【第7章― いざ、魔界! ―】心の準備をしよう
ここから第7章となります。
ようやく、異世界転移編。
でも、この話から移動するわけではありません。
正午の時報がなった。
昨日……、もう今日だったかな?
九十九と深夜に外出したお陰で幾分、気が楽になった。
さらにぐっすりとよく眠った。
気分は爽快!
やる気も全開! だ。
勿論、未知の世界に対する不安はあるけど、それでもわたしの近くには、九十九と雄也先輩がいる。
まったく知らない人たちしかいない世界にいきなり放り込まれるよりはマシだと思う。
わたしたちは今、九十九の家の地下にいた。
一般的な家に見えて、地下があるということはやはり普通の家じゃなかったのだろう。
「地下室のある家って……、すごいね」
「地下の方が人目に付きにくいからな」
いや、それはそうなのだけど……、わたしが言いたいのはそこじゃない。
一般家庭に地下室なぞないと思うのですよ?
ここの入り口は、床下収納庫の板に鍵が付いていて、そこから梯子で降りるといった感じだった。
確かに、普通に家に行った位じゃ気付かないと思う。
「元々、地面の下に作るものらしいからね。大気中にある魔力の影響を受けにくいように、地下を掘るのは魔界では珍しくないことだよ」
雄也先輩の話によると、魔界では珍しくないらしい。
改めて別の世界だと思う。
正しくは、別の星に行くわけだけど、宇宙船を使うわけではないことは事前に聞いていた。
イメージ的には扉を通って異世界に行くという感じらしい。
「異世界に行くって転送用の魔法陣みたいなのがあると思っていた……」
ファンタジーのお約束だよね?
「似たようなものだけどな」
目の前にあるのは妙に機械的な鉄っぽいの輪っか。
それからオレンジ色の光が伸びて、上にある同じような輪っかに繋がっている。
分かりやすく言うと、見えないガラスで覆われている筒……、巨大な蛍光灯?
「魔界ってなんとなく科学と決別している気がしてたんだけど……。これを見る限り人間界よりも機械が発達しているってことですか?」
「何を基準に発達していると言えるかという話になるから単純比較は出来ないよ。移動手段とかは人間界の方が多彩だしね。この世界において車の種類や拘りなんかは尊敬に値する」
わたしの問いかけに雄也さんが苦笑しながらも答えてくれる。
「そっか……。瞬間移動ができるから車も要らないんだ」
移動手段が必要ないのだから、増えるはずもないのだ。
「そうでもないぞ。馬車みたいなものはあるし、海を渡るための船もある。飛行機はなかった気がするが、空中浮遊するのもあったはずだ」
空中浮遊……?
空を飛ぶのってやはり箒とか絨毯だろうか?
もしくは雲?
「動力が魔力という機械が多いけれど、自然のエネルギーを利用しているという点においては人間界と大差はないよ」
雄也先輩がそう言った。
「まあ、魔界で排気ガス放出というのは見たことがないわね。化学……、化学変化といえなくもないのは、料理かしら?」
だが……、その母の言葉が妙にひっかかる。
「化学変化がある料理って……、食べても大丈夫なの?」
なんか、不安要素しかない響きだ。
「人間界の料理も化学変化を利用してんじゃねえか。炭化だって立派な化学変化だぞ?」
「いや、そこで炭化を例に持ってくるのもどうなの?」
もっと他に良い例があるだろう。
「変化するのは作る過程だね。条件とかを覚えれば問題ないんだけど、慣れるまでは大変かもしれないな」
「ば、爆発したりするんですか?」
炭化が例にきたってことは、そうなるのかもしれない。
それにギャグ漫画とかでは料理下手の大袈裟な表現として、よく見る気がする。
つまり、魔界の料理は爆発だ?
「料理中に死んだという話はないらしいぞ」
「いや、答えになってないし」
「大丈夫。料理は慣れよ、栞」
「いや、それも答えてないし」
「料理が爆発したりするのはよくあることだね」
「やっぱり……、あるんですね?」
九十九、母、雄也先輩がそれぞれ料理に対する見解を述べるが、不安しか残らない。
そんな状況がよくある?
どんな世界だ……、って魔法の世界だ。
いやいや、それでも料理が爆発するってのは、魔法とは全然違う気がする。
「食べても死なないから大丈夫だろ?」
「そ~ゆ~問題じゃない!!」
そして、問題がいきなり軽くなったように感じるのは何故だろうか?
