三度目の勝負に
ネタバレとなりますが、今回、少々、残酷描写があります。
ご注意ください。
護衛弟の時よりも、長い時間の打ち合わせだった。
念入りに話し合われたらしい。
もしかしたら、連携の確認をしていたのかもしれない。
考えてみれば、弟の方は常に彼女の傍にいる印象が強すぎるけれど、兄の方はそこまで共にいないのだ。
この場所に来てからもそうだった。
彼女は、この「ゆめの郷」に来てから、紆余曲折あった後、ほとんどの時間を護衛弟と共に過ごすことになったのだ。
それでも、2人の関係はそこまで変わった感じはなかった。
いや、護衛弟はその気持ちが分かりやすくなったけれど、その主人の方は、ほとんど変わっていないのだ。
不自然なぐらいに。
あれほど分かりやすく多大な好意を前面に押し出されるようになっても、本当に何も気付いていないとは思えない。
そこには何らかの意味が隠されている気がしてならなかった。
「水尾先輩、こちらは準備ができました」
いつものように笑う後輩。
それはどこまでも普通の笑顔過ぎて、その裏まで読み取れなかった。
後から思えば、いつもする魔法勝負の前は、私と対峙する時にかなり緊張した顔をしているのだ。
それは、先ほどの気心知れた護衛弟と一緒にあって身構えていた時も同じで……。
こんなに、自然な笑顔を勝負前にしたことなどなかったはずなのに。
黒髪の後輩と黒髪の先輩は不自然なほど近い距離にあった。
その立ち位置では、どちらが攻撃か守りかも分からないが、魔力を考えれば、弟との共闘時のように、後輩が攻撃に回る可能性が高い。
護るべき主人を矢面に立たせるのはどうかと思わなくもないが、勝率を上げるためにはそんなことを言ってはいられない。
この世界では、基本的に護る人間より、護られる人間の方が、持っている魔力は高いことが多いのだ。
護衛の仕事はほぼ弾避けに近い。
もしくは物理的な盾の役割。
あるいは、呪文詠唱完了までの時間稼ぎ。
そのために情を移すことはほとんど許されない。
いざという時には切り捨てられなければならないのだ。
少なくとも、アリッサムではそうだった。
幼馴染と言っても、信じられないほど距離が近すぎるあの後輩と護衛兄弟がおかしいと何度思ったことか。
少し前まではまともに魔法を使えなかった後輩は、護衛たちと協力できる程度には魔法を身に付けている。
それも、かなり短い言葉でも強力な魔法として、形作られるようになった。
自分は、あれだけの魔法を形にするなら、それなりの契約詠唱を唱える必要があるというのに。
それだけあの後輩の想像力と創造性が高いということだろう。
私にとって、そのことは羨ましく思えるのだった。
「始め!!」
本日、三度目のマオの声が聞こえた。
私は距離を取ろうとしてあることに気付く。
先ほどの勝負は先輩が大人し過ぎた。
それはもう、薄気味悪いぐらいに。
明らかに不自然だと感じてしまうほどに。
あの人が、あんなに普通の勝負で満足するはずはないと分かっている。
アレは時間を稼いで、私の魔法力を消費させるためのものだったことも。
だけど、合図とともに、後輩の姿が消えた時、少なからず動揺してしまった。
彼女はまだ自分自身の移動はできないはずだったから。
つまりは、横にいた先輩が移動魔法を使ったことは間違いない。
そのための距離だったと気付いた時には、既にいろいろと遅かった。
「つ~か~まえた~」
すぐ近くからそんな声がした。
それは、どことなく、本能的な恐怖を呼び覚ますような声。
そして、その呼びかけと同時に、温かくて自分より少しだけ小さい人間が腰回りに張り付いた感触がある。
それが目の前から消えた後輩だと認識するよりも先に、視界が真っ赤に染まった。
地面から、無数の刃が飛び出し、ソレが、私を見上げたまま張り付いている後輩ごと自分の身体に突き刺さり、貫いていく。
「え……?」
自分の状態や、相手の魔気の変調よりも先に、視覚情報の更新が優先された。
我が目を疑いたかったのに、はっきりとその映像は容赦なく脳内に情報として叩き込んでくる。
自分の身体を刃が貫く異常よりも、後輩のから吹き出る大量の鮮やかな赤に目を奪われる。
そして、張り付いている後輩は、自身の傷口から溢れ出続ける血に塗れて、その力強さを失った。
さらにその小柄な身体の中から、木の芽が吹くかのように突き出た刃の先には、紅く誰かの血を滴らせ、赤や白など鮮やかな色合いでつやつやしく光る肉片や、臓物の一部がこびりついている。
何より驚愕のあまり血走った目が見開かれたまま、その瞼が閉じられる様子もなく、黒い瞳孔がいつも以上に大きく開かれたその表情は、これまでの私の人生において、一度も見たことはないものだった。
それが、先ほどまで血の通っていた後輩で、しかも自分を真っすぐに見たまま固まったのだ。
真っ当な神経を持っていれば、この視界に入る映像に耐えられるはずもない。
―――― 何が……、起きた……?
