運命の女神は勇者に味方する

～ それぞれの模擬戦闘編 ～

隠しておきたいのは

「ところで、兄貴。魔法と道具なら、今回、オレはどちらを使った方が良い？」

　勝負が始まる前に、オレは兄貴に確認しておくことにした。

　兄貴が周囲に隠しておきたいのは道具か。

　魔法か。

　それとも知識か？

　それによって、戦略……、オレも動き方を変える必要があるだろう。

　オレとしては、情報開示というものにそこまで抵抗はない。

　水尾さんを始めとして周囲に隠しておくほどのことなど、オレが持っているものに限れば、そこまで多くはないのだ。

「そうだな……」

　だが、兄貴は違う。

　味方であっても、手札はできるだけ隠しておきたいタイプだ。

　兄貴は顎に手を当てて考える。

「道具は好きなだけ使え。だが、逆に魔法をできるだけ押さえろ」

「好きなだけとは、大盤振る舞いだな」

　兄貴にしては珍しい。

　だが、仮にも「魔法勝負」なのに、「道具使い放題」。

　そして、「魔法控えめ」と言うのは、少しどうかとも思う。

「魔法国家の王女殿下相手に、お前如きの魔法が勝負になると思うか？」

「なるわけがないな」

　そんなこと、考えるまでもない。

　水尾さんの出鱈目さはこれまで十分すぎるくらい見せつけられている。

　それでも、完全に自信喪失にならないのは、次元が違い過ぎると言うことと、単純に自分はともかく、主人なら負けていないと言う自信もあるからだ。

　実際、栞と水尾さんの違いは、状況に応じた魔法を使いこなせるかどうか……、それぐらいの差しかなくなっている。

　下手すれば、今後、魔法の種類も、栞が上回るようになるかもしれない。

　先ほどの、「水蒸気爆発」と間違えてもおかしくない威力を見せた「爆発魔法」。

　その言葉の響きから、当人がそれを思い描いただけで、かなりの威力を持った魔法の形になってしまうなんて、魔法国家の王女以上におかしな話だろう。

「その通りだ。だが、今回は、あの魔法国家が誇る第三王女殿下に、できるだけ多くの魔法を使わせたい。それならば、意表を突くことをするしかないだろう？」

「できるだけ、水尾さんに多くの魔法を使わせる……か」

　兄貴は簡単に言ってくれるが、それは容易いことではない。

　実際、先ほど栞と組んで、水尾さんを相手にしたが、彼女にそこまでの種類は使わせていないのだ。

　ほぼ火属性の魔法。

　見事なまでの火(・)祭(・)り(・)だった。

　それでも、少しぐらいマシだったと思えたのは、それなりに勝負の形にはなっていたからだろうか？

　ほとんどは、栞の能力(ちから)と言うのが実に情けない話ではあるのだが。

「それで、兄貴はどうする？」

「今回は、お前の動きに合わせる。好きに動(はたら)け」

　いつも通りの素っ気ない言葉(指令)。

　それを受けて、オレは自分で為すべきことを考えて、成さねばならないのだ。

　だが、何故だろう？

　今、「動け」と書いて、「働け」と読まれた気がしたのは……。

　……いつものことだな。

　兄貴にとって、オレは勝手に動く駒だ。

　勝手に動く以上、それなりに成果を出さねばならない。

　役に立たない駒など、捨てられるだけだ。

「了解。いつものように、好き勝手、働かせていただきます、お兄様」

　オレがそう答えると、兄貴は露骨なまでに分かりやすく、眉間に縦皺を刻み込む。

「そろそろ、水尾さんからお声がかかるぞ」

　先ほどから、チラチラとこちらの様子を窺っている。

　早く仕合いたいのか。

　それとも、兄貴の考えを読もうとしているのか？

　そろそろ、気合を入れ直すか。

　先ほどは、主人の前で無様を晒した。

　オレは、何度、彼女の前で情けない姿を見せつけねばならないのだろうか？

　確かに相手は国王陛下だったり、王族だったりするのだが、それを理由にしてはいけないのだ。

　誰だって、惚れた相手にみっともない姿なんか見られたくはないよな？

「２人とも。準備はできたか？」

　気が付くと水尾さんは、かなり離れた場所に立っている。

　そこから静かに声を掛けてきた。

　どうやら、詠唱の時間を稼ぐための距離だろう。

　彼女は遠慮なく、初っ端から大きな魔法を使う気らしい。

　そうなると、栞に向けて使うあの「炎の大鳥」だろうか？

「大丈夫です」

　ある程度の方針も決まっている。

　それに、これ以上待たせるのは悪い気はした。

「こちらも大丈夫だ」

　兄貴は自分の右腕を振り、その状態を確認しながら、そう言った。

　兄貴は、身体が動くようになってからも、右腕を気にしている。

　勿論、動かすことはできるし、痛みも全くないらしい。

　だが、一度、そ(・)の(・)中(・)身(・)が(・)粉(・)砕(・)さ(・)れ(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)時(・)に(・)覚(・)え(・)た(・)違(・)和(・)感(・)は、どれだけ時間をかけても簡単には拭えないそうだ。

