どんな手を使っても
結論から言えば、長かった護衛兄弟と水尾先輩の魔法勝負も、意外なほどあっさりと終わってしまった。
「くそ~」
黒髪の青年は倒れたまま、力なく地面を叩く。
「そんなに悔しがらなくても……。あそこまで持った分、最初の勝負よりもずっとマシでしょう?」
わたしは彼の近くに座って、そう声をかけた。
それだけ、最初の勝負は勝負ですらなかったのだ。
彼らの勝負を見た今となってはそう言いきれる。
だが、九十九自身は納得していない。
「だけど……、オレの魔法力が……、尽きなければもっと……」
魔法国家の第三王女を相手に、かなり長い時間、頑張った護衛兄弟だったが、九十九の魔法力が先に尽きてしまったのだ。
だから、今、彼は魔法力が枯渇状態にあるようだ。
自分も経験があるから分かる。
本来は、話すことも苦しいだろうが、彼はまだ意識を保とうとしている。
どこまでも負けず嫌いな護衛青年なのだろうか。
因みに、雄也さんの方は、一人だけではどうにもならないと、早々と白旗を振った。
水尾先輩の多彩な魔法は、火属性に留まらず、次々と繰り出され、それに対応するために九十九も魔法耐性の強化を変更していく必要があったのだ。
全属性の耐性を強化することもできるのだけど、水尾先輩のようにどんな属性でも放つ威力が大きい魔法相手には、中途半端に上げた耐性強化など、ほとんど無意味になってしまうらしい。
そうなると、特定の属性に対して特化させる必要が出てくる。
そんなことを続ければ、確かにいつもより魔法力が尽きるのは早くなってしまうだろう。
それも、魔法国家の第三王女のあの強力な魔法の数々を防いだり、軽減したりする必要があるのだ。
精神力だってごっそりと持って行かれたかもしれない。
「大体、九十九は連戦だったでしょう? 雄也さんよりも魔法力の消費が早かったのは仕方がないことだと思うよ?」
それより、九十九や雄也さんに大きな怪我がなくて良かったと思う。
確かにこの場には、死なない限りは癒すことができるという真央先輩がいるけれど、その魔法も制限がある。
それも、死にかけた人間の治癒ならば、その反動は決して小さくない。
使った真央先輩自身も動けなくなってしまうだろうから、暫くまた、ここで休養をとることになる。
せっかく、この「ゆめの郷」を発つことが決まったと言うのに、また足止めされてしまうのは嫌だった。
「兄貴の方が……、魔法の使い方が、巧いからな」
「雄也さんはその辺、器用そうだもんね」
よく周囲から「無駄撃ちが多い」、「魔法力を無駄に使っている」と言われやすいわたしからすれば、本当に凄いと思う。
「でも、九十九の場合、炎の壁から飛び出した後、あの壁が消えても空中を飛び回っていたのが敗因では?」
確かに空中からの攻撃は、陽動としては良かっただろう。
その分だけ、地上にいる雄也さんから目を離すことになるわけだし。
でも、そのためとは言え、あれだけ長い時間、空中に滞在していれば、あっという間に魔法力が尽きてしまうことぐらい誰にだって予想できることではないだろうか。
「水尾さんが……、オレを、地上に降りさせて……、くれなかったんだよ」
確かに、九十九は水尾先輩から何度も狙撃されていた。
なるほど……。
あれは、降りたくても降りることができない状況にされていたのか。
それも戦略ってやつなのだろう。
「じゃあ、そろそろ寝たら?」
魔法力が枯渇状態に陥ると、わたしの場合、猛烈な眠気がくるのだ。
休養が一番の回復薬だと、頭で考えるよりも自分の身体が知っているためだと思っている。
「……阿呆」
なんとなく、久しぶりに言われた気がした。
「オレが、意識を飛ばしたら、誰が……、お前の、治癒をするんだよ?」
わたしの「治癒魔法」は、何故か自分には効果がない。
何度か試してみたけれど、駄目だった。
まあ、「治癒魔法」が「体組織破壊魔法」に変わることもないようなので、これからも試すつもりだけどね。
「まあ、死ぬことはないでしょ?」
万一の時は真央先輩がいる。
それだけで、少なくとも死ぬことはないだろう。
死ぬほど熱い思いはするかもしれないけど、今のところ、水尾先輩の魔法でそこまでの事態になったことはなかった。
「ふざけるな」
そんな言葉だけはっきりと口にする。
でも……。
「いや、魔法力がほとんど残っていない状態の九十九が、どうやっていつものようにわたしの治癒をする気?」
そう言うと、九十九は少し考え込んで……。
「とっとと、回復させる」
そんなことを口にした後、彼はそのまま、動きを止めて、物言わぬ身体になった。
あの一瞬で、意識を飛ばしたらしい。
「器用だね」
わたしは笑うしかない。
でも、同時に九十九らしいとも思う。
「九十九は寝たかい?」
「はい。できれば、毛布かタオルケットを出していただきたいのですが……」
流石に、温暖な気候でも、あのまま放置はよくないだろう。
そして、わたしの私物を管理してくれている九十九は夢の世界へと旅立ってしまった。
だから、雄也さんに頼んだのだけど……。
「段ボールで良い?」
そんなとんでもない答えが、返ってきてしまった。
いや、確かに段ボールって保温に優れているって聞くけど。
なんで、そんなものがここにあるのでしょうか?
