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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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名もなき存在

「それは神言(しんげん)ってやつなの?」


 九十九がそんなことを言っていた気がする。

 聞いたことがない声を耳にする魔界人がいる……と。


「分かりません。初めて聞く声だったのは確かなのですが……。それに、もし、あれが神の声だとしたら……本当に逃げることはできないでしょう」


 うぬう。

 なんかよくわからないけれど、神さまっぽいのに目を付けられたってことか……。


 だが、自分で言うのも何だけど、これだけ愛らしい容姿なら仕方がない気がする。


 ほっぺたもぷにぷにでどこもかしこも柔らかい存在。

 幼児って初めて触れるけど、ここまで護りたくなるような存在なんだね。


 9つまでは神さまの子とも言われていた時代もあるのは分かる気がした。


「ミラージュは『魔神の眠る地』とも言われているんでしょう? あんまり無関係とも思えないね」

「……ミラージュは恐らく関係ありません」

「ぬ?」


 ずっと考えていたことを、あっさり否定された。


「あの紅い髪の人は別の意思を持って動いている気がしました。自身の目的のため、アナタを連れて行こうとしています。そこに……、その存在は関係ないと思います」

「……命令されていたら分からないけれど」

「いいえ。あの声は人の手を借りなくとも……、恐らくはワタシの元へ突然、現れて連れ去ることも可能でしょう」

「……、何、その素敵に無敵な状態」


 魔界人とは言ってもそんな何でもありだと困るなあ。


「だから、魔界に戻ってほしくないのですよ。そこは分かってくださいますか?」

「人間界なら安全って保証はあるの?」

「少なくとも、声を聞いたことはないでしょう?」

「……『Fortune(フォーチュン) favors(フェイバー) the() brave(ブレーブ).』って言葉なら聞いたことがあるけど」


 あの温泉旅行から帰る日。

 電車に揺られながら、わたしは確かに誰かの声を聞いたのだ。


「あれは別の人です。それにワタシもその言葉は聞いたことがあります」

「へ?」


 別の……、人?


「おまじないとして、教えてもらいました。それが……ワタシが知るミラージュの人です。生まれて初めてできたワタシの友人でした」

「……まさか、紅い髪の人?」

「あの人とは顔も魔力も違いすぎます。だから、恐らくは別人でしょう。同じなのは性別ぐらいです」


 性別しか同じじゃないって……、完全に別人じゃないか。


「九十九や雄也先輩とは違った幼馴染がいたんだね」

「ただ、その記憶は彼自身によって封印されました。その理由は……、今となってはもう分かりません」

「……そうか……」


 そこにも何か深い事情があるのだろう。


 もし、その人に会うことができたなら……、また新しい何かが分かるのだろうか?


「しかし……、本当に神の戯れならば、アナタの言うとおり、逃げることはできないのでしょう。魔界人たちが同時にワタシに干渉を始めたのも、その辺りかもしれません」


 確かに、ここの所、魔界人関連の出来事が多すぎる。

 これまで、何もなかったことが不自然なぐらいに。


「それでも……、行きますか?」

「うん」

「即答ですね」

「決めたからね」


 わたしはそう言い切る。


「死ぬと……、分かっていても?」

「どんな風に死ぬか説明されたら、考えが変わる可能性はある」


 原形を留めないような死に方だったら、流石に怖い。


「まず、魂が捕まります」

「へ?」


 魂……?


「次に魂がシンショクされます」


 シンショク……?


「まて、わたし……?」

「魂が全て染め上げられたら、出来上がりです」

「料理番組か!?」


 思わずそう言っていた。


 その淡々とした口ぶりと手順の説明は、僅か三分で終了する料理番組に似ている気がしたのだ。


「その後がどうなるかは分かりません」

「連れ去られるという話はどこに消えた!?」


 魂が捕まった時点で連れ去られたと解釈すべきなのか?


