あの人を越えるつもりなら
「どうして、こうなった?」
「お前、その言葉、好きだよな」
思わず呟いたわたしに対して、そんなことを言う九十九。
「いや、この世界の感覚にまだ慣れなくて……」
「まあ、仕方ねえよな」
九十九が溜息を吐く。
今、わたしと九十九は、水尾先輩との魔法勝負の準備をしているところだった。
先ほど、水尾先輩は三人纏めて……と言ったが、流石に、雄也さんが苦笑して断りを入れたのだ。
雄也さんは、「一戦目は、リヒトの守りに専念する」そうだ。
いや、リヒトの守りは当然、必要になるけど、「一戦目」ってなんでしょうか?
そして、必然的にトルクスタン王子は真央先輩の守りとなる。
でも、見た感じ、以前のように、背後から抱き締めて……は、周囲の人間が多いためか流石にしないらしい。
「さて、どうしようか?」
そんなわけで、わたしは九十九と向き合った。
セントポーリア国王陛下と魔法勝負をした時みたいに、気が進まない様子ならどうしようか?
「水尾さんの魔法なら、お前も慣れてるよな」
だが、思った以上に九十九はあっさりとそう答える。
「セントポーリア国王陛下の時と、反応が違い過ぎやしませんか?」
思わずそう言ってしまった。
あなた、あの時は、わたしを戦わせたくないみたいなことを言ってませんでしたっけ?
「国王と、王族ではレベルが違い過ぎるんだよ。あの時は、国王陛下がオレたち相手に、どこまで手加減してくれるのか、全く分からんかったからな」
「まあ、確かに」
どちらとも対峙した経験があるから、九十九の言葉はよく分かる。
魔法を使う態勢になった時の感覚が違い過ぎるのだ。
セントポーリア国王陛下が魔法を放つ段階になる時は、「風属性」に耐性がある程度強いはずのわたしでも、肌をめった刺しにするように突き刺さる風の気配を感じた。
そして、恐らく、あれでも手加減をしてくれていたのだろう。
九十九と共闘した大聖堂の地下はともかく、セントポーリア城の地下でわたしに向けられたあの方の魔法は、もっとずっと強かったから。
「それに、水尾さんを相手にすることはお互い、慣れてるだろう?」
確かに思考も読みやすくはなる。
それは、お互い様なのだろうけど。
「つまり、つい昨日完成した九十九の新作焼き菓子で釣る?」
「マジで釣れそうだよな」
九十九がわたしの提案に苦笑する。
正直、「ふざけるな」とか言われるかと思ったのだけど……。
「水尾さんの魔法なら、お前はある程度耐性が付いているから、そこまで心配してねえんだよ」
「それも、感応症の効果?」
「そうなるんだろうな」
近くにいるだけで、その相手が使う魔法の耐性も高くなるのか。
「雷の剣は使う?」
情報国家の国王陛下すら驚いたアレならば、水尾先輩の意表を突くことはできるだろう。
「やめとく。できる限り、珍しい攻撃手段は晒したくねえ」
「珍しい魔法攻撃こそ、彼女たちは見たいと思うよ」
そう言いながら、水尾先輩と真央先輩を見る。
真央先輩はトルクスタン王子と話しているし、水尾先輩は一人で何やら集中しているようだ。
「珍しい魔法なら、お前の魔法だけで十分だ」
「ふむ」
セントポーリア国王陛下との共闘プレイとは既に状況が変わっている。
わたしにも攻撃手段ができたことはかなり大きいだろう。
「ねえ、九十九」
「ん?」
「あの水尾先輩を2人がかりでも倒せたら、強くなったと言えるかな」
「相手は魔法国家の王族とは言っても、こっちは2人だからな。でも、壁や床に叩きつけられたあの時よりは、少し自信になるんじゃねえか?」
九十九はそう言って水尾先輩を見る。
水尾先輩の全身から、ゆらりとした紅い炎が揺れて見える気がした。
ある程度、準備が完了したようだ。
「雷の剣を使わないなら、今回は、どうする?」
「お前が攻撃で、オレが補助する方が、バランスが良さそうだな」
「本当にセントポーリア国王陛下との共闘とは違うんだね」
慣れているとは言っても、以前とは本当に違うところが不思議で仕方ない。
「オレの攻撃で水尾さんに通るかが全く分からん。でも、お前の攻撃なら通る可能性がある」
「何故に?」
九十九にできないことをわたしができると断言できる理由が分からない。
「セントポーリア国王陛下は風が主体だ。使う魔法が風属性ってだけでなく、風属性魔法に対しての耐性が桁違いってことは十分、分かるだろう? 風属性魔法しか使えなかったお前が、同じ土俵で戦うには相手が悪すぎたんだよ」
「なるほどね」
相手の得意分野で勝負してしまったということか。
九十九の反対も、今なら分からなくもないが、あの勝負を受けたから、セントポーリア城で過ごすことを許された気がしなくもない。
「対して、水尾さんは火属性。オレとお前の魔法が同じ風属性を主体としているなら、純粋に魔力が強いお前の方が良い」
ちゃんと理屈があるらしい。
「それに、シルヴァーレン大陸の頂点に立つセントポーリア国王陛下には負けるのは仕方ないと諦めもつくが、あの水尾さんに対してそんな無様が許されるか?」
「許されないね」
そんな逃げの姿勢など、見逃してくれる人ではないのだ。
「でも、火属性に強いとなると……、水?」
「火属性魔法に対して、単純な水魔法は逆効果だ。最悪、水蒸気爆発を起こすぞ」
「水蒸気爆発?」
何だろう?
