明確な目的意識
「ねえ、この勝負。先輩はどこまで予測していた?」
少し離れた場所で、ことの成り行きを見守っていた黒髪の青年に、私は確認する。
「あの2人のことだから、何かをやらかすだろうなとは思っていたが、想像以上のことをしでかしたな」
褐色肌の少年を守りながらも、涼しい声で応えた。
そして、そこに驚きはない。
「想像以上」と口にしながらも、まるで、始めから全て予想通りだったとでも言うように。
「いやいやいや! それだけでは全く分からん! ユーヤ、解説してくれ」
すぐ傍にいるトルクが、彼に説明を求める。
何故、私じゃないのかが気になったけれど、それも無理はないだろう。
今の魔法勝負は、どう見たって、魔法国家が通常、考えているようなものではなかったのだから。
激しい爆発音や衝撃、光や空気、炎の渦が入れ混じった後、その場に立っていたのは、ミオだけだった。
そのミオ自身も、かなり疲労困憊が見て取れる。
黒髪の護衛青年は、いつものように小柄な主人を守り、そのまま倒れて意識を飛ばしたようだ。
そして、その守られたはずの主人も天を仰いでいた。
彼女については、意識はあるようだが、護衛青年に庇われた姿勢のまま動こうとはしなかった。
その時点で、勝負は決していた。
「俺なんかの解説より、ヤツらと勝負をしたミオルカ王女殿下本人に聞いた方が良くないか?」
「お前、明らかに疲れ切った状態のミオに説明させるとか酷いだろう?」
互いに苦笑し合いながら、言い合う青年たち。
呑気なものだ。
今の一戦は、魔法国家の人間たちが見ていたとしても、その全てを理解できたかどうか怪しいぐらいのものだったのに。
特に最後の爆発なんて、なんでそれが起こったのかも分からなかったことだろう。
そもそも、魔法国家の人間たちがする魔法勝負はもっと単純なものだ。
攻撃魔法を放ち、防御魔法や補助魔法でそれらを防いで反撃する。
力には力で対抗する、完全に脳みそまで筋肉になっているんじゃないかと思うような思考を持った魔法使いが多すぎることが原因だと思っている。
勿論、勝負となると、多少の駆け引きは当然あるが、弱点属性とかそういったことを意識する程度のものだ。
分かりやすく例を上げるならば、多くの魔法国家の住民たちは、「土槍魔法」が来たら、なんらかの「防御魔法」をして、自分が怪我しないように身を守るようにするだろう。
少なくとも「土槍魔法」のような攻撃魔法を、「掘削魔法」で地面ごと削り取って、魔法、魔力の影響を削ぎ取るというような発想をしない。
私は、あの後輩だけがこの世界の魔法に対して、不思議な発想をすると思っていたのだけど、どうも、それはあの護衛青年の影響があるのではないかと今回のことで気付かされた。
そして、同時に彼も彼女も生まれる場所を間違えたとしか思えない。
いや、彼らはその場所で生まれたからこそ、あれらの発想を育てる土壌が出来上がったと言えなくもないのだけど。
「どこから説明がいる?」
「マオの『始め』の合図から、あの2人が倒れるまで」
「つまり、全部だな」
「そうとも言う」
本当は全部でなくても分かっているだろうけど、トルクは念のために確認しておきたいのだろう。
先ほど、自分が見ていた光景に間違いがないかどうかを。
「いや、そんなことよりあの2人を助け起こさなくても良いの?」
だけど、流石にあのまま、地面に放置するのはどうだろうか?
