幅広い魔法
「先ほど雄也さんが使ったのは、『幻影魔法』……、らしいです」
真央先輩とトルクスタン王子から解説を求められたけど、わたしはきっぱりと言い切れなかった。
その「幻影」を視たのは水尾先輩だけで、わたしは見ていないのだ。
でも、この様子だと、遠くから見守っていた真央先輩とトルクスタン王子も見ることはなかったのだろう。
だから、分かっているのは、あの時、わたしが雄也さんによって、水尾先輩の懐近くに移動させられたこと。
そして、そのまま水尾先輩の細い腰に張り付いたこと……ぐらい?
いや、本当に驚きの細さで、叫びたかった。
あれだけ食べているのに、何故、あの細腰を保てるのか謎である。
それ以外だと、どんな幻影を水尾先輩に見せるかは、事前に雄也さんから聞いていたので、そのタイミングを見計らって、体内魔気を押さえたり、それ以外にちょびっと仕掛けを頑張ったりしたぐらいだろうか?
「なるほど、高田は囮だったのか」
「まあ、相手を動揺させるほどの『幻覚』を見せるのはどう考えても、ユーヤの仕業だよな?」
真央先輩とトルクスタン王子は揃って納得をしていた。
「俺だけの成果ではないぞ」
眠ってしまった水尾先輩を下ろした雄也さんが前髪を掻き上げながら現れた。
流石に寝具は召喚しなかったけれど、水尾先輩の身体の下には、敷物を敷かれ、その上には丁寧に毛布がかかっている。
弟に対する扱いとはえらい違いだと思った。
「……と言うと?」
トルクスタン王子が不思議そうな顔を向ける。
「栞ちゃんは、その幻覚に色を付けた。衝撃映像だけでは、魔法国家の王女殿下は騙せないからな」
「色?」
今度は真央先輩が問い返す。
「いや、俺はそれより『衝撃映像』という言葉の響きの方が気になったんだが……」
トルクスタン王子が顔色を失う。
雄也さんが「衝撃」という言葉を使ったからだろう。
だが、事実だ。
雄也さんからの提案を聞いた時から、わたしもそんな映像を見せられたら、直視はしがたいだろうなと思った。
「ああ、単純な話だ。大したものは見せていない」
アレを……、大したものではない……、と?
「少しばかり地面から刃が生える様を見せただけだ」
いやいやいや?
わたしが確認した時、数十本って言っていませんでしたか?
さらに、刃が生えたのって地面からだけではないですよね?
「刃……?」
案の定、真央先輩が怪訝な顔をする。
「ああ、なるほど。その刃は、シオリからも生えたのだな?」
何故か、トルクスタン王子は正解を言い当てた。
「ミオに向かって刃が伸びたぐらいじゃ普通に魔法で対応するだろう。だが、腰元に張り付いている友人から生えたら、そんなものを見慣れていないミオには辛いかな」
トルクスタン王子は意外にも平然と言葉を続ける。
でも、どんな状況なら、友人から刃が生えるような光景を見慣れるのでしょうか?
「先輩、性格が悪いって言われません?」
真央先輩がその笑顔を引きつらせながらも、はっきりと問いかける。
「いい性格をしているとはよく言われるね」
それは絶対、褒め言葉じゃないですよね?
そして、まだ眠っている九十九に目線を向けている辺り、一番、その言葉を口にしているのはあなたの弟ってことですよね?
