ガス抜きをしよう
「ここを出る前に、ガス抜きを図ろうか」
「ガス抜き?」
雄也さんの提案に、トルクスタン王子が不思議そうな顔をした。
「せっかく、良質な結界のある場所だ。ここから発つ前に彼女たちの精神を安定させた方が良いだろう」
「あ? ミオもマオも十分、安定させただろう?」
そんなトルクスタン王子の言葉に、何故か、水尾先輩が容赦なく、顔に向かって爆発魔法をぶっ放し、真央先輩すら、彼の足を力強く踏むという暴挙に出た。
「せ、先輩がた?」
その反応は、いくら何でも、酷すぎはしませんか?
「高田は気にするな」
「そうそう。ちょっとトルクの無神経な発言に苛立っただけだから」
水尾先輩と真央先輩がわたしの視線に気付いて、そう言った。
でも、無神経な発言とは一体……?
「栞」
「ん?」
「これ以上、触れてやるな」
わたしの肩に手を置いた九十九が、どこか気まずそうな顔をしながらもそう言った。
よく分からないけれど、これ以上、深く追求しない方が良いらしい。
でも、何度もトルクスタン王子が酷い目に遭う姿を見せつけられたままなのも、ちょっと困る。
喧嘩するほど仲が良いと言う。
そして、当事者であるトルクスタン王子自身はそこまで気にしていないようなので、第三者のわたしが気にするのもおかしな話ではあるのだけど、単純に精神衛生上の問題と言うか。
「栞ちゃん」
「はい」
今度は雄也さんから声をかけられた。
「見ての通り、彼女たちは些細なことで苛立ってしまう状態にある。だから、ストレス解消の必要があると言うことは理解できるかい?」
ああ、なるほど。
情緒不安定……というか、精神的に不安定っぽい気がする。
確かに二人とも、ちょっと様子がおかしいことはよく分かった。
「でも、ガス抜きって……?」
つまりはストレス解消をさせる場を設けると言うことだ。
単純に考えれば、水尾先輩は、いつものように魔法を連発すれば良い気がする。
でも、攻撃魔法があまり得意ではない真央先輩は、どうすれば良いのだろうか?
「一般的にストレス解消に良いのは、適度な運動と、食事や睡眠。趣味に没頭する。日常から離れること」
九十九が何かを思い出すようにそう言った。
最近、彼が料理青年から医学青年にもなりつつあるのは気のせいか?
いや、もともと「薬師」を志していたのだから、人間界でもある程度学んではいたのだろうけど。
「他には、よく笑うこと……かな?」
「笑う?」
確かに思いっきり笑うと、気分がすっきりすることはあるけど……。
「笑うと、副交感神経が優位に働くからな。精神的に落ち着くんだよ。それに、気分が高まる脳内麻薬もいろいろ分泌されるらしい。人間界の知識だから、魔界人の脳でも同じようになるかは分からんが」
確かに、人間界の人間と魔界人は生殖機能を含めた身体の構成、構造はよく似ているらしい。
実際、人間と魔界人の間に子供が生まれることからも、それは間違いないだろう。
だが、本当に微妙なズレ程度ではあるが、脳内の構造が少しだけ違うそうな。
ただ人間界と違って、医学が発達していない世界なので、脳についてはサンプルとなる資料、判断材料となる物が少なすぎて、本当にそれが正しいのかも断言できないらしいけど。
「そんなわけで、誰をご指名するかい?」
「「「へ?」」」
「「あ?」」
雄也さんの問いかけに、きょとんとした反応を返したのが、わたしと九十九、そして真央先輩。
短く問い返したのが、水尾先輩とトルクスタン王子。
「魔法国家のガス抜き、ストレス解消は、古来より、『魔法勝負』一択だろう? そのために、王国主催で小半年に一度、魔法大会を開き、見るも良し、参加するも良し、と聞いていたが、違ったかな?」
なんでしょう?
その少年漫画のノリの大会は……。
そして、「小半年」ってなんでしょうか?
「確かに、三ヶ月に一度、王族は観賞のみの、魔法祭は行われていたけど、あれって、ガス抜きだったの?」
「ああ、アレか。私は参加できなかったので、かえって、ストレスが溜まったやつだな」
どうしよう?