わけが分からないまま、自分に張り付いているまだ温かい後輩の肉体からは温もりが消えていく。
生死の判別基準ともなる彼女の体内魔気も、急速にその力強さを失い……。
「導眠魔法」
そんな低い声が耳元で聞こえた気がして、私は、意識を手放したのだった。
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「一体、何が、起きた……?」
それが、すぐ横にいたトルクが、最初に口にした言葉だった。
その感想は、私も同じように抱いたものでもある。
私が、合図するとともに、高田がミオの傍に現れてそのまま張り付いた。
恐らくは、先輩によって移動したのだろう。
そこまでは良い。
移動魔法で近付くこと自体は、アリッサムでもよく見た光景だった。
だが、その次からが少し違う。
ミオがその高田を見たまま、何故か硬直した後、その体内魔気が激しく動揺し、精神的な混乱状態に陥ったのだ。
まるで、魔力が暴走する直前のような劇的な変化だった。
それとほぼ同時に、高田の体内魔気が一気に減少していったのだ。
いや、アレは多分、自らの意思で体内魔気を押さえつけたのだとは思ったけど……。
でも、それぐらいのことでミオが簡単に動揺するとは思えない。
アリッサムの王族は、生まれつき普通の人間よりも魔力が強すぎるため、できる限り感情を、いや、体内魔気の暴走を抑える努力を義務付けられた上で魔法教育を施される。
「考えられるのは、『幻覚魔法』、かな?」
あのミオが、想定するものを越えるような幻覚を見せられたということだろう。
そして、その混乱の隙を突いて、先輩が「導眠魔法」を使って、ミオを眠らせ、「勝負あり」というわけだ。
どんなに自慢の魔法耐性も、体内魔気が混乱すれば、その効能は半減する。
それも、精神を左右するような魔法は、殊更、精神的な混乱に弱いのだ。
「ミオに『幻覚魔法』は効くのか?」
「状況と相手の魔力の強さによっては効くよ。ミオも万能じゃないからね」
相手は、移動魔法を使えないことが前提として存在していた。
それが、視界から消え、いきなり自分の傍に現れ、予想外の行動に出る。
それだけでも、ある程度の精神的な隙ができたかもしれない。
それだけあの後輩が、自分から誰かに張り付くという事態は、意外にも少ないのだ。
彼女は女性特有のスキンシップを多用しない。
どんな相手に対しても、いつも、適度な距離を保っている。
「それに二連戦後だしね。休憩を挟んでいても、どうしたって疲労はあるよ」
一人でも気が抜けない相手がペアを組んでの勝負だった。
しかも、この直前の勝負は、相手の魔法力が尽きるほど、長い時間をかけている。
「アイツも、人間だったんだな」
「なかなか酷いことを言うね」
もしかして、この男は、私たちが人間だったから、アリッサムが消滅したことを忘れているんじゃないだろうか?
「魔法に関しては隙がないと思っていた」
「トルクは実感していないかもしれないけど、ミオだって19歳目前の未熟者でしかないからね」
海千山千の相手との心理戦で、確実に優位に立てるはずもない。
「ミオが未熟なら俺はなんだろう?」
「トルクは、20歳の粗忽者?」
「明らかにお前の方が酷いこと言ってるぞ、マオ」
「我ながら巧いことを言ったつもりなのだけど……」
そう言いながら、ミオの方を見る。
後輩に心配そうな顔で覗き込まれ、先輩に抱き抱えられたその図は、魔法国家の王女ではなく、ただのどこにでもいる女にしか見えなかった。
そのことに対して、私の胸中にあるこの感情はなんだろうか?
「まあ、先輩の口から解説してもらいましょうか」
思いの外、あっさりと着いた勝負に、実はとんでもない仕掛けがいくつも施されていたことを私たちが知るのは、これから数分後のことであった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




