勝負経過を語ろう
「最初、ミオがシオリとツクモに向かって、小さな炎をいくつも飛ばしたのは分かったんだが……」
トルクが回想を始める。
「それを栞ちゃんが盾を創り出して、防いだみたいだな」
「だが、なんで、シオリはあんな防ぎ方をしたんだ? 見えないとは言っても、盾なら振り回さず固定してそのまま身を隠した方が良いだろう?」
それは、魔法力を少しでも節約しようとする機械国家らしい考え方だ。
「固定するとその場から動けなくなるだろうが」
それに対して、先輩は、実戦向きで、ある程度魔法力を保有している人間らしい答えをする。
「それ以外の理由をあえて考えるなら、彼女は、飛んできた物を打ち……、いや、跳ね返したくなるんだろう」
先輩は少しだけ言葉を濁したけど、言いたかったことはよく分かる。
高田にとって、飛んでくる球を跳ね返せる見えない盾は、過去に使っていた「金属バット」と呼ばれる道具のようなものなのだろう。
以前、カルセオラリア城でも、似たようなものを見た。
あの時は、見えない盾ではなく、耐火マントだったし、跳ね返すのではなく、掻き消していたのだけど、やっていることに大差はない。
それなら、盾ではなく、道具として使っていた「金属バット」のような形にすれば良いのだろうけど、それではミオの魔法を跳ね返せる気がしないのだろう。
「投手が投げた球を打ち返したくなるサガは、俺にもよく分かるから」
…………は?
先輩の言葉に、一瞬、自分の思考が停止した気がする。
「何、言ってるんだ、お前」
「俺独自の解説だが?」
トルクの言葉は尤もだが、ミオも目を見張って、先輩の顔を見ていた。
―――― 投手が投げた球を打ち返したくなるサガは、俺にもよく分かるから
さり気なく言われたその台詞。
確かにミオはソフトボールという競技の中で、投手を経験したことがある。
基本的な守備位置は、高田と同じ二塁手だったが、たまに投手として出場していたのだ。
そして、投げられた球を打ち返したくなる……。
そんなちょっと変わった思考を持っている人間たちって、私の偏見かもしれないが、ソフトボールやそれに類似している野球というスポーツ経験者しかありえないではないだろうか?
少なくとも、私にはないものだった。
同じ球技繋がりのテニスや卓球は、誰かが何かを投げるわけでないから、多分、方向性がちょっと違う気がする。
なんとなくミオを見ると、私と同じことを考えたのか、無言で勢いよく首を横に振っていた。
ミオも知らなかった、らしい。
秘密の多いこの先輩の謎がまた深まった気がする。
「あと、魔法とは関係ないが、時々出る『武士』ってなんだ? マオがその言葉を聞くだけで、かなり笑うんだが……」
私は別に「武士」という言葉に反応しているわけではない。
単純に、彼らのあのやりとりが、いろいろな意味で面白くて、つい、笑いを止められなくなってしまうだけなのだ。
真面目な勝負中に、自分の女主人のちょっと変わった言葉遣いに対して、「武士か!? 」などと突っ込む男従者がどこの世界にいる?
「『武士』とは、人間界での職業だな」
「「職業……?」」
私とミオが疑問を呈する。
「間違ってはいないはずだが?」
でも、あっているとも言い難い。
いや、確かに、改めて「武士」というものについて語れと言われたら困るものがある。
この世界で言う、兵士や騎士ともちょっと違う。
そう考えると、結構、難しい。
「正しくは、昔の職業だな。カズト……、いや、イズミに聞けば知ってるだろう。『日本刀』を作るような男だからな」
先輩は少し考えて、情報を追加した。
流石に、武士をただの「職業」の括りにするのは何かが違うと思ったのだろう。
「その後に、ミオは大きな火の鳥を出したよな?」
「もっとすげえのに食われたけどな」
それは、明らかに不服そうな顔だった。
分かりやすく、相打ちだったからだろう。
だけど、あのミオが、得意属性の火炎系魔法同士で互角となったのは、いつ以来だろうか?