段ボールって、人間界のものだよね?
「冗談だよ」
雄也さんは苦笑しながら、黄土色の毛布を出してくれた。
しかし、この色の選択は、偶然でしょうか?
それとも、先ほどの「段ボール」ネタの名残でしょうか?
だが、深く考えても仕方ない。
わたしは九十九が倒れている所に戻って、彼に毛布を掛けることにした。
地面に彼を直接、寝かせてしまっている点については、申し訳ないが、我慢してもらうしかない。
こんな場所で、寝台やふかふかなお布団とかを出すわけにはいかないからね。
仮に寝袋を出してもらったとしても、寝ている九十九を起こすことなく詰め込み作業なんてできない気がする。
九十九の寝息は規則的。
顔色は、さっきよりずっと良くなっている。
汗もかいていないようだ。
魔法力はほとんどないみたいだけど、彼の身体にある体内魔気そのものはちゃんと安定している。
そう考えると、体内魔気と魔法力って別物ってことなんだろうね。
「お待たせしました」
九十九に毛布を掛けた後、わたしは改めて、雄也さんの所へ行った。
今度は、わたしと雄也さんで、水尾先輩に挑戦することになる。
九十九との共闘は以前に経験しているけれど、雄也さんとの共闘は初めてだ。
足手纏いにならないように頑張らなくては!
「栞ちゃんは、ミオルカ王女殿下に勝ちたい?」
「勝ちたいです!」
まだ一度も勝ったことがないから。
「どんな手を使っても?」
「うぐっ」
九十九から同じことを言われても、ここまで考えることはないだろう。
だが、この人からの申し出は違う。
確実に勝つためなら、本当に何でもする気がした。
「じ、人道から外れない程度の手段でお願いできれば、と思います」
わたしがそう言うと、雄也さんは苦笑して……。
「それは難しいね」
そんなとんでもないことを言った。
「やっぱり難しい、ですか」
「魔法国家の第三王女殿下は、もともとこの世界でもトップクラスの魔法使いだ。三年前ならともかく、現在の栞ちゃんでは、俺の補助があっても、正攻法では勝ち目はほとんどないかな」
「三年前?」
やけに具体的な数字が出てきた。
「アリッサムの消滅が、彼女の向上心を加速させるきっかけになったんだよ」
「……なるほど」
あのまま何事もなく、「魔法国家の第三王女」として育っていれば、今の水尾先輩ではありえなかったということらしい。
「対抗するために、『神扉』の門でも開いてみる?」
「それは、大神官さまの補助なしでは難しいです」
とんでもない提案だが、今のわたしでは無理だ。
仮にこの場で、わたしが一人で「聖歌」を口ずさみ、「神舞」を舞ったとしても、隙間風程度しか開くことはない。
ストレリチア城下で「導きの女神」を「降臨」させることができたのは、もともと「神扉」の「護り手」である大神官の補助があったからこその「奇跡」。
そんなことを、この人が理解していないとも思っていないのだけど……。
「魔法国家の第三王女の最大の武器は、『魔気の護り』だからね。彼女自身の身体が危険と判断したら、容赦なく周囲ごと焼き尽くそうとする」
頭で危険を感じるよりも、体内魔気が自動判定して動き出す。
その経験には、わたし自身も覚えがある。
そして、わたしの「魔気の護り」が先に反応して動いても、水尾先輩の「魔気の護り」はそれ以上の魔力で、わたしの風を巻き込んで覆い尽くすことはつい先ほど証明されてしまった。
後に出しても、先に出ても勝てないなんて、割と理不尽だと思う。
「因みに、雄也さんの考える手段を、一応、伺っても良いですか?」
「弱点攻撃」
笑顔で答えられた。
やはり、そうなってしまうのか。
「意識を散漫にして、『魔気の護り』が働かないように動きを止めるしかないからね」
「つまりは精神攻撃ってことですよね?」
「そうなるね」
雄也さんは得意そうだと思う。
そして、わたしや九十九には向かない手だ。
「それで、九十九は一度、彼女に勝っているらしいからね」
「はい!?」
ちょっと待って?
そんな話は誰からも聞いてませんよ?
そして、いつの間に?
「だから、『生物の召喚魔法は禁止』なんだよ」
「そうか。既に前例があったから……」
それをしたのは雄也さんかと思っていたのだけど、九十九の方だったのか。
それなら、魔法力の枯渇状態に追い込まれたのも理解できなくはない。
水尾先輩によって、追い詰められた九十九が、うっかり「弱点攻撃」をしないとは、誰にも言いきれないのだ。
いや、それでも彼は約束事を守ろうとするだろうけど。
「その上で、こんな作戦に乗ってみる気はあるかい?」
黒髪の美青年は、蠱惑的な笑みを浮かべて、わたしの耳元に口を寄せ、低く甘い声で囁いたのだった。
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