困るか。
わたしたちの間には不要なものだから。
「それを含めて、兄貴に報告かな」
「ソウダネ……」
どこまでも真面目な護衛は、わたしの複雑な心境も気にせず、そんな結論を出したのだった。
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