魔法力の回復のために
「どうしたの?」
わたしは思わず、声を掛けるしかなかった。
「別に、何も……」
黒髪の護衛青年は、わたしの言葉に応えるが、言葉は少なく、その様子はあまりにもいつもとかけ離れすぎて困ってしまう。
ほんの数時間会わなかっただけで、元気がない。
それになんとなく憔悴をしているような気がした。
心なしか、瞳も赤い。
もしかしなくても、大泣きをしたのだろうか?
「何か、あった?」
「何もねえ。なんでもねえ」
そこで即答されると、逆に気になってしまう。
しかもなんか念を押された気もする。
「料理で失敗した?」
この短時間であるとしたら、これぐらい?
「それぐらいでこんな状態になるかよ」
そう言いながら、黒髪の護衛青年、九十九はいつものようにお皿を並べていく。
確かに、九十九が料理を失敗したぐらいで落ち込むことってないか。
どちらかと言えば、闘志を燃やして再チャレンジするぐらいだ。
「こんな状態って、普通じゃないことは認めるんだね」
「ちょっと、精神的なショックがあって、回復が遅れているだけだ」
「精神的なショック?」
はて?
そうなると、あの広場でやった魔法勝負ぐらいしか心当たりがなくなってしまう。
「お前は気にするな」
そう言って、給仕を終えたのだけど……。
「九十九は食べたの?」
いつまでも座らない九十九にそんな言葉をかける。
「いや、まだだが?」
「じゃあ、一緒に食べよ? この量を一人で食事は多すぎるし、淋しいから」
「魔法力を回復するにはちゃんと食った方が良いぞ」
「いやいやいや。この量は食べられないからね?」
いくら何でも、これは一人分とは思えなかった。
これ、青年男性が食べる量の、三人前ぐらいあるんじゃないかな?
「お前は本当に少食だよな」
「水尾先輩や真央先輩に比べたら、大半の女性は少食になるよ」
誰がどう見たって、あの2人が規格外なだけだ。
ストレリチアにいるワカや、グラナディーン王子殿下の婚約者殿も、わたしと食べる量はそう変わらない。
「まあ、せっかくだ。ご相伴に預かりますか」
そう言って、彼は対面に座ってくれた。
ここ数日間は、普通だった光景。
わたしの目の前に九十九が座って一緒に食事をする。
でも、これからはこの機会も減っちゃうのかな?
この世界では、一人で食事を摂ることは珍しくない話なのだ。
まあ、また旅路に付けば、集団で食事を囲んで……が普通になるのだろう。
だけど、少しだけ淋しく思えるのは何故だろう?
「どうした?」
九十九がわたしに声をかける。
「いやいや、いただきます」
「いただきます」
この世界では食前に、神に祈りを捧げるのは神官ぐらいらしい。
だから、こうやって、手を合わせて「いただきます」と言うのは、人間界……、それも日本のものだ。
それでも、習慣づいたものが、簡単に消えることはなかった。
そして、それを九十九は気にしない。
それどころか、同じようにしてくれる。
そんな些細なことが嬉しかった。
「九十九の方は、魔法力は回復した?」
食事が終わってから、確認する。
食べる量は九十九の方が多いのに、わたしの方が食べ終わるのが遅い。
人間界では早い方だと思っていたけど、全然、勝負にならない。
魔界人の食事スピードってちょっとおかしいと思っている。
まるでアニメに出てきた大食いの宇宙人のようだ。
いや、魔界人も人間界視点では、立派に宇宙人なんだけど。
「まだまだみたいだな。オレ自身が安静にしていないせいもあるけど、今回は回復が少し遅い気がする」
「わたしもまだ半分くらいかな」
人間界のゲームのように数値化されていないし、可視化もされていない。
自分の身体に問いかけても、当然ながら何の返答もないので、感覚だけでの判断となる。
「嘘吐け、五分の二ぐらいだろ?」
「へ?」
九十九の言葉に短く間抜けな問いを返す。
「お前の魔法力。まだまだ半分にも届いてねえ。眠りが浅かったな」
「そうなのか」
自分ではよく分からない。
結構、眠ったと思っていたんだけど。
今までなら、多少眠りが浅くても、それで結構回復しているのに、なんで、今回はそんなに遅いのだろう?
「もしかして、まだオレの添い寝が必要か?」
どこか意地悪い笑み。
だけど……。
「ああ、うん。必要かも?」
九十九がいるかいないかで、なんとなく回復量が違う気がする。
これも、感応症ってやつの効果なのかな?
