一般論でも良い
「お前はすぐに起こせよ!」
この黒髪の青年からこうして怒られるのは何度目だろうか?
もういちいち数えてもいない。
「魔法力回復のための休息なんだから起こさない方が良いでしょう?」
「状況を考えろ、状況を!」
「状況を考えたから、起こさなかったんだよ」
既に数日、一緒の布団で過ごした仲である。
彼の怒りのポイントがよく分からない。
「ここ数日は同じ布団。今回は布団の上下。何の問題があるの?」
どう考えても、同じ布団の方が問題だろう。
それに、一緒の布団に寝ていた時だって、わたしは九十九に撫でられて癒されただけで、これと言って彼から邪な気配もなかった。
九十九がその気になれば、わたしをどうにでもできてしまうことは既に「発情期」によって証明されているのに、平常時の彼は絶対にそんなことをしない。
いや、わたしに女性の魅力がないと言えばそれまでなのですが。
ええ、本当に。
「ここ数日は襲撃者対策。今回はただの休息。目的が全然違うだろうが!!」
確かに、今回はその「襲撃者」とやらは来ていない。
わたしが怪しい気配に気付かなかっただけかもしれないけど、少なくとも、この部屋が襲撃を受けていないのだから、来ていないのと同じだろう。
「誰も来なくて良かったね」
素直にそう思う。
「来たら、流石にオレは起きる」
むすっとしたままのその言葉に嘘はないだろう。
だから、来なくて良かったと思っているのだ。
九十九がぐっすり休めたようで、本当に良かった。
「それに、ヤツらはもう来ねえよ。少なくとも、二度とオレらに手出しはしない」
「全部、倒しちゃったってこと?」
どれだけ来たのかは分からないけど、わたしが寝ている間も、九十九が魔法を使っていたみたいだから、毎日のようにお出ましだったとは思っている。
「全部かどうかは分からんが、かなりの数は減ったとは思う。そして、日中の魔法勝負だ」
「ぬ? あの、水尾先輩たちのストレス解消のためにやったやつ?」
果たして、あの勝負でどれだけストレス解消できたかは分からないけれど。
「そう。あの光景を見て、手を出そうとするヤツがいると思うか? 最初の水尾さんとオレたちの魔法勝負だけで、かなりの人間のやる気を削いだだろうよ」
「結界、意味なし?」
「いや、あの結界内で見ていたヤツらがいる」
「なんと!?」
気付かなかった。
いや、あれだけ広いのだから、いても分からなかったかもしれない。
「お前はもっと、気配察知の能力を磨くべきだな。大きな気配の方に頭を割き過ぎだ」
「うぬぅ」
確かにそうだ。
水尾先輩との勝負しか考えていなかった。
「でも、それって、水尾先輩たちの正体も分かっちゃうんじゃないの!?」
「馬鹿言うな。一般的な人間は、王族の魔力の感知なんかできん」
「へ? そうなの?」
「分かるのは自分より強いか弱いか。細かく知覚できるのは、感知能力の優れた人間だ。幼い頃から、感覚を磨くか。もしくは、才能。大半は貴族……、王族の血が流れている人間だな」
「九十九は前者ってこと?」
「多分な。ミヤドリードに相当扱かれたし、その後に兄貴からも気配察知や探知は磨かれた覚えがある」
それに加えて、彼はイースターカクタス国王陛下の兄の息子である。
つまり、王族の血が流れる才能も持っているのだ。
彼の凄さの一端をさらに理解できた気がする。
「そんなことより、今はこの状況の話だ」
おっと。
話が引き戻されましたよ?
「どうして、オレを起こさなかった?」
同じことを言っても、同じ問答の繰り返しになるだろう。
それならば、別の理由……。
それも、九十九が返答に困るような言葉を考えようか。
「えっと、九十九の寝顔が可愛かったから?」
「おいこら」
この返答はお気に召さなかったらしい。
「本当のことなのに……」
実際、九十九の寝顔は可愛いのだ。
特に今回のような熟睡モードの時は、無防備で少し幼く見える。
「馬鹿を言うな。お前の方が絶対、可愛い」
「ふへ?」
「? どうした?」
「い、いや、今、耳慣れない単語を耳にしたような気がして……」
幻聴かな?