「人間界との違いは実際に触れて慣れてもらうしかないね。料理に限らず、驚くことはいっぱいあると思うよ」
「文化の違いは仕方ないわ」
雄也先輩の言葉に母も続く。
「そうそう。いちいち驚いてちゃ身が持たん」
「九十九も人間界へ来た時はかなり頭を抱えていたもんだ」
「悪かったな。5歳児が他文化の違いをすぐに理解するのは無理だろ。多少のカルチャーショックは当然だ」
それは確かにそう思う。
言葉や文化、思考の違いは大きい。
同じ国であっても、時代が違えばいろいろと異なる。
時代の変換時期は、いつの時代だってどこの国だって大荒れになったのだ。
時代どころか、住んでいる世界そのものが変わった彼らが全く混乱しないはずがない。
「5歳……、ね。それでは戸惑いも多かったことでしょう。私が魔界に行ったのは15歳のときだった。丁度……、今の栞と同じ歳ね。それでもかなり困惑したもの」
「15年も人間界で育ったのならそれは仕方のないことだと思いますよ」
確かに5年と15年じゃその世界に対する知識とかそう言ったものは違う気がする。
だからって、どちらが大変だとかそうじゃないなんて比べることは出来ないんだろうけれど。
「それでも魔界に慣れることは出来たわ。だから、貴女も大丈夫よ」
「そうなのかな?」
「……というより、行くと決めた以上、慣れるしかないのよ?」
「……そうですね」
笑顔の母親に対して思わず敬語になってしまう。
前例がある。
しかも、それが自分の母親なのだ。
初めから無理だとか、出来ないとか、否定したところで自分の努力不足ということになるだろう。
わたしはじっと目の前の橙色に光る円柱を見た。
恐らくは、これに触れるかこの円内に入れば、あっという間に別の惑星……、異世界へ行ってしまうのだと思う。
今まで何度か魔法と言うものを見たり触れたりもしているのだが、それでもやはりピンとこない。
この不思議な装置の名前は「転移門」というらしい。
「門」と言うからには扉だと思っていたのだが、それも違ったのでちょっと拍子抜けしている部分もあるのかもしれない。
いっそ、見た目がちゃんと「扉」なら、異世界へワープするというのも分かりやすく納得できた気がする。
漫画とかではよくある設定だし。
「そう言えば、ここを離れた後ってどうなるんだ? この家とか、高田の家とか」
不意に九十九がそんなことを口にした。
そう言えば……、気にしていなかったけどどうなるんだろう?
残ったままだと家の維持って無理だよね?
雄也先輩がやっぱり往復して守るのかな?
「抜かりはない。手配済みだ」
雄也先輩はあっさり返答する。
「時期的に丁度良かったのよね。ほら、3月、4月って異動時期でしょ? お引越しシーズンだから手続きとかも時間はかかったけど、困ることはなかったわ」
「売ったんですか?」
母の言葉に九十九は答えを出す。
「その方が手っ取り早い。登記類に関しても手配済みだ。すぐ……ではないだろうが、暫くすれば、新たな入居者が来るだろう」
登記って土地や家の名義とかのことだっけ?
いや、詳しくないからよく分からないんだけど。
「売ったお金とかはどうしたんですか? 魔界に持って行っても使い道はないでしょう?」
「その点も大丈夫。私の実家に渡したわ。そちらには外国に行くと伝えてあるから何の疑いもなく受け入れてくれたし」
「え? 記憶とかは消していくとか言ってなかったか?」
……聞いてはいなかったけど、やっぱりそうする予定だったのか。
九十九の言葉で初めて知った。
漫画とかでよくある基本的な行動だよね。
後腐れもなくて。
「我々に関する記憶や記録を消すのは一部を除いてこの町内だけだ。幸い、千歳さんのご実家は県外にある。血縁関係まで断つ必要はあるまい」
「まあ、連絡もするつもりだから心配は要らないでしょう」
「連絡できるの?」
「一応、魔界と人間界では流石に電話は無理でも、手紙なら特殊な方法で遣り取りができるんだよ。だから、その手段が使える間なら問題ない」
なんと?
それを聞くと魔界と人間界は案外近いのかもしれない。
「でも、それ以外は消えてしまうんですね」
分かっていてもやっぱりどこか悲しい。
「そうだね」
雄也先輩は申し訳なさそうな顔をする。
彼のせいではないのに。
「あ、あのよ……、兄貴」
そんな時、九十九が変なことを口にした。
「その記憶を消すってやつ、魔界人も対象なのか?」
ここまでお読みいただきありがとうございました。