「それで、高田の『色』とは?」
「体内魔気を押さえただろ? ユーヤの作り出した幻影に合わせて……。ああ、アレは生命力の低下を錯覚させたってことか」
真央先輩の言葉にトルクスタン王子が答える。
だが……。
「それだけではない」
雄也さんはそう言った。
「栞ちゃんは、彼女に張り付く前に自身の体温を上げて、俺の幻影に合わせて体温を下げたのだ」
「「は?」」
雄也さんの言葉に、2人が目を丸くした。
「た、体温を上げて……、下げる?」
真央先輩がそのままわたしに向かって手を伸ばし、額に手を当てる。
「そこまで低くは……」
「いや、先に体温を上げてから、平熱に下げたのならその温度差で錯覚を覚える可能性はある。だが、しかし、本当にそんなことが?」
「高田、何度くらいにしたかは分かる?」
「体温計がないからはっきりとは分かりませんが、多分、38度くらいにした後に、平熱よりやや低い35度くらいに下げたと思います」
そして、今は平熱に戻してある。
体温はあまり上げ過ぎても下げ過ぎても良くないらしいので、無理のない範囲にはしたつもりだ。
それでも、高熱にして水尾先輩に張り付いた時には、少しだけ頭がぼんやりしてしまったのだけど。
細い腰に驚いたから、何とか意識がしっかりした部分がある。
そのまま、雄也さんに移動させられて、深く考えずに水尾先輩に張り付いた時に、バレなくて本当に良かったと思う。
「3度差か……。それなら、体感温度はもっと極端な変動を感じたかもね」
真央先輩の言葉にわたしは頷いた。
「人間界では、体温も数値化しているのか?」
「うん。気温も体温も等しく数値化されていたよ」
気温も体温も等しく数値化する。
それって、よく考えなくても実はかなり凄いことだよね?
しかも人間界では質量の計測もできていたのだ。
日々、重さが気になる身としては、本当にありがたかったんだなと実感している。
尤も、この世界では重量を簡単に変化させることができてしまうから、そう言った計測関係が発展できなかったかもしれないのだけど。
「しかし、体温……身体の温度まで変化させられると言うのは本当か?」
あれ?
そこ?
「はい」
九十九と一緒にいた時に、ミラージュのライトやミラをおびき寄せるために使えるかなと思ったのがきっかけだった。
あれ?
これって、まさか、普通じゃないの?
実は、この世界って、変温魔法はなくて、解熱魔法ぐらいしか存在してない?
「マオ、魔法国家にはそんな魔法があるか?」
「さあ? 魔法は国によっていろいろだからね。私が知らない魔法もまだまだあると思うよ。でも、体温を下げる魔法は状況によっては使えるかもね」
「ふへ?」
ま、まさか……、「解熱魔法」すら存在しない?
「状況? ああ、お前たちのように、薬によって発ね……ぐべっ!?」
トルクスタン王子が何故かもんどりうってひっくり返った。
わたしの見間違えでなければ、真央先輩が繰り出した見事なアッパーカットが、彼の顎に入ったためだと思う。
変な声を上げていたので、彼が自分の舌を噛んでないことを祈っておこうか。
「高田の魔法は幅が広いね」
何事もなかったかのように真央先輩が言った。
「何よりも応用が利く点が良い。先ほど先輩が使った『幻影魔法』は、確かに見た目だけではミオが気付いた可能性もある」
そう言って、チラリと真央先輩は雄也さんを見た。
「まあ、先輩のことだから、その『幻影魔法』、視覚に対しても相当攻めたモノだったとは思いますけどね」
「いやいや。まだまだだよ」
雄也さんは笑顔で応える。
だけど、わたしのサポートがあったとは言っても、それだけで水尾先輩があそこまで動揺したとは思えない。
もしかしなくても、相当な光景を見せられた可能性はある。
血沸き肉躍る……、ではなく、血噴き肉飛び散るみたいな……。
考えただけでも頭が痛くなってきた。
それを友人の顔や身体で見せられるとか。嫌がらせとしか思えない。
そんなの、ある程度、ホラー耐性があっても……って……。
「水尾先輩って確か、ホラー系統が苦手だったと記憶していますが、スプラッタ系はどうでしたか?」
「スプラッタ? ああ、ショッキング映画系か。私は嫌いじゃなかったけれど、ミオはあまり得意じゃなかった気が……。ああ、なるほど」
そこで雄也さんが何故、その光景を選択したのかが分かった気がした。
水尾先輩がホラー……、怪談だけでなく、スプラッタ系の映像も苦手なことを知っていたら、相当、酷いやり口だと思う。
「自分の血や傷口を見るのは大丈夫なんだけどね。自分に降りかかってくる他人の血とかそう言ったものは苦手だったはず」
「いえ、それが得意な人間って、あまりいない気がしますよ?」
「まあ、それは私のせいかもしれないけど……」
ボソリと真央先輩が呟いたのが耳に届く。
これ以上、この件で深く突っ込んではいけない。
自分の中で、何かがそう言った気がしたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




