これも「魔法勝負」
「恐らく、勝負は瞬きする間もなく着く」
わたしの座椅子状態になった九十九は、何故かわたし髪を撫でながら、そんなことを言った。
「え……?」
「ほら、始まるぞ」
九十九にその真意を聞く前に、2人の勝負は始まり……。
そして、本当に一瞬で終わってしまったのだ。
それも、水尾先輩ではなく雄也さんの勝利で。
2人は止まっている。
水尾先輩は立ち尽くしたまま。
雄也さんは、正面の低い位置から水尾先輩の喉元に剣を突きつけた状態で。
「文句なく、勝負あり……だね」
真央先輩がそう言うと、雄也さんはゆっくりと剣を下ろして、無言で立ち上がる。
でも、水尾先輩はそのまま動かない。
どこか呆然としていた。
それも、無理はない。
離れて見ていたわたしだって、その早すぎる展開が信じられなかったのだから。
「ある意味、正統派な勝負だったね。先輩のことだから、もっと精神的な揺さぶりをかけてくるかと思ったのだけど」
まだどこか呆然としている水尾先輩に構わず、真央先輩はいつものようにさらりとそう言う。
だが、わたしはまだどこか信じられない。
「解説、いるか?」
「是非!!」
九十九の言葉にほぼ反射的に返答した。
雄也さんはまだ戻ってくる様子がない。
まだ水尾先輩の前で立っていた。
特に声をかけず、黙って彼女の前にいる。
この状態の2人に、まだ声はかけない方が良さそうだ。
それなら、このまま彼に何が起きたかを聞いた方が良いだろう。
「あれは、身体強化の魔法と、武器を召喚しただけだな。魔法に自信がある人間ほど、アレにやられやすい」
「身体強化と武器召喚?」
「そうだ。合図とともに、移動魔法を使わず、一瞬で距離を詰めて、喉元に剣を突きつけただけ」
九十九はさらりと言うが、そんなことが簡単にできるなら、これまでに同じようなことをしようとする相手だっていただろうし、水尾先輩だっていろいろと対策を考えるのではないだろうか?
わたしたちは女だから、どうしたって、物理攻撃に弱いことぐらい自覚はあるのだ。
「九十九くん、ミオの『魔気の護り』が発動しなかった理由に心当たりはある?」
近くにいた真央先輩が九十九に目を向けてそう確認する。
そうだ!
それがあれば、敵意に反応して自分で考えるよりも先に相手を……。
いや、敵意に反応?
「簡単なことですよ」
九十九はわたしの髪を撫でながら、真央先輩の言葉に応える。
いや、今、髪を撫でる必要はないよね?
「兄貴に敵意がないからです。『魔気の護り』は敵意、害意に反応して発動する。意識があれば、その相手に恐怖や脅威を覚えれば発動する可能性はあるけど、一瞬で距離を詰められると、それに対して、水尾さん自身、反応もできなかったことでしょう」
「なるほどね。でも、喉元に刃物って……、普通なら、害意じゃないの?」
真央先輩はそう言うけど……。
「当てる気がなければ『害意』にはなりませんよ。兄貴はもともと寸止めするつもりだったでしょうから」
九十九はそう言った。
確かに始めから当てる気がないのを「害意」と言えるかは微妙だ。
そして、驚かされたことを「害意」と判断するかは、当事者の基準で変わるだろう。
「確かに寸止めだったね」
あの素早い動きとその行動はともかく、雄也さんに水尾先輩を傷つける意思が皆無だったということだ。
逆に水尾先輩の方には害意がありそうだったけど。
でも、正直、イースターカクタスの王族の血を引く雄也さんとアリッサムの王族である水尾先輩の「魔気の護り」がぶつかり合えば、どちらが強いのかを少し知りたくはあった。
残念ながら、まだそれは分からないままということだね。
「でも、アリッサムの聖騎士団だって、それぐらいの対処法しそうなのに、似たようなことをした者たちは、皆、残らず吹っ飛ばされていたんだよね」
真央先輩の言葉から、やはり、似たようなことを試した人たちがいたことは分かる。
「アリッサムの聖騎士団たちは、当てるつもりでやっていたのでしょう。寸止めと直撃では、武器を振るう速度がかなり変わります」
「ああ、ヤツらはそんなところあったわ。うっかり当たったとしても、不敬ではなく名誉になるし、治癒魔法の遣い手は勝負時には必ずすぐ近くで待機していたからね」
真央先輩は何かを思い出すかのようにそう言っているが、それって、かなり激しい世界だったのではないだろうか?
「因みに、九十九くんはできる?」
「可能だとは思います。ただ、オレの場合は寸止めするつもりで、うっかり当ててしまう可能性はありますが」
いや、当てたら駄目だと思うよ?
