【第63章― 向かう風たち ―】ようやく旅立てる?
この話から63章です。
よろしくお願いいたします。
さて、思った以上に「ゆめの郷」の滞在期間が延びてしまった。
だが、もともと、わたしはセントポーリアの手配書から逃げているだけで、特別、目的地があって、動いているわけではない。
安全な場所があれば、そこに長く留まるのはおかしな話ではなった。
実際、ストレリチア城や大聖堂の滞在はかなり長いし、カルセオラリア城だって、それなりの期間を過ごしている。
そして、この「ゆめの郷」は、各国、各大陸においても特殊な区域ということもあり、隠れ住むならば打って付けの場所だと言えた。
ただ、今回、問題となるのは、通常の宿泊地より高額になってしまったこと。
安い宿泊施設を利用すれば、もっと価格を押さえられたのだろうけど、それは雄也さんが許さなかった。
曰く……。
「いろいろな意味で責任を負え」
……とのこと。
結果として、長居した宿泊費用は、これまでにないかなりの金額になったらしいのだけど、その詳細は不明。
教えてもらえなかった。
そして、九十九が支払う時に、好奇心で後ろから覗き込んだトルクスタン王子がその顔色を失くし、いつものように朗らかに笑うこともできなかった金額だったことに間違いはないだろう。
支払い当事者である九十九は、顔色一つ変えず、「思ったよりは安かった」などと言っていたわけだが。
もしかしなくても、彼は日頃から高額な食材等を使わなければ、そう遠くない未来に憧れの「エアロシューティングスター」も買えてしまうのではないだろうか。
「それで、今後の進路だが……」
そう言いながら、昼食後、雄也さんが久し振りに地図を広げる。
「栞ちゃんの要望で、弓術国家ローダンセに向かうことにする」
「良いのか?」
雄也さんの言葉に、トルクスタン王子が反応した。
もともと、彼はその国へ行きたがっていたのだ。
わたしたちにはっきりとした目的が定まっていない以上、分かりやすい場所を目指した方が良いだろう。
「主人の要望だ。従うしかあるまい」
雄也さんは大袈裟に溜息を吐く。
「そうか。ありがとう、シオリ!!」
そう言って、トルクスタン王子が両腕を広げてわたしに飛びつこうとするが……。
「学習しない男だな」
雄也さんがまたも大きく息を吐いた。
「だ、大丈夫ですか!?」
今、物凄い音と爆炎を、かなりの至近距離で見た気がする。
それらは自分に向けられたものではなかったためか、「魔気の護り」は発動していなかった。
「大丈夫だ、栞。この方が、これぐらいでなんとかなるはずがない」
周囲の結界を維持しながら、九十九がそう言うが……。
「水尾先輩の魔法をまともに食らったのに!?」
仮にも魔法国家の第三王女の魔法だ。
それを至近距離で食らって、魔法耐性で劣ると言われる機械国家の第二王子が耐えられるはずがない……と思われそうだが、毎回、不思議とトルクスタン王子はけろりとしているのだ。
「ミオ! なんで、お前はいちいち、魔法をぶっ放すんだ!?」
「公衆の面前で、いきなり高田に抱き着こうとするからだ、この痴漢!!」
それでも、周囲に結界を張られているとは言っても、容赦なく魔法をぶっ放すのはどうかとわたしも思う。
それほど水尾先輩は分かりやすく、ご機嫌斜めのようだった。
それも無理はない話だ。
わたしたちが離れていろいろなことがあった間に、水尾先輩と真央先輩の方もいろいろと大変な目に遭ったらしい。
だが、残念ながら彼女たちが泊まっていた宿泊施設には、一般家庭にある「契約の間」のように自由に魔法を使える場所がなかった。
この「ゆめの郷」内で、周囲に気兼ねなく魔法が使えそうな場所は、少し離れたところにあるあの不思議な広場のみ。
しかし、外出すれば、全く関係がない第三者に、迷惑をかけてしまうような不安定な精神状態にあった。
だから、水尾先輩は、思うように魔法をぶっ放すこともできず、ずっとストレスを貯め込んでいたらしい。
八つ当たりにも似た魔法を食らったトルクスタン王子は本当に気の毒としか言いようもないが、本人はその点について全く気にしていない様子である。
ある意味、度量がでかい。
さて、ここはその「ゆめの郷」内のとある飲食店。
例の高級宿泊施設で支払いを済ませた後、ここで次に向かう場所についての話をしているところであった。
実は、このお店。
わたしは利用するのが初めてではない。
以前、宿から飛び出した時、ソウに連れられて来た所である。
だけど、不思議なことに、あれからまだそんなに経っていないというのに、酷く懐かしい感じがしてしまった。
「この水は、大丈夫だよな?」
水尾先輩が恐る恐る確認する。
「ああ、先に『薬物判定植物』で確認してあるから、大丈夫だと思うよ」
雄也さんがそう答えた。
しかし、いつの間に、確認したのだろうか?
