足止めのために
「酷い目にあった気がする……」
オレは自分の肩を押さえながら言った。
「何を言うか? 主人より『治癒魔法』を施してもらっておきながら……」
「なんで、アイツの『治癒魔法』はいちいち人を吹っ飛ばすんだよ?」
よく覚えていないが、オレは少しの間、意識を飛ばしていたらしい。
時間としては、あまり長くないと思う。
「今の栞なら、『覚醒魔法』や『気付魔法』に近いものが使える気がするんだが……」
オレの目がなかなか覚めないので、いつものように「治癒魔法」を使ったらしい。
意識がなかったオレの身体は、彼女の「治癒魔法」によって、かなりの高さを舞ったそうだ。
しかし、どこの世界に「癒し」の魔法を使って、その相手を吹っ飛ばすヤツがいるのだ?
いくら何でも、吹っ飛ばすことに力を注ぎすぎだろう。
「しかも、怪我はほとんどしてなかったのに……」
確かに王族クラスの強烈な「魔気の護り」を、背後と正面から食らった覚えはあるが、オレにだってある程度の「魔気の護り」は働いている。
そこまで魔法力を使って癒す必要などなかったはずだ。
栞がオレに向かって「魔気の護り」をぶっ放すのも、割と、日常のようなものだからな。
今回は単純に不意打ちに近い挟撃だったから、少し対応が遅れただけだ。
「心は正直だから、仕方がない」
兄貴はそう言うが……。
「そこまで心配されるのもなぁ……」
護衛としても、男としても、いかがなものだろうか?
「……幸せなヤツだ」
「あぁ?」
なんとなく小馬鹿にされたような気がする。
「一応、確認しておくが、何故あの時、『加重魔法』を彼女に使った?」
「『加重魔法』?」
そんなの使ったか?
兄貴に言われて、直前の記憶を掘り起こしていく。
水尾さんの火属性魔気の気配を感じて、反射的に、栞を庇おうとした。
それは間違いない。
だが、あの女は、オレごと「風属性魔気」をぶつけた。
人間界にあったゲームの魔法のように、都合よく味方には当たらない、味方だけを避ける機能など、現実には存在しないのだ。
自身の「魔気の護り」によって、火傷こそなかったが、火が巻き起こった勢いに背中を押された直後、ぶっ放された空気の塊を、上半身に食らった。
そして……。
「意識が飛ぶ直前に、栞がそのまま無茶しないように、足止めをしようとして……」
咄嗟だったので、正直、何を使ったのか自分でもよく覚えていない。
だが、オレの目が届かなくなれば、彼女が無茶をすることは十分、考えられた。
だから、そのまま……。
「ああ、確かに『加重魔法』を自分中心にやったかもしれない」
自分が倒れて、その場から動かせない状態になってしまえば、アイツもそのまま動けなくなる気がして……。
「お前……」
どこか呆れたように言われても仕方ない。
本当に咄嗟にやったことだったのだから。
「彼女の足止めなら、自分に『加重魔法』を施すのではなく、栞ちゃんに『誘眠魔法』を使えば良かったんじゃないか?」
「戦闘態勢になっているアイツは、オレの『誘眠魔法』を高確率で弾くんだよ」
目の前で、何度か自分の魔法は弾かれたことがある。
「ならば、『導眠魔法』は?」
「『導眠魔法』も一応、契約できているが、その成功率は、『誘眠魔法』以上に低確率なんだよ」
対象を眠りに誘う「誘眠魔法」以上に強力な、眠りに導く「導眠魔法」。
そちらも、使えなくはないが、オレの成功率にまだまだ難があった。
あの状況で失敗するわけにはいかない。
「なるほど。お前が栞ちゃんに張り付いた状態で魔法を使ったために、彼女にもその『加重魔法』の影響があったのか」
「いや、張り付いたって言うなよ」
確かに間違ってはないのだが、「庇った」とか、「護った」とか、もっと別の表現があるだろう?
それだけ聞くと、オレがただの痴漢じゃねえか。
「自身への魔法の影響が伝わるほど、彼女に接触していたのは事実だろう?」
「確かに! そうなんだけど!!」
わざとやったわけじゃねえ!!