「可能というだけで、相手はそんな面倒なことはしませんよ。多分、魂を染めてしまえば、自分であの存在のもとへと向かうでしょうから」

「……なんで、その流れを知っているの?」

「声を聞く前から何度もそんな夢を見せられました。少しずつ、自分の身体の色が変わり、やがて操られるという夢を。それが魂をシンショクする行為だと気付いたのは……、自分の左手に感じた違和感と、例の声です」

「左手?」

「はい……。こんな感じに」


 そう言うと、彼女は左手を差し出した。


 白くて柔らかそうな腕。

 そして……、そこから、水の中で墨が広がるように一気に黒いものが噴き出していく。


 それは、周囲の暗闇よりもさらにフカイ色だった。


「なっ!?」


 思わず、彼女から離れる。

 捕まれば……、同じ色に染まってしまうような気がして……。


「これが、イメージです。ワタシの中の記憶を再現してみました。夢って便利ですね」

「あ……」


 なるほど……、捕まるという表現は正しい。


 あれは液体と見間違えるぐらい極細で、タコやイカが触手を伸ばすみたいなうねうねとした動きをしていた。


「現実の左手首に、夢のイメージが重なった時に……あの低い声が耳に聞こえました。思わず、母に泣きつき、魔界から離れることにしたのです」

「母は……どれだけ知ってるの?」

「分かりません。ワタシも混乱していましたし、ただ『このまま魔界にいると死んでしまう! 』としか言えなかったので……」


 母が、それをど~ゆ~意味に取ったか……。


 恐らくは、王妃から狙われたとしか考えなかったかもしれない。

 そこまでこの5歳児の心に迫ったものを感じ取れるとは思えないだろう。


 わたしも、先程のイメージの再現をされなければ分からなかったから。


「母に聞いてみるか」

「あ、それは無理です」

「はい!?」

「アナタは恐らく、この夢のことをほとんど忘れてしまうでしょうから」

「な……」


 いきなり、彼女はそんな衝撃的なことを言った。


「それでも……、ワタシはアナタの覚悟を知りたかったのです。何も持たない身で、魔界人の前に立ったアナタの気持ちを……」

「忘れるってど~ゆ~こと?」

「アナタは……現実であの上位の存在のこともあまり覚えていないでしょう?」


 そう言われて……思い出す。


 わたしは、夢の中ではあれだけ鮮明に思い出せるあの女性のことを、現実では朧気にしか覚えていないことに。


「夢とはそれだけ儚いものなのです。夢視(ゆめみ)……、魔力を伴った夢ならば、普通の夢より記憶に残ります。そこには無意識に魔力を纏うほど自分の強い意思があるから。だけど、この夢は……、難しいでしょう」

「なんで?」

「あの上位の存在ですら、何度も介入しても、現実の記憶に残せない。それもアナタの夢視(ゆめみ)を利用してまで、干渉していたのに。それならば……、過去の断片に過ぎないワタシのことはもっと記憶から薄れてしまうと思います」


 確かにあの夢すら、目が覚めたわたしはあまりはっきりとは覚えていない。

 あれだけ何度も見せられているのに。


「それが分かっていて、何故、わたしの前に現れたの?」

「ワタシがアナタを知りたかったのです。目に映る現実(えいぞう)からは分からないアナタの気持ちに触れたかった。色々、動揺をさせても揺るがない気持ちを見てみたかった。昔の本心(ワタシ)を知っても……変わらない今の意思(アナタ)を確認したかった。それだけです」

「本当に始めから……わたしの意思を変える気はなかったってこと?」

「変わらないでしょう? ワタシなのですから。寧ろ、簡単に変わったらワタシじゃないですよ。先ほど、そう言ったつもりでしたが?」


 うん、確かにそう言った。

 「口を出した所で、一度決めた考え方を変えるようなワタシではない」と。


「えっと……、強い意思があれば、忘れないってこと?」

「恐らく……。でも、こればかりはアナタでも難しいと思います。思い込みだけでどうにかなるとは思えません」

「わたしなのに諦めが早いんだね」

「……いろいろと諦めてきましたから。アナタと違って」

「わたしは欲張りなんだよ」

「理解しています」

「じゃあ、なんて言うか分かるよね?」


 わたしはにやりと笑ってみた。


「はい。無駄でしょうが、期待させてください。未来のワタシ」


 そして、それに応える彼女も……、同じような顔をしているのだろう。


「うん。頑張って覚えておくよ。過去のわたし。だって……」


「「運命の女神は勇者に味方する」」


****


 どんな逆境にも負けない強い精神力を持った人間を「勇者」と呼ぶのなら、彼女はその名に相応しいかもしれない。


 勿論、まだ幼さ故に迷いはある。

 これから何度も心が折れることもあるだろう。


 それでも……、何度でも、立ち上がることができる強さを持っている。


 そんな彼女の成長を、今は黙って見守ろうと、()()()()()()はそう思い、再び眠ることにした。


 いつか、()()()()()()()()()()()()()()()()

ここで第6章が終わり、次話から第7章。

次章(次話ではありません)から、ようやく異世界転移となります。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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