「そもそも、なんであの『スザク』という火の鳥は鳴くんだ?」
「栞ちゃんの『朱雀』という鳥に対するイメージがそうなのだろう」
「その分、かなりの魔法力を無駄にしている気がするんだが」
「そこじゃねえ!! なんで、あんなのを召喚するんだよ!?」
ミオは思わず叫んだ。
「ミオ……。分かっていると思うけど、アレは召喚獣じゃないよ?」
確かに生き物のような動きをした。
だが、アレは生き物ではない。
「分かってるよ!! だけど、ほぼ、召喚獣の動きだっただろう?」
そこまでの再現性、いや、あの子の想像力と創造力がおかしいのだ。
まるで召喚するかのように、空想上の生き物を、自分の魔力だけで作り上げるなど普通は考えらないことである。
それを、トルクは「魔法力の無駄」だと思っているようだが、そうではない。
魔法国家を含めて、大多数の人間がそこまでできないだけだ。
魔界人が、自分の魔力だけで、生物を創り上げるというのは、それだけ難しいことなのだから。
「生き物のように自在に動かした方が、ただの炎に対処しやすいと思ったのだろう」
その言葉にミオに口元が引き攣った。
「まあ、実際、ミオの炎の後ろに回り込んで嘴攻撃も、やっていたからな」
トルクは、ミオのその変化した雰囲気にも気付かずに追い打ちをかける。
今、先輩は、ミオの魔法を「ただの炎」と称したのだ。
それは、自分の主人が使ったあの魔法はその「ただの炎」とは一線を画すと言うことである。
そして、その言葉は、魔法国家の誇りを刺激する行為でもあった。
比較された相手が悪いとはいえ、面と向かって口にされては、魔法国家の王女としての立場などを含めた自尊心に何らかの影響を与えることだろう。
「でも、相打ちでしたね」
私はそう言った。
高田の朱雀は、ミオの大鳥を食い散らすと消えてしまったから。
「役目を果たしたからね」
「でも、高田は打ち勝つつもりだったようですよ?」
あの大鳥が消えた直後、悔しがっていた様子だったから。
普通に考えれば、魔法国家の王女と引き分けただけでも十分だけど、彼女は納得しなかったのだ。
つまり、あの朱雀は、役目を果たした、というよりも、ミオの魔法に攻撃するだけで、それを維持し続ける魔力が不足してしまったのだと思う。
つまりは、魔力が枯渇したということになる。
「だけど、お前たち、驚かなかったよな? 特に、マオなんか、すっげえ、興奮しそうな魔法だったのに」
ミオが食ってかかかるが、人をどこかの魔法オタクみたいに言わないで欲しい。
「まあ、二回目だからね」
「同じく。俺も見たことがある」
「は?」
「つい最近、ここでミオがいない間に見せてもらったからね」
正しくは、ミオが勝手にいなくなった後に見ることになったのだけど……。
「なんで言ってないんだよ!?」
「いや、言わないで勝負したら、どちらが強いか気になって?」
実際、面白かった。
まさか、ミオのイメージに勝るとも劣らない魔法だったなんて、そっちの方に驚いてしまったくらいに。
「しかし、あの様子だと、他の四神も出せるのか?」
「ああ、青龍、白虎、玄武だね」
他には麒麟だっけ?
ただ「麒麟」に関しては、なんとなく、お酒のイメージが強すぎるのは、人間界が悪いと思う。
「いや、無理じゃないかな」
黒髪の解説者は冷静に言った。
「確かに、イメージすることはできるかもしれないけど、少なくとも、あれほど強くはならないだろうね」
「なんで?」
断言されたことに、ミオは不思議そうに問い返した。
だが、私も同じような考えだ。
「あの『朱雀』は多分、ミオが前に見せた大鳥がベースになっているはずだからじゃないかな」
初めて見せてくれた時も、そんなことを言っていた覚えがある。
大きな火を見せて欲しいと願ったら、「大きな鳥」と何度も呟き、そして、炎に包まれた鳥を召喚したのだ。
「そうなると、私が、他の四神を創り出せたら、いけるかもしれないってことか?」
ちょっと待って?
私の妹はどこへ行こうと言うのだろう?
仮に、それができてしまったなら、ますます相手を強くしてしまうだけだと思う。
でも、自分たちには絶対に使えない魔法。
それを事もなげに使いこなすあの子の魔法をもっと見たいという気持ちは悔しいくらいによく分かってしまう。
どんな状況でも、魔法に対する好奇心を抑えきれない魔法国家のサガ。
この身に流れる血は、国がなくなったとしても、消えることはないのだ。
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