「そしたら、蒸し焼きの刑かな?」
真央先輩が楽しそうにそう言うが、その台詞はそんな声で言うようなものではない気がする。
「そうですね。寸止めしきれないほどの力を振るった時点で、水尾さんの『魔気の護り』が確実に発動する可能性が高いでしょう」
そう考えると「魔気の護り」も万能ではないと思った方が良いかもしれない。
雄也さんも「ディエカルド」の首輪というものを使えば、「魔気の護り」に影響があるかもと言っていたぐらいだし。
「つまり、先輩は振り切ってない。寸止めの可能な速度だったわけだ」
「振るではなく、突く動きだったこともありますね」
「突く方が難しい気がするのだけど……」
確かに「突き」の方が、技術が必要になるイメージがある。
直線や曲線のような動きではなく、一点集中のイメージだから余計にそんな風に思ってしまうのだろう。
「兄は、慣れているんですよ。突きの攻撃に、その……」
これまでごく自然に回答していた九十九の語尾が不自然なまでに小さくなっていく。
そして、互いの体温を感じるほど至近距離で口にしているため、かなり微かな声ではあるのだが、「オレ」、「練習台」、「死にかけ」という謎の単語の数々をわたしの耳が拾っていった。
途中まではともかく、「死にかけ」ってなんでしょう?
「えっと……。ミオとは違った方向性の、その、練習の成果ってことで良い?」
「……はい。その認識で間違ってないです」
どこか気まずそうな真央先輩の問いかけに対して、やはり、気まずそうに返答する九十九。
それは、兄弟どちらの練習の成果……でしょうか?
でも、それを問うような雰囲気ではなかった。
聞かない方が良いかもしれない。
「もう一つ。移動魔法を使わなかったのはどうして?」
「移動魔法は、多少の時差があったり、空間に独特の気配が発生したりします。そうなると、水尾さんの魔法の発動の方が早かったり、気配を察して反応されてしまったりする可能性があるでしょう? それを防ぐためだと思います」
九十九は準備していたかのように、真央先輩からの問いかけに答える。
「そこまでミオの反応が早いかは分からないけどね」
「魔法に関して、水尾さんはかなり反応速度が速くなります。対して、物理攻撃の時は、魔法攻撃よりも気配察知が少し鈍るようなので」
「ああ、魔法に特化したミオを熟知した結果なのか……」
「熟知というほどではありませんが、全く何も知らない相手でもないのですから」
しかし、そう解説できる九十九も、水尾先輩に同じ手を使うことは可能なのだろう。
寸止めできない可能性があると言っているが、寸止めされなければ「魔気の護り」が発動するだけ。
それならば、魔法を撃ち合うより勝率が高いなら、試した方が良いと彼も判断する。
だから、何をするかを予想していたのかもしれない。
でも、わたしには同じことができないな。
まず、自身の身体強化ができない。
普通に突進しても、その間に魔法を使われてしまうだろう。
ソフトボール経験者として、物をぶん投げてみる?
それでもわたしのコントロールでは、投げた物が真っすぐに飛ぶ保障がない。
そうなると、最悪、「体内魔気」を発動させてしまうか。
「おい、今、何を考えている?」
「ふへ?」
すぐ傍から聞こえた九十九の声で、思考の渦から解放される。
割と多いよね、こんな状態って。
「体内魔気が少しざわついてるぞ」
「ざわつく? ああ、考え事をしていたからかな?」
それぐらいしか心当たりがない。
「雄也さんのやり方はわたしじゃ使えないからね」
「兄貴の?」
「うん。水尾先輩相手に、わたしが物理攻撃は難しいかなと」
「あ、ああ。あの方法は、お前じゃ、確かに無理だな」
「魔法も駄目、物理も駄目なら、どうやって勝とうか」
「お前の場合、魔法の方が可能性はありそうだけどな」
「ぬ?」
九十九が変なことを言った。
「お前の魔法は、魔法国家でも予測ができない。組み合わせによっては、かなりいけるんじゃないか?」
「ぬう……」
簡単に言ってくれる。
だけど、九十九は本当にそう信じてくれているのだろう。
先ほどの言葉に嫌味は感じなかったから。
「まあ、今は無理でもいずれは、勝ちたいね」
「そうだな。それに先ほどのやり方は次回も水尾さんに通用するかは分からない。今回は奇襲に近かったから兄貴も圧倒できたけど、次は多分、対策をとられる」
「ふ?」
「兄貴がしたのは速度強化だ。同じように速度強化をして、反応速度も上げるなど、相手の上にいくほどの強化魔法を使えば、対策できなくはないんだよ」
つまり、強化魔法を重ねてかけるのか。
「それに、あの水尾さんだぞ? あのままで終わると思うか?」
まあ、思っていない。
絶対に次の手段を考えてくるはずだ。
でも……。
「あの雄也さんだよ? さらに他の手を用意していると思うけどね」
あの人が持っている策が一つだけとも思っていない。
「随分、兄貴を信頼してるんだな?」
「ん? 雄也さんも護衛だからね。九十九と同じように信頼しているよ」
それは当然のことだと思うけど……。
「オレと、同じように……か……」
そう言って、もう一人の護衛は少しだけ淋しそうに笑ったのだった。
この話で、63章が終わります。
次話からは第64章「追う風たち」です。
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