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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ それぞれの模擬戦闘編 ~

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想像もしていなかった

「では、改めて……、始め!!」


 咳払いを交えながら、私は始まりの合図を口にする。

 まるで、アリッサムの王城にいた頃のようで、思わず苦笑したくなった。


 そして、その瞬間に繰り広げられた光景に思わず、感嘆の息を漏らすことになる。

 

 離れた場所に立つぼんやりと黄色く光っている黒髪の青年の姿。


 その彼を中心として、白く輝く光球がいくつもその周囲を護るかのように縦横無尽に規則的な速度で回っていたからだ。


「これは凄い」


 私は思わず呟いた。


 強い魔力を感じる「光球魔法」。

 それを攻撃として使うのではなく、防御に使っている。


 それも数が多い。


 あの光球は一つ一つが高エネルギーの塊。

 それを全て一斉に放つだけでも、その対象は跡形もなく消失する可能性すらある。


 あれほどの量……、光属性のライファス大陸の中心国であるイースターカクタスの国王なら造作もないだろうが、あの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。


 しかも、それを自分が大事にしている主人に向けるつもりなのか。


 そのことに思わず感心してしまった。


 あれだけの魔法なら、その使い方によってはそこで寝ているミオだって顔色を変えることだろう。


 それを思うと、ミオを寝かせたままなのは、勿体なかっただろうか?


 だが、私はもっと驚愕することになる


 あの後輩はどこか浮世離れをしている面があることを知っていたが、その遠因はあの護衛兄弟にあることも知っていた……つもりだった。


 まだまだ自分の読みは甘すぎるとしか言いようがない。

 それだけ、非常識な光景を目撃させられることになったのだ。


 これは確かに、ミオには見せられないだろう。


 ミオや自分がこれまで見てきた「魔法勝負」とは全く違う別の形。

 「別の世界(ちきゅう)」と呼ばれる場所を知っているからこその勝負の在り方。


 だけど、それでも、こんな発想をする人間たちはいないだろう。


 そして、同時に思う。

 わざわざ、魔法力を無駄にせず、素直に似た道具を使え、と。


 先輩は自分の魔力でソフトボールと呼ばれる白球に似た魔法を創り出し、後輩は自分の魔力でバットと呼ばれる棒状の道具のような魔法を創り出した。


 その形を見る限り、この世界にある材質でも造れないはずがない。


 カルセオラリアの道具職人に頼めば、国を崩壊一歩手前で留めた恩人たちの要望だと喜び、無償で引き受けるはずだ。


 まあ、つまり、誰の目で見ても、この上ない、魔法力の無駄遣いである。


 しかも、あの先輩は、後輩をその気にさせるために、眠っている自分の弟を利用したのだ。


 本当にいい性格をしていると思う。


 魔法力回復中の彼は、珍しく、周囲があれだけドタバタも起きる様子がない。

 感心するぐらい眠りに集中している。


 こんな睡眠のとり方は、()()ラスブールぐらいだと思っていた。


 あの男は毎日、魔法力が空っぽになるまで魔法を撃ち続け、終われば泥のように眠っていたという。


 それも、短期間で魔法力を上げるための方法だと知っているが、誰も好き好んで己の限界に挑戦するような人間は少ない。


 魔法力の枯渇状態というものは、それだけ自分の体調が大きく乱れ狂い、精神的にも心許なくなる。


 しかも、その間は「魔気のまもり(物理耐性も魔法耐性)」も弱くなるため、無防備に近い状態となってしまうのだ。


 それなのに、あの()()は、たった一人の女のために、その選択に迷いはなかった。


 それだけ、あの男の……「マゾっ気(ヘンタイ気質)」が強すぎたのかもしれないけれど……。


 しかし、魔法力回復中の状態にある無防備な人間に、あんな魔法が向けられたら、「魔気の護り(じどうぼうぎょ)」が巧く働いても、かなりの衝撃があることだろう。


 眠っているあの弟も、光属性魔法に対する耐性は高そうだが、それでも、眠りの邪魔をされることになる。


 そして、それをあの後輩は、良しとしない。

 ある種、見事に彼女の弱点を突いていると言える攻撃だった。


「いや、これ、もう、『魔法勝負』じゃないよね?」


 私は思わず、そう呟いていた。


 そうまでして、あの後輩と「ソフトボールの勝負」をしたかったんですか? 先輩。


 あの緩急をつけた投げ方は、どう見ても、経験者のそれだった。


 最初は、ただの下投げ(アンダースロー)だったのに、あの人は、次々と投法を変えていく。


 一度もそれらの投法を練習したことがない人が、見様見真似であそこまで的確にストライクをとりにいけるはずがない。


 それはミオが練習していた投げ方だったり、他の投手たちが使っているような腕をぶん回す投げ方だったり、一度も見たことがない投げ方もあった。


 そして、私は、同じ投法でも、男性が投げると、その姿と速度が、女子選手たちとは迫力が全く違うことを初めて知る。


 だけど、どんな投法でも怯むことなくあの後輩はそれに合わせていくのだ。


 ここから見える彼女の先輩に向けられている鋭い視線は、昔、見ていたあの長い髪の少女と重なって、酷く懐かしい気分にさせられた。


 だってそうでしょう?


