今度の相手は
「ミオ、寝ちゃったね」
雄也さんの「導眠魔法」によって、水尾先輩は眠りに落ちた。
そして、九十九は魔法力回復のために眠っているし、トルクスタン王子は先ほど真央先輩の拳によってノックアウトされ、リヒトが介抱しているところだ。
トルクスタン王子に関しては、わたしが治癒魔法を使おうと思ったら、真央先輩から「いい薬だから暫く放っておいて」と言われてしまったので、仕方なくそのままにしている。
「どうする? ミオを叩き起こして再戦する?」
魔法による眠りに落ちてしまった妹に対して、なかなか酷い提案をする魔法国家の第二王女殿下。
だが、わたしとしては、水尾先輩をもう少し休ませたい。
水尾先輩は、先ほどから三連戦しているため、魔法力を消費している。
さらに、精神的なショックを受けたばかりだ。
この上、叩き起こしてもう一戦とか……。
どう考えても、彼女にかなり、無理をさせてしまうことになるだろう。
「俺は、休憩しても良いけど」
雄也さんが答える。
「栞ちゃんはどうする?」
「わたし……ですか?」
わたしは今回、魔法力の消費はそこまでしていない。
九十九との共闘で多少、魔法力を使いはしたものの、ある程度は回復している。
そして、雄也さんとの共闘は、ほとんど魔法を使っていない。
熱を上げ下げすることよりも、体内魔気を押さえ付ける方が大変だったぐらいだ。
「せっかくの機会だから、俺と勝負してみる?」
「ほ?」
「え?」
雄也さんに笑顔でそんな提案され、わたしの思考が停止する。
近くでそれを聞いていた真央先輩も、驚きの目で雄也さんを見ていた。
「雄也さんと?」
「そう、俺と。いつも九十九の顔ばかりを見ていても、つまらないだろ? たまには一勝負どうだい?」
そうは言われても、実は、わたしはまともに九十九と勝負したことはない。
いつも、一方的にわたしが考え無しに魔法をぶっ放すだけ。
それに九十九が対応するだけだった。
でも、今なら、少しは勝負っぽい形になる……かな?
いやいやいや?
雄也さんと勝負しても、まともな勝負になる気がしない。
どうしたって、頭を使った駆け引きが中心となることだろう。
そんな読み合い勝負で、わたしが彼に勝てる気がしなかった。
だけど……、確かにこんな機会は滅多にないのも事実だ。
その間に、九十九や水尾先輩も回復して目覚めてくれるかもしれない。
「ちょっと……、やってみたいです」
思わず、そう口にしていた。
「高田、正気?」
だが、何故か真央先輩がそんなことを言った。
「はい?」
「相手の弱点を迷いもなく突いてくるような人だよ? この驚くべき黒さで魔力の強さが関係ない部分を攻められる。王族でも勝ち目がないことは、ミオが証明してくれたじゃない」
さらに真央先輩はあらゆる方向で酷いことを言う。
「酷い言われ方だなあ」
雄也さんは苦笑するが、怒っている様子もない。
この人って、弟以外の誰かに対して、本気で怒ることはあるのだろうか?
「ああ、でも……。栞ちゃん相手に、『犬』は使うつもりがないから安心してね」
「ほげっ!?」
そ、その可能性もあったのか。
いや、確かにわたしに有効な弱点攻撃だ。
だが……。
「つ、使っても良いですよ」
ちょっとだけ声が震えてしまったけど、わたしはそう答えた。
生物召喚系の魔法はどれも魔法力の消費が大きく、詠唱を必要とすることが多いと聞いている。
それを使うと分かっているなら、その前に動きを封じれば良い。
わたしは水尾先輩と違って、魔法が完成するまで大人しく待ってあげるほど優しい人間ではないのだ。
変身系の特撮やアニメで、主人公側が変身完了するまでちゃんと待ってくれている敵がいるけど、かなり甘いよね?
それともあれって、実は瞬間的に変身しているのかな?