食事中にも飲用水の提供はあったため、既に、二杯目の水ではあるのだが、水尾先輩やわたしたちがここまで警戒するのにも、ちゃんと理由がある。
わたしたちが水尾先輩や真央先輩たちと離れている間に、あの宿泊施設でいろいろあったらしい。
ここで「らしい」と伝聞なのは、あの場所で何があったのかという基本的なことを、関係者たちが多くを語らないからだ。
九十九は雄也さんと情報共有をしているため、知っているらしい。
ただ、九十九が言うには、一番の犠牲者は何故かリヒトだった……とのこと。
それでなくても、この場所では言語に不自由していたはずの彼の身に何があったと言うのだろうか?
わたしは、ここに来てからというもの、自分のことで本当にいっぱいいっぱいだった。
自分の心に全く余裕がなくなって、彼のことを構うこともできなくなってしまっていたのだ。
わたしたち人間と違って、リヒトは精霊族……、長耳族だ。
幼い頃に母親と死に別れ、長い間、同族に虐げられていたと聞いている。
そんな彼を、半ば無理矢理、同族たちの集落から引き離したと言うのに、放置してしまったとか。
わたしには、責任感というモノがないのだろうか?
確かに世話係のような雄也さんや、通訳できるトルクスタン王子に任せていた部分はあるのだけど、わたしはわたしで、ちゃんと彼に接する必要があるというのに。
「また余計なこと、考えてるだろう?」
九十九にそう言われて、思考の渦巻きから解放される。
「今回のことは、お前も完全な被害者だからな。だから、周囲のことまで深く考えるな。自分のことだけ気にしてろ」
そう言いながら、頭をポンポンと軽く叩かれた。
「う、うん」
なんで、周りのことを考えていたなんて、分かっちゃうんだろう?
わたしは、九十九が何を考えているか分からない時の方が多いのに。
「そこの主従は前にも増して、仲良くなってるな」
トルクスタン王子がポツリと言った。
「もしかして、ようやく、ヤったのか?」
そんな無遠慮な問いかけに対し……。
「「やってません」」
九十九と間髪入れずに反応する。
いろいろと突っ込み所はあったけれど、「ようやく」ってなんだ?
だが、トルクスタン王子は、わたしたちのその返答を聞くことができなかった。
「この痴れ者があああああああっ!!」
そんな怒号と共に、その声に見合った爆発系魔法がトルクスタン王子を弾き飛ばしたからだ。
範囲は狭く、そして、確実にトルクスタン王子を捉えるその水尾先輩の魔法は、本当に見事だと感心するべきか。
結界があるとはいえ、周囲をもう少しだけ気にしてくださいと言うべきか。
迷うところである。
「まあ、いつものペースに戻りつつある……のか?」
雄也さんすら判断が付きにくいこの状況。
こんな風に、わたしたちの旅は再び、始まろうとしていたのだった。
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