あまりにも、突っ込みどころが多すぎる。
季節ごとに一度とか、王族が鑑賞だけで満足できるはずがないとか。
魔法大会って物騒な響きのものが、王国主催の祭りと言い切る辺りとか。
何よりも、それが国を挙げてのお祭りが、ただのストレス解消として雄也さんに認知されているところとか!
「三ヶ月に一度って結構な頻度じゃねえか?」
「まあ、魔法国家だからな。頻繁に順位も変動するらしい。その頂点を守り切るのは難しいが、少なくとも一年防衛ができなければ、聖騎士団長の任命すらされないと聞いている」
九十九と雄也さんの会話で、突っ込みどころがもっと増えてしまった。
頂点を一年間防衛、つまりは、四回連続その大会とやらで優勝することが、聖騎士団長任命の条件ってどれだけなの!?
「王族不参加は当然だな。ミオが一人勝ちしてしまう」
「いや、私でも、ラスブール級との連戦だときついぞ」
「ラスブールは流石に頭一つ抜けてたから、連戦はないだろうけど、聖騎士団の隊長クラスが続くとあの頃のミオならきつかったかもね」
ああ、さらにトルクスタン王子の言葉に加えて、水尾先輩や真央先輩が突っ込み所を増やしていく。
「お、お願いです。そろそろ勘弁してください」
「「「「何が?」」」」
雄也さんとリヒトを除いた全員が、頭の中で突っ込み疲れてぐったりとしてしまったわたしの懇願に、疑問を呈した。
え?
この場合、おかしいのはわたしなの?
「つまり、私が望めば、先輩でも魔法勝負の相手をしてくれるってことか?」
水尾先輩が不敵に笑った。
そう言えば、この2人の魔法勝負って、見たことがない。
いや、雄也さん自身が魔法で誰かと戦う図が想像もできない。
だから、どんな勝負になるのか見当もつかなかった。
「『召喚魔法』の使用制限がなければ喜んで」
雄也さんがいつものように、にっこりと微笑んだ。
そして、何故に「召喚魔法」?
「パス!! 九十九と先輩の『召喚魔法』は絶対不可だ!!」
ぬ?
水尾先輩が珍しく、相手の魔法に制限を設けましたよ?
ちょっと意外だね。
「あれ? 弱点攻撃は、魔法祭でもよくあったことじゃない?」
「先輩は絶対、的確に弱点を突くから不許可だ」
真央先輩が思い出したかのように言うが、水尾先輩はそれでも許せないらしい。
水尾先輩の弱点?
全ての属性の耐性が高いのに?
「全力を出すことは許されないらしい。つまり、俺たちと魔法勝負をやるにしても、ハンデ戦だそうだ、九十九」
「魔法国家の王女殿下相手にハンデって、普通は逆じゃねえか?」
「そこの兄弟! 実は分かっていて言ってるだろう!?」
どうやら、この様子だと、雄也さんはともかく、九十九も水尾先輩の弱点を知っているらしい。
それも「召喚魔法」という言葉から、特定の何かを出す……ってことかな?
わたしで言う「犬」みたいに、水尾先輩も、苦手なものがあるってことか。
「ミオの弱点なら、俺も興味があるな。しかも、『召喚魔法』なら、俺でも使えると言うことか」
「おいこら!!」
確かに「空属性」を得意とするカルセオラリアの王子なら、契約にもよるだろうけど、召喚魔法も使える気がする。
「ふむ。このままじゃ、埒が明かないかな」
真央先輩が大きく息を吐いた。
「それなら、いっそのこと、ミオと高田VS笹ヶ谷兄弟&トルクで魔法勝負って言うのは?」
「「断る」」
どこか嬉しそうな真央先輩の提案に、雄也さんと九十九が同時に返答した。
「まあ、ちょっとそれでは、ミオとシオリの方に戦力が片寄り過ぎではないないか?」
「え~? トルクの結界ならミオや高田の魔法も防ぐでしょう?」
「護りだけでは勝てない。団体戦なら、ミオとシオリを分けるべきだ」
えっと、なかなか真面目な勝負になりつつある気がするのですが、わたしの気のせいでしょうか?
「ごちゃごちゃ考えるのは、面倒だ」
水尾先輩がわたしたちを睨みつける。
「笹ヶ谷兄弟と高田。お前ら三人纏めて相手してやる!」
魔法国家の王女さまは、そんなとんでもないことを言ってのけたのだった。
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