爆発のイメージ
「ところで、先の勝負で起こした『水蒸気爆発』はどちらの案だ?」
なるほど、やっぱりその話に突っ込みたいよな。
逆なら、オレも突っ込むだろう。
「オレが話のネタとして『水蒸気爆発』の話を少しした。だけど、あの時のあれは本物じゃねえぞ」
一応、そう付け加えておく。
「それぐらいは承知だ。そして、お前が『水蒸気爆発』現象の条件を全く知らないとも思っていない」
やっぱり、兄貴にはバレているか。
そして、栞もあの周囲を震え上がらせるほどの爆発が、「水蒸気爆発」ではなかったことを知っている。
実際、その「爆発魔法」を放ったのは、彼女の方なのだから。
あの時、その「水蒸気爆発」という、どこか不穏な響きをする言葉から、イメージした魔法を放つことにしてもらったのだ。
尤も、あの瞬間はそれどころじゃなくなって、その威力を確認することまではできなかったのだけど。
水蒸気爆発は特殊な条件を必要とするため、そう簡単に起こせるものではない。
言い替えれば、条件を伴えば起こせなくもないのだが、あの状況で、それを細かく栞に説明することは難しかった。
本格的に勉強をしていないため、オレの知識が曖昧だったという点もある。
人間界で言う「水蒸気爆発」とは、水が非常に温度の高い物質と接触することにより気化されて発生する爆発現象だったはずだ。
そして、人間界の考え方では、炎そのものは物質ではなく、物質の燃焼反応……、状態変化の一種だと言われている。
魔法についてははっきりと断言できないが、魔法自体が現象の一種なので、やはり、気体とは言えない気がする。
まあ、厳密に言えば、その際に、酸素と呼ばれる気体が様々な燃料と結びついたり、それ以外の微粒子も含まれていたりとか炎そのものが、物質と呼ばれるモノを全く含んでいないとは言い難い面はあるのだが。
そして、水蒸気も高熱になれば、物質を燃やせる可能性があることは、意外と知られていない話だった気がする。
熱い水蒸気で皮膚が火傷をすることから、分かりそうな気もするんだがな。
そして、魔法が主流のこの世界では、物質界の状態変化というものを意識することはほとんどない。
物質の状態変化は簡単にできてしまうことだし、物理法則というものも完全に無視できるからだ。
重量を無視して物を浮かせることもできるし、一瞬にして体積を増大させることも、減少させることもできてしまう。
だが、人間界は違った。
常に化学反応や物理法則を考えなければ生活できない。
持っている物を手放せば、下に落ちることは避けられないし、火が広範囲に燃え上がれば、その消火活動も容易ではない。
ニュースなどにある程度の関心があれば、たまにある爆発事故の中に「水蒸気爆発」という単語があったことを知っているだろう。
それも、小さくはない規模の爆発事故で。
そして、それは魔界では深く考えない化学反応の果てにある話。
だから、オレのようにふと興味を持つ人間もいたのではないか。
「水蒸気爆発」と呼ばれる爆発現象自体は、自然現象として、一度くらい魔界でも起こったことはあるはずなんだがな。
その記録はあっても、その名称がないのかもしれない。
加えて、「水蒸気爆発」という言葉には妙に特別な響きがある。
そう感じたのはオレだけかもしれないが、魔界では考えもしなかった爆発現象であることは間違いない。
それだけではどんな現象かが分かりにくいが、栞は、「爆発」という単語だけでも高エネルギーの現象を想像できたのだろう。
だから、オレはサポートに徹した。
「噴水魔法」を使うことで、水尾さんに、栞が使った「爆発魔法」を、一度ぐらいは聞いたことはある「水蒸気爆発」と錯覚させようとしたのだ。
実際、それにどれだけの効果があったのかは分からないのだけど……。
「オレは分からなかったが、『爆発魔法』としても、かなり激しいものだったことは聞いている」
オレ自身は体感もできなかったが、一部始終を目撃していた後でトルクスタン王子から、とんでもない威力の魔法だったと聞いた。
これまで、魔法国家の第三王女の魔法を幾度となく見てきたはずの男が、そう言うほどの爆発力。
「そうだな。互いの『体内魔気』で、ある程度その威力を殺しあったというのに、離れていたこちらにまで、あれほどの衝撃が来た。並の人間なら、その命を落としても可笑しくはないほどに」
その言葉にゾッとする。
オレが何気なく言った言葉。
相手が魔法国家の王女だから構わず全力を出した結果だと思うが、何も考えずに放っていたら、どうなっていただろうか?
