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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ それぞれの模擬戦闘編 ~

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暫しの休息

 ようやく、この「ゆめの郷」から出て行くことができると思っていたのだが、残念ながらもう一泊することになった。


 トルクスタン王子も水尾先輩も本調子ではなく、わたしや九十九も魔法力がかなり少なくなってしまった。


 雄也さんも、久しぶりに魔法を使うなど身体を動かしたために、少し魔力が落ち着かない状態にあるらしい。


 そんなわけで、もう一晩だけ、宿泊することになってしまったのだ。


 今夜は、あの最初に泊まった高級宿泊施設ではなく、ごく普通の「ゆめの郷」の宿泊施設に泊まることとなる。


 そして、この部屋に入る際にも入念な護衛の調査があった。


 水分については、備えつけのものを利用せず、九十九が準備してくれた瓶の飲料水や果実水を飲むように言われている。


 食事もルームサービスや通販ボックスを使わないようにして、彼が後で持ってきてくれるそうだ。


 足りなければ、連絡しろとまで言われている。


 だが、その言動に対して、今回に限り、「過保護」だとは思わない。


 それだけ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ほど、この「ゆめの郷」という場所は本当に油断できないことをもうわたしたちは知っている。


 しかし、そこまでするなら、これまでと同じように()()()()()()()()()()()()()()のではないだろうか?


 彼が近くにいてくれた方が心強いのは事実だ。


 でも、それを口にしてしまうのは嫁入り前の身として如何なものかと思ったので、流石に提案しなかった。


 既に数日、九十九と一緒の布団で寝ていても、何の問題なく過ごせてしまっていたのは良かったのか、悪かったのか。


 そのために、わたしは却って、彼を「安全な男」と認識してしまっている。


 九十九と過ごした数日間、彼は、わたしを「異性」として見れなくはないと言っていたにも関わらず、必要以上に触れるようなことはしなかった。


 囮のために、「いちゃいちゃしろ」という指令と言う名の命令によって、今回に限り多少、過剰なスキンシップになっていたとは思うけれど、それでもわたしの扱いは、基本的に貴重品のままだ。

 

 同じ布団に収まっている時も、彼はわたしを抱き締めながら、髪に触れたり、顔に触れたりされるものの、それ以上の行為はない。


 ミラやライトを引っ張り出すために、その夜だけ、額や瞼、頬などに口付けられたが、ちゃんと口は避けてくれたし、やはりそれ以上の行為はなかった。


 どんなに寝惚けていたとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 いや、九十九はそんなに寝惚けないけど。


 わたしたちは既に、それ以上の触れ合いを経験しているのに、それでも、彼はちゃんとラインを護ってくれている。


 彼が「発情期」が終わった今。

 これ以上の接触はしない……と。


 ここまで来ると、逆に、女として自信がなくなりそうではあるが、だからと言って、彼から手を出されたいわけでもない。


 でも、全く意識されないのは本当に悔しいのです。

 自分に女性としての魅力が皆無と言われているようで。


 何だろう?

 この複雑な心境は。


 だけど、九十九が本気でその気になってしまった時は、絶対に怖いだろう。


 いや、実際、本当に怖かったのだ。

 そして、わたしはもうそのことを知ってしまった。


 あの時の、「発情期」中の九十九は、本当に()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 わたしの呼びかけも、叫びも、ほとんど聞き入れてくれなかった。


 最後に「痛い」と口にするあの瞬間まで、彼は正気に返らなかった。


 寧ろ、「発情期」中に、その標的となった相手が「痛い」と口にした程度で、一時的に正気に返ってくれただけでも、実はかなり凄いことなのだと、周囲からいろいろと聞いた今なら分かっていても、それでもわたしの心の底にある蟠りというものがなくなるわけでもないだろう。


 それに、わたしが怖かったのは「発情期」中の九十九だけではない。


 その九十九の行動によって、湧き起こった自分の感覚や、それに伴う感情の変化も凄く怖かったのだ。


 それは、まるで、彼の手によって、自分が自分ではなくなっていくみたいだった。


 身体が自分の意思とは無関係な場所から、勝手に作り替えられていくようで、かなり違和感が強かったのだ。


 もし、あのまま、先へ進んでいたら、わたしたちはどうなっていただろうか?