　それだけでも、あの時に見た真央さんの手による「治癒魔法」は、普通の魔法とは違うと改めて思った。

「始め!!」

　そんな声と共に、いきなり眼前に、とんでもないものが繰り出される。

　次々と地面から燃え盛る炎の柱が噴出されていく。

　まるで、その勢いは、昔、テレビで観た火山の噴火のようだった。

　火柱も太く、その噴出口の間隔も離れていないため、柱と言うよりは、ほとんど炎の壁にしか見えない。

　いやいやいや、ちょっと待て？

　水尾さんと栞との魔法勝負は何度も見てきたつもりだが、一度もこんなものを出したことはないよな？

「流石は火属性最高位の王族だな。やることが派手だ」

「派手過ぎだろ!!」

　周囲の気温上昇とは逆に、炎の壁の向こうから涼し気な兄の声が聞こえてきたので、思わず、いつものように突っ込んだ。

　もしかしなくても、これって分(・)断(・)が(・)目(・)的(・)か？

「とりあえず、様子見のためにお(・)前(・)が(・)突(・)っ(・)込(・)め(・)」

「流石に焼け焦げるわ!!」

　無策のまま火に向かって飛び込めとか、どんな鬼畜命令だ？

　それに、飛び込んだ後、更なる追撃が待っているのは目に見えている。

　あの人が、オレたちを離したぐらいで満足しているとは思えない。

「相手から道具を使う許可は得ているのだ。後は、好きにしろ」

「……仕方ねえな」

　共闘と言っても、結局はこんなものだ。

　兄貴と力を合わせてこの状況を打破するという気配は一切ない。

　オレは大きく溜息を吐く。

　当然ながら、これぐらいの空気の流れでは揺れることすらない炎。

　だが、言い替えれば、これは炎だ。

　それが熱くて厚い壁となっていたとしても、自然現象に近いものならば、対処のしようもある。

「飛ぶか」

　上を見ると、ぽっかりと開いて空が見える。

　わざと開けられているのかもしれないほど分かりやすく。

　そして、浮遊魔法を使えることは魔界人では珍しくない。

　だから、隠す必要はないだろう。

「飛翔魔法(Flying)」

　その言葉を口にすると同時に、オレの身体が、空中へ一気に上昇する。

　そして、何かが次々と真下を通り過ぎた。

　やはり罠だったらしい。

　だが、彼女の予想より、オレの上昇速度が速かったようだ。

「ふむ」

　だが、次々と繰り出される凄まじい威力と速度を持った「炎弾魔法」に狙われる。

　オレはそのまま、回避する。

　空中ではいつもと動き方が変わるが、この辺りは慣れている。

　シルヴァーレン大陸にいる時ほど飛行速度は出ないが、それでも、普通に走るよりはずっと早い。

　それにしても、栞に対して使っているものより、少し威力も速度も上がっている気がするのは、自分が狙われる立場にあるせいか？

　だが、不意に、自分の真下で、火の壁に包まれたままの兄貴が動く姿が見えた。

　なんてものを持ち出してやがるんだ。

　一応、味方のはずだが、そんな言葉しか出てこない。

　そして、アレは、こんな「ストレス解消(recreation)」で使うような道具ではないだろう。

　それを一発放つだけで、火の壁は貫かれ、一瞬で、弾け飛んだ。

　水尾さんに直接、当てようとしなかったのは、まともに直撃すると洒落にならないことになるからだ。

　具体的には、真央さんが動く事態。

　そして、栞が怒り狂うような状況。

　兄貴は目が見えず、対象を目視確認できないような状態でも、相手の気配を掴んで狙い撃つことができる。

　実際、オレは何度か、アレにやられていた。

　それだけ「魔法弾きの矢(プファイル)」と言うのは、ある程度、魔法に自信がある人間たちの天敵でもある物だ。

　そして、高額でもある。

　大半は、相手に対する威嚇などの示威行為のために持ち出されるもので、使うことはあまりないと聞いている。

　だが、兄貴は使い捨て感覚で持ち出せる程度には所有している。

　だから、オレ相手の模擬戦でも使ってくるわけだし。

　だが、アレを持ち出す程度には、兄貴もス(・)ト(・)レ(・)ス(・)解(・)消(・)を(・)し(・)た(・)か(・)っ(・)た(・)ようだ。

　いろいろ溜まっていたんだろうな。

　その気持ちはよく分かる。

「ああ、今(・)回(・)の(・)方(・)向(・)性(・)が……、分かった」

　オレはそう呟いたのだった。

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ここまでお読みいただきありがとうございました。