「九十九の口から『可愛い』って聞こえた気がしたの」
そんなわけはないのに。
「男と女なら、女の寝顔の方が可愛いに決まってるだろ?」
「ふお?」
あれ?
つまり……?
「九十九、本当にわたしのこと、『可愛い』って言ったの?」
「いや、普通、オレと比べたら、お前の方が一般的に『可愛い』って言うのに間違いはないと思うぞ?」
それでも、九十九は口に手を当てながら、別の方向に視線を逸らしている。
さらに、顔が耳まで赤い。
これは、うっかり言ってしまったというやつだ!
「えへへ……。そうか~」
うわっ!
マズい!
わたしまで口元がニヤニヤしてきた。
そうだよね~。
一応、わたしは彼にとって、対象外ではないのだから、多少、そうやって思ってくれることもあるのか。
うわ~!
なんだろう?
このふわふわした感覚。
今なら、空も飛べるはず?
「お前、誤解してるだろ!? オレは一般論を口にしただけだからな!?」
「一般論でも良いんだよ。大事なのは九十九の口から普通に出た『可愛い』という言葉なのです!」
「話を聞け!!」
ああ、口元や頬が緩むのが止められない。
どうしても、先ほどの「可愛い」が頭を回り続けている。
髪型とかを褒められたのとは全然違うのだ。
しかも、九十九の反応がまた良い。
いつもと違う九十九の顔がまた嬉しい。
「お前、オレは、お前の『寝顔』が『オレより』は、『可愛い』って言っただけだぞ?」
変なテンションになったわたしに対して、否定や誤魔化すことにも疲れてしまったのか。
少し落ち着いた彼は、いつものように呆れたように言った。
ちょっとつまらない。
わたしは、さっきの照れたような九十九を見たいのに。
「いやいやいや! 九十九は自分の寝顔の可愛さを知らないからだよ」
「あ?」
彼はきょとんとした顔を向ける。
これはこれで可愛い。
「それを知れば、わたし相手に『可愛い』とは言えない」
「いや、何言ってんだ? お前」
完全にいつもの九十九に戻った。
だが、深夜のハイテンション状態になったわたしは止まらない。
「九十九! 青い袋を出して」
「あ?」
疑問を持ちながらも、彼は青い袋を取り出した。
その中には、黒い箱があって、わたしはその箱から数枚の紙を取り出す。
「本物には勝てないとは思うけど、これで、あなたの魅力は伝わる?」
「あほかああああああああああああっ!!」
その数枚の紙を見て、九十九は叫んだ。
「おまっ!! 本人の許可なく何、描いてんだあああああああああああっ!?」
珍しい。
二回目の叫びが続いた。
「何って、九十九の寝顔? あまりにも可愛かったから、つい?」
「頼む! 金輪際、勝手に描くな!!」
「え~?」
わたしが差し出した数枚の紙には寝ている九十九の絵が描かれていた。
いや、せっかく極上のモデルが魅力的な姿でいれば、本能のままにいっぱい描いちゃうよね?
それだけ、素敵な状態だったのだ。
我慢できるはずもない。
「信じられねえ、この女」
九十九は頭を抱えている。
「ごめん、ごめん。確かに、勝手にモデルにしたのは悪かった」
そして、そんなにショックを受けるとも思わなかった。
見せなきゃ良かったかな?
そんなわたしを九十九はジロリと睨む。
どうやら、かえって、怒らせてしまったようだ。
「お前が絵を描くことが好きなのはよく分かってる。だが、勝手に描くな」
「でも、寝顔を描きたい時はどうすれば良い? 寝ている時に許可はとれないよ?」
「……描くな」
「うぬぅ」
残念だけど、仕方ない。
ここまで嫌がっているのが分かっていて、無理を通す気はない。
九十九の寝顔は、しっかり、自分の頭の中に記憶しておこう。
うん、しっかり記憶されている。
目を閉じても浮かび上がるほど明確に。
これなら、多少、時間が経っても再現は可能そうだ。
尤も、細部の表現だけはちょっと仕方ないね。
「おい」
「はい?」
わたしは忘れていた。
彼はやられたままでは終わらないことを。
そして……。
「それでも、お前の方が絶対可愛い」
「ふわっ!?」
肩を掴まれ、耳元で甘く囁く九十九の低音ボイスに、わたしが勝てるはずもないことを。
ここまでお読みいただきありがとうございました