 九十九が止まってくれなかったら、ほんの僅かでも正気に返る時間がなかったら、わたしが彼に「命令」しなかったら、わたしたちは多分、戻れなくなっていただろう。


 何度、思い返しても、そのたびにゾッとしてしまうのだ。

 いつものわたしと九十九なら、そんな関係は望まないし、望まれることもないのに。


 正常に戻った九十九と一緒に過ごしていくうちに、自分の身体に残っていた彼の気配も刻まれた痕跡も消えていき、あの時の感覚も感情もかなり薄れていった。


 だけど、一人になると、どうしてもあの時のことを生々しく思い出してしまう。


 九十九の身体の熱さとか、激しく荒々しい息遣いとか、流れ落ちる汗とか、押さえつける力強い腕とか、厚く広い胸板とか、ゴツゴツした指とか、わたしを責めるような瞳とか、何度も繰り返されたキスとか、彼の手や唇の感触とか。


 忘れたくても、身体も記憶(こころ)も忘れさせてくれないのだ。

 まるで、あの時間は決して忘れてはいけないと、誰かが言い続けているかのように。


 でも、九十九と一緒にいる時は、その当事者(あいて)であるにも関わらず、布団の中で抱き締められている時すら、何故か思い出すことはなかった。


 その点が不思議でもある。


 記憶に残る九十九の姿よりも、すぐ傍で現実に存在している九十九の方が強い存在感を放っているということだろうか。


 そう言えば、あの時は布団の中じゃなく、どちらかと言えば、寝台にかけられた布団の上だったな……と、どこか明後日な方向に思考を飛ばしたくなる。


 一人になった今、何かに気を散らさなければ、あの時の怖さが再び蘇ってきてしまうのだ。


 いつもの九十九に恐怖は全く感じなかった。

 わたしを必要以上に大事にしてくれることが分かっているから。


 本当に、「発情期」中の彼と、その症状が落ち着いた後の九十九は、全く別人のような気がしてならない。


 ここ数日、その九十九とずっと一緒に過ごしていた。


 魔界に来てから、誰かとあそこまで同じ空間で、同じ時間を続けて過ごしたのって、多分、初めてだと思う。


 いや、わたしには一緒に育った兄弟姉妹もいない。

 そう考えれば、あれだけ同じ時をずっと一緒に過ごしたのは、人間界でも、母ぐらいだった。

 

 その九十九と過ごす時間があまりにも長すぎたせいか。

 一人だけの部屋がやけに広く感じた。


 いや、実際、この部屋がずっと広いのだけど。


 もともと一人で過ごすことはそこまで苦ではない。


 ちょっと退屈になることはあるけど、一人きりの静かな時間が嫌いだというわけではないのだ。


 だけど、これまで傍にいた存在がいなくなるというのはそれだけで落ち着かない。


 それに、無意識にその姿を探そうとしてしまう。


 近くにその気配がないことが分かっているけど、なんとかして、その気配を掴もうとしてしまうのだ。


 本来は、この状態が自然なはずなのに、不思議なもんだね。


「ああ、そうか」


 これってもしかして、淋しいという気持ちなのかな?

 もしくは、心細い?


 母と離れた時とは違うのに、それに近い感覚。

 胸にぽっかりと大きな穴が開いてしまったような気がする。


 今のわたしは、分かりやすく不安な気持ちに圧し潰されそうになっていた。

 ただそこに九十九がいないというだけなのに。


 見える場所にいなくても、割と近くに彼の気配はあった。

 かなり集中する必要はあるけど、その居所を掴めなくはない。


 でも、それってどうなの?

 そこまで九十九に執着するっておかしくないかな?


 明るい時間帯でこんな心境になるなら、もっと暗い時間。


 ここ数日、九十九と張り付いて過ごすことになってしまった時間帯になれば、わたしはどうなるのだろうか?


「うぬぅ」


 これは恋愛感情じゃない。


 わたしは、単に淋しいだけ。

 物足りないだけ。


 だから、これはもっと子供のような感情だと分かっている。


 わたしは、こんなに甘えた人間だったのか。


 改めて、自分の知らなかった自分を知る。


 いや、こんな自分のこんな一面は別に知りたくもなかったけれど、知っておく必要はあるのだろう。


 多分……。


 胸元からぶら下げている通信珠を取り出す。

 これで九十九の名を呼べば、彼はいつだって来てくれる。


 だけど、わたしは主人として、護衛でしかない彼に、そこまで甘えるのはいかがなものだろうか?


 それに、彼だって、ずっとわたしに拘束されていたような状態だったのだ。

 暫くぶりの自由な時間を満喫したいだろう。

 

 そう思って、わたしはゴロリと寝台に横たわったのだった。

 ぐぅ……。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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