「九十九は意識を飛ばしただけだし、栞ちゃんは意識があるけど、上に乗っかっている不心得者を動かしたくないだけだ。放っておいても大丈夫だよ」
「寧ろ、邪魔してやるな。ツクモのご褒美時間だ」
「彼の意識がないのに、ご褒美も何もないと思うのだけど」
だが、放っておいても問題ないというのは同意見だ。
ミオも2人を置いて、こっちに来たし。
「2人相手は流石にしんどいな。高田に攻撃手法が加わって、さらに面倒になっている」
前髪を掻き上げながら、ミオは大きく息を吐いた。
「その割には嬉しそうだよ」
「3年近く、ずっと成長してきた2人を見てきたからな。強くなるのは大歓迎だ」
そこに悔しさはない。
明らかに追いつかれようとしているのに。
それは、ミオが長く、フレイミアム大陸から離れているため、だけではない。
それを言えば、あの2人、高田も九十九くんも、出身地であるシルヴァーレン大陸から同じぐらい離れているのだ。
つまり条件に大きな差はない。
それでも、あの2人は成長し続けている。
ミオとの違いは、明確な目標意識。
そこに誰にも負けないほどの強い意思があるから。
九十九くんは、彼女を護り続けるために。
そして、護られる立場にあるはずの高田は、周囲の足手纏いにならないように。
単純に、漠然と今よりももっと強くなりたい、ぐらいの意識しか持ち合わせていないミオでは、いずれ、2人に抜かされていくだろう。
魔法国家の王族などと偉そうに言ったところで、既にその国はない。
いずれ、「大陸神のご加護」という、反則じみた恩恵は消えていくと思っている。
消える前に故国の再興ができれば可能性はあるかもしれないが、あの姉は既に見切りを付けていた。
―――― 女王陛下と王配殿下はもうないものと思え
それは、難を逃れた国民たちの意識を纏めるための命令。
始めはその言葉に戸惑っていた国民たちも、数ヶ月も音沙汰がなかった時点で諦め、見切り、そして、心の整理はある程度ついたはずだ。
今は新天地で、姉とその伴侶を中心として、新たな国を興そうとそれぞれ奮闘していることだろう。
あの姉とその伴侶には不安しかないが。
「傍から見ていてどうだった?」
「面白かったよ」
ミオの問いかけに、私は素直に答える。
「アリッサムみたいに血沸き肉躍るような勝負ではなくて、ミオの魔法に対して、2人して淡々と対策していく姿が」
「……あれはヤツらが可笑しい。魔法勝負中に日常会話レベルのお喋りって、どれだけ余裕があるんだよ」
確かに早口にもならず、ちゃんと2人は会話していた。
なるほど、対戦相手にとっては、あの状態は余裕がある行為に見えるのか。
「仲が良いよね」
「いや、あの状況をそう解釈するか?」
「2人が互いを信頼し合っている図は微笑ましく見えたけど」
互いのすることに、万一の失敗もないと信じ切っている姿は、共闘として理想ではないだろうか。
「ああ、傍から見ればそうなのか」
ミオは溜息を吐く。
「余裕ってそういうことじゃないの?」
「何を話しているかは聞こえなくても、ヤツらが悪巧みをしている図にしか見えねえ! 特に高田! 作戦がいちいちえげつねえ!!」
まあ、見事にしてやられた側だから、そう思うのも無理はないのか。
そして、あれらの作戦の立案者は、本来、働く護衛ではなく、あの主人側にあると言っている点もちょっと面白い話だと思う。
高田には、それだけの黒さがあり、逆にあの九十九くんにはないと言い切っていることになる。
「勝負を分けたのは、最終的に『魔気の護り』だったからねぇ」
ミオとしては不本意な決着の形だっただろう。
魔法で終わらせれることができず、無意識に発動した「体内魔気」で相手の意識を奪ったのだから。
それだけ、あの2人はミオを追い詰めたということだ。
魔法国家アリッサムの中でも女王陛下、王配殿下に次ぐ魔法の持ち主を。
「ミオ……。俺はこれから、ユーヤに解説してもらうが、一緒に聞くか?」
「…………聞く」
少し迷ったようだが、第三者からの客観的な話を聞きたかったらしい。
「俺の見解など、魔法国家の王女殿下たちの耳汚しになるだけだぞ」
苦笑しながら先輩はそんなことを言ったが、それは、謙遜が過ぎるだろう。
先ほどの現象について、はっきり口にできる人間がいるとしたら、恐らくはこの人だけだ。
私も、恐らくミオも、言葉としては知っていても、それを目の当たりにしたのは初めてのことだった。
―――― 水蒸気爆発
彼らは、この化学的な現象を、恐ろしいほどの攻撃手法として利用したのだから。
水蒸気爆発については……(以下略)
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