「だが、栞が後から言っていた。あの『爆発』イメージは、昔、アニメで見たドクロ型の雲が出るものだったらしい」
「…………それなら、死人が出ることはないな」
かなり妙な間の後に、兄はそう結論付けた。
恐らくオレと同じ映像が脳裏に浮かんでいることだろう。
オレも兄貴もアニメを観ることは多くなかったが、それでも、有名なものに関しては、何度も放送されるし、ネタとしても使われやすいので、知識としてある。
そのため、栞が言った「ドクロ型の雲」についても知っていた。
かなりの爆発後に浮かび上がる物だったが、それは相手を殺すためではなく、お仕置きとしての爆発であり、食らった者たちがボロボロになった描写はあっても、死人が出たことはない。
先ほどまでの栞の想像力が結果まで想像したものだったら、死なない程度の調整はされているだろう。
「だが、それが、人間界の最大級の爆発として描かれるキノコ雲だったら……、どうなっていただろうか?」
兄貴がそう口にする。
キノコ雲とは、水蒸気を含んだ大気中に向かって、急激に膨大な熱エネルギーが局所的に解放され、そこで生じるかなり強力な上昇気流である対流雲の一種が、遠目にもキノコのような形をしていることから付けられた名前らしい。
火山の噴火等に見られることがあるが、誰もが思い描くキノコ雲というのは、原子爆弾の投下直後の写真だろう。
だが……。
「栞は『キノコ雲』を考えても、その威力を無意識に抑える気がする」
その結果、見た目が派手で中身がスカスカな爆発になったとしても。
彼女は、人を害することを望まないから。
「確かにな」
兄貴も同意する。
例え、自分が傷ついても、相手を傷つける道は選ばない。
それは彼女の強さであり、最大の弱点でもあるのだけど。
「主人の魔法の大きさと強さは本来、仕える従者として誉れ高いものではあるが、それらを誇るには少しばかり、栞ちゃんの心が優しすぎる点が問題だ」
「優しいのが問題なのか?」
「それ以上の成長の機会を手放すってことだからな」
相手が死なないように手加減できると言うことは、全力を尽くさないと言うこと。
それは、確かに手を抜いているように見えるし、限界へ挑まなければ登れない壁を乗り越えられないということにも繋がるだろう。
「兄貴は、栞の手を汚させたいのか?」
「まさか」
予想通りの即答だった。
「ただ、魔法国家の王女たちがいれば、本来汚れるはずだった主人の手も、綺麗なままでいられる気はする。俺たちだけでは彼女を守り続けることが難しいと、今回のことで改めて理解できたからな」
兄貴は悔しがる様子もなく、淡々と言う。
確かに、オレたちだけでは栞の心までずっと護り通すことは難しいと感じた。
例えば、知り合いの裏切りや、多くの人間を巻き込むほどの明らかに強い悪意がある行動とか。
そんなどこにでもあるようなことですら、彼女の心は容易に傷ついてしまう。
「俺たちが守らなければならないのは、その身体以上に、その心の方かもしれん」
兄貴が不意にそんなことを言った。
「彼女のあの能力は、『人類滅べ』と願うだけで、魔力が伴えば、それを可能としてしまうものだからな」
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