「いや、生物召喚系の魔法は隙が大きすぎるからね。無詠唱に近い魔法を使える栞ちゃんには攻撃の機会を与えるだけなんだよ」
既に読まれている。
この時点で勝ち目がない気がした。
「こんな人が相手だよ?」
真央先輩が分かりやすく心配してくれている。
でも……。
「む、胸を借りるつもりで行きます」
今は、少しでも多くの知識を吸収したかった。
見た魔法がわたしの糧になるのなら、この人の戦い方は、他の人にはない戦い方となるだろう。
「逆じゃないかな」
雄也さんが苦笑する。
「多分、俺の方が不利だから」
「ぬ?」
雄也さんが不利?
「それは、高田が主人だから……ですか?」
「いや、栞ちゃんが可愛い女の子だから。俺は昔から、可愛い子には弱いんだよ」
「ミオは可愛くない。なるほど……」
「いや、そんな理解の仕方をされるとは思っていなかったけどね」
雄也さんと真央先輩の会話が、どこか意識の遠いところで聞こえている気がした。
不思議な感覚に陥る。
まるで、どこか夢の中にいるようで……。
考えてみよう。
雄也さんの弱点は何?
先ほどの会話は多分、気にしたら負けだ。
彼は多分、わたし相手でも手は抜かないと思っている。
そして、「勝負」という形にするのならば、弟である九十九もわたしに対して手は抜いてくれないだろう。
彼らはわたしの護衛。
だから、主人に弱い所は見せられない。
九十九だって言うじゃないか。
「護衛が主人を傷つけてどうする?」と。
それは、その気になれば、彼はわたしを傷つけることが可能だと言っているってことにもなる。
……実際、かなり深く傷つけられたわけですが。
まあ、それはそれ。
何事にも例外があるってことで。
「雄也さん。少しの間、お相手願えますか?」
「俺で良ければ、喜んで」
そう言って、雄也さんが手を差し出す。
まるで、ダンスにでも誘われているかのようだ。
そんな経験はないのだけど、なんとなくそう思った。
差し出された手を取って進む。
向かう先はダンスフロアではなく、ただ広いだけの場所。
手を取る相手は、ダンスパートナーではなく、これから勝負する相手。
それでも、何故か、思わず踊り出したくなってしまうようなキラキラした気分なのは何故だろうか?
今から始めるのは、魔法勝負だと言うのに。
勝負する相手が雄也さんだから?
水尾先輩相手にこんな気持ちになったことはない。
彼女を相手にする時は、いつもハラハラドキドキしているから。
セントポーリア国王陛下が相手の時はどうだっただろうか?
あの時は、綺麗な風属性の魔法がもっと見ることができるとワクワクドキドキしていた気がする。
ならば、九十九が相手となる時は、どんな気持ちになるのだろうか?
現在、魔法力回復のためにお休み中のわたしの護衛。
いつも前に立ってわたしに背を向けてばかりだった彼は、ようやく、横に並び立つことを許してくれるようになった。
だけど、彼とまともに魔法で勝負はまだしたことがない。
前にいる彼に向かって魔法を放つことは一度や二度じゃないけど、あれは的になってくれているだけだ。
この「ゆめの郷」で、互いに「誘眠魔法」を使い合ったことはあるけど、あれはこんな魔法勝負とは違った。
九十九とも勝負してみたい。
器用で、あまり人が契約しないような魔法まで契約している彼は、まだまだわたしに見せていない魔法もいっぱい持っていることだろう。
水尾先輩の魔法が強力で多種多様なことは分かっている。
だけど、わたしは彼が持つ魔法も、もっと知りたかった。
でも、今は、その兄であり、師でもある雄也さんが相手だ。
ちゃんと意識を向けなければ、あっさりと負けてしまうかもしれない。
折角の機会にそれだけは嫌だね。
集中、集中!!
雄也さんの手から離れたわたしは、そのまま距離をとる。
そして、自分の両頬を叩いて気合を入れた。
「いけます!」
わたしは、真央先輩に向かって叫んだ。
「俺も大丈夫だよ」
雄也さんもいつもの笑顔のまま、そう真央先輩に声をかける。
ところが……。
「ごめん、私が無理」
真央先輩が申し訳なさそうな顔をして言ったのだった。
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