その不穏な響きは……。
どこかで聞いたことがある気はするのだけど、それが具体的にどんな現象かは分からない。
でも、九十九が「最悪」という単語を口にした以上、かなりの爆発現象なんだろうなと言うことだけはよく分かった。
「水蒸気爆発と言うのは、水が非常に温度の高い物質と接触して、気化した結果、発生する爆発現象のことだな。熱した鉄板などに水を零すと激しい音とともに弾け飛ぶだろ? あれも同じことだよ」
「へ~。あの現象を『水蒸気爆発』って言うのか」
なんとなく、フライパンとかにうっかり水滴が落ちた時のことを思い出す。
あれって、音も激しいし、熱くなった水滴は飛んでくるし、かなり怖いよね。
「他には、人間界で揚げ物調理に引火した時、絶対に水をかけるなって言われたことがあるのは覚えていないか?」
「言われた気がするけど、覚えてないな」
覚えているのは、揚げ物中には絶対に目を離すなということだった。
そもそも、中学生でどれだけの人間が揚げ物にチャレンジをしたことがあるのだろうか?
わたしも、天ぷらやドーナツは好きだったけど、流石に、自分で揚げようと思ったことはなかった。
その……、油跳ねが怖くて……。
「揚げ物に引火、油が発火する温度は300度を超える。水が瞬間的に蒸発するには十分な温度だ。そうなると水の体積が一気に増大し、水蒸気爆発という現象が引き起こされる。家を吹き飛ばすほどの威力になることもあるぞ」
なんとなく、化学とか数学っぽい話になってきた気がする。
しかも、家を吹っ飛ばすと言うのは、かなりの爆発事故ではないだろうか?
揚げ物、やっぱり怖い。
「因みに、魔界でもその水蒸気爆発現象というやつは起きる?」
「起きる可能性はある。魔界は、調理や調薬、電気に関しては、人間界と法則が異なるが、それ以外の化学現象が極端に違うわけじゃねえ」
「なるほど。じゃあ、こう言うのはどう?」
わたしは、先ほどの話を聞いて、九十九に提案してみる。
「お前、簡単に言うけど……」
九十九はわたしの提案を聞いて、どこか呆れたような反応をした後、その立案の不備を教えてくれた。
「それなら、こうしてみようか」
さらに、わたしは補正案を出す。
そして、こちらの方が、明らかに成功率が高いかもしれない。
「多分、水尾先輩は頭が良い人だから、その爆発事故、『水蒸気爆発』についても、人間界で聞き覚えはあると思う」
わたしが聞いたことあるぐらいだからね。
「それでも、対応される可能性はあるぞ」
「水尾先輩相手に単純な魔法を使う正攻法が通用すると思う?」
「いや、全然」
九十九は迷うことなく返答した。
「それなら、九十九の料理で釣るか。もしくは、奇策を用いるかって話になるんじゃないの?」
「いろいろ突っ込みたい部分があるが、負ける気はないんだな」
「へ? これって、勝負なのでしょ?」
「そうだな」
わたしの言葉に何故か九十九は苦笑する。
「水尾さんのガス抜きが目的なら、勝っちゃまずいんじゃねえのか?」
「おお。そう言えば……」
確かに、本来はそれが目的だった。
「それに、本気で勝つつもりなのが、すげえよ」
「そう?」
「おお。相手は魔法国家の王女だ」
「だから、負けて当然だ……とでも?」
「いや、あの迫力を前にして、自信を失わないのはすげえと思っているだけだ」
なるほど……。
その気持ちも分かる。
だけど……。
「セントポーリア城内で、セントポーリア国王陛下と勝負したら、大半の相手は平気になると思うよ」
わたしはそう言いきった。
あの方はこの世界で第二位の魔力保持者だ。
そして、そんな人を本気で越えるつもりなら、まずは目の前の相手を越える必要があると、よく分からないままにわたしはそう思ったのだった。
今回の話に出てくる水蒸気爆発については、突っ込み所がありますが、暫し、静観をお願いいたします。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




