原始的な魔法
「体内魔気が安定したな。やっと寝てくれたか……」
そこまで離れていない距離にいる気配が落ち着いたことにほっとする。
先ほどまで、妙にソワソワしていたようだが、ようやく寝ることにしたらしい。
あそこまで、魔法力を減らしたのだ。
素直にゆっくり休んで欲しいと思っていた。
栞は、自分では本当にまったく意識していないようだが、以前よりずっと魔力も強まり、魔法力も増量しているのだ。
だから、完全に回復するためには時間を要するのだが、彼女にその自覚はないままだった。
それだけ、一気に成長してしまったということだろうか。
彼女が魔力の封印を解除してから2年余り。
その間に、通常の成長や様々な経験に加え、各国の王族たちと縁を持ち、さらには魔法国家の王女や中心国の王と魔法で立ち会う機会にも恵まれた。
そのために、たった数年足らずでいろいろと増大したらしい。
オレもそれなりに成長したつもりだったが、急成長した彼女には遠く及ばないだろう。
「淑女の気配を常に監視し続けるとは、とんだ危険人物だな」
オレの独り言を聞いていた兄貴がどこか呆れ混じりの声でそう言った。
「護衛だからな」
オレは開き直る。
「護衛が主人を常に案じて何が悪い?」
そして、栞は「淑女」とは何か違う気がする。
いや、血筋としては間違っていないはずだが、オレの考える「淑女」とはかなり大きくかけ離れている気がしてならない。
尤も、この世界の高貴な女性で、オレの思い描く「淑女」像に嵌る女性は皆無なのだが。
「お前は『護衛』でなければただの危険人物だろうが」
「兄貴も似たようなもんだろ?」
「お前よりはマシだ」
「いやいや、ご謙遜を。若輩の弟は、その部分に関してお兄様には遠く及びませんよ」
そんな不毛な兄弟の言い争いを暫く続けた後。
「兄貴は栞の魔法をどう思った?」
今回の報告について、主要部分を確認する。
魔法国家の王女たちの見解は聞いた。
だが、兄貴からはまだ何も聞いていない。
「原始的な魔法だな」
兄貴は間を置かずそう答えた。
「原始的?」
「誰もが、簡単にできるような魔法ではないことは確かだな。それを考えれば、栞ちゃん独自の魔法と評するのは正しいと言えよう」
「いや、だから、なんで、それが原始的なんだ?」
アレを栞の「独自魔法」と言うのは分かっている。
だが、それを「原始的な魔法」と言った兄貴の考えは分からない。
「何の加工もない魔法だ。『原始的』と表現する外あるまい」
「加工もない魔法?」
「少しは自分でも考えろ。そこに載っている頭がただの飾りでないのならばな」
兄貴はそう溜息を吐いた。
「へいへい」
兄貴に促され、自分でも考えてみる。
思えば、確かにオレ自身はあの魔法に対して結論を出しきっていない。
オレの中にある答えは、誰かの見解ばかりだった。
彼女が言ったことが本当なら、あの魔法の最初の目撃者であり、結果として最初の被験者になったのも恐らくオレだろう。
彼女があの魔法を使い始めたのは本当に突然だった。
オレが来島と対峙していた時、いきなり割り込んで、眩しい光を放たれた上、爆発系魔法を食らった。
他には眠らされもしている。
本当にいろいろな目に遭っている気がした。
よくよく考えなくても、実はかなり、酷いことされてねえか? オレ。
そして、あの時、彼女の口から「分身体」を創り出したとも聞いている。
そう簡単には出来ないようだが、できなかったことをできたとそんな嘘を吐くような女でもない。
さらには、彼女の言葉一つで、小さな光を創り出したところも、ギャグのような火魔法も見た。
身体から毒素を取り除く、「解毒魔法」や、これまでの知識になかった「解熱魔法」を見て、その効果も実感した。
それらを見た時、オレが思ったことは……。
「思い込みの……、魔法」
彼女が考えたものが全て形作られる。