「お前……」
どこか呆れたような九十九の顔。
「いやいやいや、冗談だからね、冗談」
本気にされても困る。
「幼馴染とは言っても、恋人でもない男女が理由もなく一緒に寝るって可笑しいでしょう?」
確かに九十九がいた方が、回復力は強くなるかもしれないが、九十九に頼り過ぎとなってしまう。
「それなら良い」
どこかホッとしたような声。
やはり、九十九も目的が果たされた今となっては、わたしと一緒に寝るのは気が進まないようだ。
「しかし、魔法力の回復量が遅いのは困るな~」
「シルヴァーレン大陸ならもっと早いとは思うぞ。だが、ここはスカルウォーク大陸だ。風属性の大気魔気が薄すぎるんだよ」
「それって、水尾先輩や雄也さんにも言えることだよね?」
「そうなるな」
わたしの魔法力でもこれだけ回復できてないのだ。
もっと魔法力の容量がありそうな水尾先輩はどうなのだろう?
それに、雄也さんも何気に魔法を結構、使っている。
九十九の補助をして、わたしと魔法力を使ったソフトボール勝負をして、さらに、水尾先輩との勝負でも魔法を使ったはずだ。
隠しているけど、それなりに魔法力をかなり消費したのではないだろうか?
「まあ、食ったんだからとっとと寝ろ」
「うん、お風呂入って寝るよ」
「……風呂……」
九十九がポツリと言った。
「大丈夫。ここのお湯を使わず、お湯を出すから」
少し前に、わたしはこの「ゆめの郷」のお風呂で、大変な目に遭った。
それを思えば、彼の警戒は当然だろう。
「お前、魔法力が回復してねえだろ? オレが湯を張る」
「九十九も回復してないんじゃないの?」
「オレの方が魔法力の回復が早い。お前は五分の二程度だが、オレの方は七分の三ほど回復している」
「そこまで大差はないよ?」
単純計算で、四割と四割二分……。
回復が早いって程じゃない気がする。
しかも、九十九は一度、魔法力回復のために意識を飛ばしたというのに……。
「お前は主人だ。自分から疲れることをするな」
「護衛が魔法力切らした状態でどうするの? 万全な態勢で護ってよ」
わたしがそう言うと九十九は一瞬、何か言いたそうな顔をして……。
「オレの方が魔法を使い慣れている」
そう言って、お風呂場の方へさっさと行ってしまった。
まあ、確かに浴槽にお湯を張る程度の魔法で九十九の魔法力がまた枯渇状態になるとは思っていない。
それでも、彼がわたしを気にかけてくれるのと同じように、わたしだって彼のことが心配なのだ。
それでなくても、無理する人だって知っているから。
そんな気持ちはどうしたら、ちゃんと伝わるのだろうか?
それに、この後、彼は自分の部屋でも同じように魔法でお湯を張るのだろう。
ここのお水には、確かに女性に対して効果の出る薬が混入されていたみたいだけど、男性の身体にまったく害がないと完全に証明されたわけでもないのだ。
それを考えれば、警戒心が強い彼は、ここの水を使おうとはしないだろう。
「準備できたぞ」
九十九が戻って来た。
「そか。じゃあ、九十九がお先にどうぞ」
「は?」
わたしがそう勧めると、九十九は変な顔をした。
「自分の部屋に戻った時、同じようにお湯を張るのって無駄じゃない? ここでお湯に浸かってから戻れば良いと思ったのだけど……」
合理的に考えれば、そうした方が良いと思った。
2人の人間が別々の場所にいるならそんなこともできないが、幸いにして、今は同じ場所にいるのだ。
一緒に寝ることはできなくても、それぐらいなら何の問題もないだろう。
「お前はそれで良いのか?」
少し九十九は考えて、そう確認する。
「九十九が湯冷めしなければ良いよ」
同じ浴槽のお湯を使うことなんて、ここ数日ずっとしてきたことだ。
わたしに抵抗は全くない。
「じゃあ、言葉に甘える」
彼の方も抵抗はないのか、そう言って、浴室へ向かった。
いつものように文句の一つぐらい出るかと思えば、何も言われなかった。
それだけ彼の魔法力もあまり余裕がないのだろう。
残っていた食器などを片付けていると、不意に、眠気が襲ってきた。
いつもながら、これはかなりの強敵だ。
「うぬう……」
だが、お風呂に入る前に本格的な眠りに入るのは、流石に女性として抵抗がある。
わたしはなんとかして、眠気に逆らおうとするが、わたしが睡魔に勝てるはずもない。
そのまま、寝台に向かって倒れ込む。
「また、怒られちゃうかな?」
九十九の姿を見ていたら、妙に安心してしまったのだ。
だから、こんなにも眠い。
どこまでも九十九がいないとダメなんだなと……わたしは薄れゆく意識の中で、そんなことを考えたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