 もう二度と見ることはないと諦めていたソフトボールという競技を、また見ることができるなんて、誰が思う?


 私は想像もしていなかった。


 こんな遠く離れた自分の世界で、こんな胸が締め付けられるほど、泣きたくなるような思い出を見せつけられるなんて。


 こんな時に、ミオはなんで寝ているのだろう。

 思わずそんな気持ちになった。


 ミオこそ、私以上にもっと苦い気持ちになるはずなのに。


 人間界で責任ある役職に抜擢されてしまったために、ソフトボールという競技を続けることが難しくなってしまった妹。


 この世界に戻れば、二度とできなくなると分かっていながらも、周囲の期待を裏切ることができなかったのだ。


 仕方がないから、ソフトボールはあの可愛い後輩に全てを託すと泣き笑いのような顔をしていたのに。


「凄い」


 不意に、すぐ近くで、低い声がした。


「おや、起きたの?」


 まだ魔法力は全然、回復しきっていないようだが、身内が行う魔法の連発……、いや、乱発で目が覚めてしまったらしい。


 私のすぐ傍には黒髪の青年が、腹這いの状態となっていた。


「その状態であの場所から移動してきたの?」

「え? はい」

「そう」


 既に、的となる人間はいなくなっているということだ。

 だけど、あの2人はそれに気付かず、撃ち出しては、打ち返している。


 いや、先輩は気付いているのだろう。


 背を向けたままの後輩の方は、魔気で気付いているのかもしれないけど、振りむくことなく、投手に向かい合っている。


 そして、知らない間に的とされていた黒髪の青年は、どこか眩しそうな顔で彼ら2人だけを見ていた。


「九十九くんは、見たことがあった?」

「ないです」


 主語をぼかして言ってしまったせいか、それがどちらに対しての答えかも分からない。


「兄貴が野球投手として、アンダースローを投げられることは知っていたけど、あんなに腕を回したのは見たこともなかった。それに、栞……、いや、()()があんなに巧いこともオレは知りませんでした」


 私の心を読んだかのように、彼はそう付け加える。


「ああ、高田はミオから『捕手要らず』と言われていたからね」


 実際は、投手が暴投することもあるから、勿論、捕手は必要なのだけど、彼女からストライクを取れる投手は少ないと、ミオは昔、言っていたことがある。


 それだけ、空振りの少ない選手だったのだ。


「捕手要らず……」


 私の言葉を噛みしめるように、黒髪の青年は言った。


「あの子は、選手としては、そんなに目立つ方ではなかったと思うよ。パワフルな長打者でもなかったし、華々しくストライクを取る投手でもなかった。見事な盗塁を決めるような走者でもなく、派手にボールに飛びつく守備でもなかった」


 だけど、直接対戦した一部の選手は知っていただろう。


 平均よりもちっこくて、ちょろちょろと素早く小動物のように動くのに、丁寧で無駄がなく、基本に忠実すぎる選手の存在を。


「真央さんは、見たことがあるんですね」

「ミオを見るついでにね」


 ミオがいなければ、見ることもなかっただろう。


「それはかなり羨ましいです」


 そう言うこの青年がどんな表情をしているのかはここからでは分からない。


 だけど、その隠された胸の内に、いろいろ複雑な感情が入り乱れているのは、魔気から判断できる。


 でも、それも無理はない。

 見たことがある私も、かなり複雑だから。


「ところで、キミはこの勝負、どちらが勝つと思う?」

「兄貴です」


 迷いもなくそう答えた。


「尤も、兄貴は栞のあの顔を真正面から見ることが許されているだけで、大勝利でしょう」


 そんな焼餅にも似た言葉を聞いて、私は苦笑するしかない。


 さらに……。


「オレもソフトボールやろうかな」


 もうどう見たって立派な成人男性だと言うのに、小さくも可愛らしく呟かれた台詞に、微笑ましさすら覚えるのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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