映像を伴って記憶したものが全て、この世界に作り出される。
そこにあるのは、恐ろしいまで正確な「想像力」。
そして、それを可能にしてしまうだけの膨大な「創造力」。
なるほど、それは、確かにこの世界で語られる魔法の根源だった。
自分の考えたモノをそのまま具現化させてしまうなど、容易ではないと言うのに。
それが簡単にできないことだから、人は、魔法書を使って「使える」と思い込むのだから。
「お前の最初の報告にもそうあったな。想像の現実化。だから、俺は『原始的な魔法』と言ったのだ」
オレの呟きを拾い上げ、兄貴はそう答える。
「一部の人間たちには喜ばれそうな能力だな」
想像の現実化は妄想の具現化ともなる。
オレのように「発情期」の兆候に悩まされた男たちは彼女の能力を羨ましく思うことだろう。
尤も、妄想で満足できていれば、周囲に何の害もなくなるが。
「俺もそう思う。そして、彼女がもっと常識的な人間でなければ、それすら可能としたことだろう」
「常識的?」
そこに疑問が生じる。
オレが知る限り、あの栞は、世間一般で言う「常識的な人間」とはちょっと違う気がするのだが……?
「十分、常識的だ。それがあるから、想像できないものは、自分にはできないと割り切っている部分がちゃんとある」
「知らないものは造り出せないってことか?」
「それとは少し違うな。知らないものでも、……恐らく絵などで理解できれば、ある程度は形にはなるはずだ。実が伴うかは別の想像が必要のようだな」
確かに、そんな気はしている。
確かに近しい魔法だけど、何かが違うのだ。
見た目より威力が大きすぎたり、小さすぎたりと安定もしていない。
オレに向かって放った「爆発魔法」は昔見た特撮を参考にしたと言ったが、あれはオレをその場から吹っ飛ばすほど高威力の「爆発魔法」だった。
あの魔法、オレ以外の人間だったら、どうなっていただろうか?
そして、彼女曰く「防弾魔法」……、水尾さんの炎弾を弾いたのは、空気の塊を視えない盾として作り出していたけれど、あれは、いつもの「風魔法の盾」を応用したようなものだと思っている。
「要は、威力……、いや、その効果まで明確に想像する必要があるってことか」
それである程度、納得もできる。
思ったより、彼女の想像力はしっかりしているようだ。
だが、疑問も残る。
栞がシオリの時代に契約していた魔法の中で、水尾さんとタメを張れるような、大きな火の鳥を出すような魔法はなかったはずだ。
栞が、この世界に戻った後も、そんな魔法を契約させた覚えはないし、恐らく、他の人間も契約させることはないと思っている。
つまり、「解熱魔法」のように、契約していた魔法以外も使うことができるということになるだろう。
あの巨大な火の鳥も、水尾さんが以前、一度自分に向かって放った魔法を自ら想像し、想像したってことになる。
カルセオラリア城にて、間近で目にしたことによって、その威力もしっかり想像した可能性はある。
だが、一番の疑問は……、あの鳥……、あの時、鳴いたよな?
それは、魔法に意思が宿った?
だが、そんなことがあり得るのか?
しかも、その後の動きもまるで生物のようだった。
まるで、魔獣や精霊を召喚したかのように。
そこがよく分からん。
「俺は、他にも条件はあると推測している。判断するにはまだ材料が足りなすぎるがな」
兄貴はそう結論付けた。
「魔法国家の王女たちですら、困惑するような魔法みたいだからな」
だから、「独自魔法」としか言いようがないのだ。
誰にも使えない栞だけの「独自魔法」。
あの女は、どこまでオレの予想外の次元まで行くつもりなのだろうか?
できれば、目の届く範囲……、いや、手の届く場所にいて欲しい。
オレはそんな身に余るような願いを思い描いてしまうのだった。
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