「まあ、良い。準備をしろ」
「準備ってなんだよ?」
「お前は連戦だ。今度は補助を俺がする」
その言葉で察する。
「ああ、水尾さんの相手か」
確かにアレでは不完全燃焼だったことだろう。
使わせた魔法の威力はともかく、その種類も少なかったし、下手すれば、もっとストレスを貯め込んだ可能性すらある。
「兄貴が補助ってことは、攻撃はオレか?」
オレたち兄弟の魔力では、水尾さんに通用する攻撃ができるとは思えないが……。
「いや、お前は護りだ」
「あ?」
「忘れているのか? 今回は勝負の体をとっているが、その目的は、彼女たちのストレス解消だ。手を抜くことは許されないが、勝利する必要もない」
確かにそうだった。
「まあ、栞ちゃんが望んだのだから、先の勝負はアレで良い」
何においても、優先すべきは主人たちの願いや望みだ。
だから、問題ないと兄貴は言った。
「とりあえず、火属性耐性を上げておけば良いか?」
「それは最低限だな。全属性の耐性を上げておけ」
簡単に言ってくれる。
本来、全属性に耐性のある全能型はそう多くない。
尤も、今から対峙するのは魔法国家の第三王女殿下だ。
全能型と考えるべきだろう。
「護りなら、オレよりも、トルクスタン王子殿下の方が良さそうだが……」
結界を張れるなら、水尾さんの相手もできそうな気がする。
「ヤツは、真央さんを押さえる責務がある。それに関しては、水尾さんを除いて他に適任者がいない」
魔法国家の第二王女も油断ならないらしい。
魔法があまり得意ではないと聞いていたのだが、体内魔気があれほどのものなのだ。
強すぎる魔法に反応して、「魔気の護り」が働く可能性は大いにあった。
「規格外が多すぎる世の中だな」
「世界はそれだけ広いのだから仕方あるまい」
兄貴は苦笑する。
オレと同じことを思っているのだろう。
王族という存在はそれだけ人外なのだ。
「身体の方は戻ったか?」
兄貴は少し前まで、寝たきりに近い状態だったのだ。
誤魔化しはしているものの、体重は落ち、その筋力も衰えている。
小賢しい頭は身体が動かせなかった間も、いつも以上に動いていて健在のようだが、動きは少しばかり鈍かった。
「まだまだだな。通常時の六割、と言ったところか」
その言葉に嘘は感じられなかった。
オレに対して誤魔化す気はないようだ。
「それって、単純に加齢じゃねえか? 歳をとると動きが鈍くなるって言うだろう?」
「ああ、そうかもしれんな。今は、その余計なことを抜かす口の乗った首を落とす程度の動きしかできる気はしないな」
「それなら、十分だ。だから、実演もいらねえ」
その台詞を本気で言っているからタチが悪い。
「兄貴と共闘なんて何年ぶりだろうな」
「3年弱だな」
基本的にオレたちは協力しても、共闘はしない。
兄貴が言ったのは、この世界に帰ってきた直後。
アリッサムの残党に囲まれた時のことだろう。
だが、あれは共闘と言って良いものか。
判断に迷うところではあるな。
「それ以前なら、ミヤが生きていた頃だから、もう十年以上昔の話だな」
それぐらいオレたちは一緒に行動していないと言うことだ。
年齢が一桁の時代。
その頃に師であるミヤドリードに二人掛かりで相手をしてもらって、一度も勝てなかった。
当然だ。
オレたちはそれだけ幼く、そして、ミヤドリードは強大過ぎる存在だったのだから。
彼女が情報国家イースターカクタス国王の王妹だったと知った今。
彼女がどれだけ恐ろしい存在だったのかを理解した。
今でも勝てる気はしない。
「兄貴……。今なら、オレたち、ミヤに勝てるかな……?」
らしくはない感傷だと思う。
そして、今更の話だ。
だが、一笑に付すと思った兄貴は少し考えて……。
「勝てないな」
小さな声で一言、そう呟いたのだった。
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