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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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それでも彼女は揺らがない

「愚弟はちゃんとやってるかい?」


 俯いたままの黒髪の主人に対して、ふとそんなことを口にしていた。


「九十九はいつも、ちゃんとしてくれますよ」


 俺からの問いかけに答えるため、顔を上げて反応する。


 そこにあるのは絶大なる信頼。

 一度はそれを大きく損なう行動をされたというのに、それでも、彼女は揺らがない。


 それはどんな心から来るものだろうか?


「そうかい? 異性に対する気遣いがかなり足りていない弟だから、どうしても、気になってしまうんだ」


 報告があったその結果だけを見れば、あの「ゆめ」に対する態度は、護衛としては悪くないが、()()()()()()()()としか言いようがない。


 護衛としての本分を全うする気があるのなら、始めから、あの女性を「ゆめ」として扱うべきだったのだ。


 それすらできないと分かっていれば、「ゆめ」として来たあの女性を自分の部屋に引き入れるべきではなかった。


 少しでも昔の関係を匂わせ、僅かでも心を引き摺ったヤツが悪い。


「そうですか? 九十九は優しいですよ」


 黒髪の主人は穏やかに微笑む。


 あの愚弟は「優しい」と表現するのは少し違うだろう。

 ヤツは、ああ見えて、不要と感じれば、切り捨てることぐらいはできる。


 あの「ゆめ」に対してすぐにそれをしなかったのは、少しだけの情が残っていたのだろうけど。


「キミが不快な思いをしていなければ、良いんだ」


 ヤツは本当に阿呆なぐらい報告書をきっちりと書いてくる。

 たまに「正気か? 」と疑いたくなるような事実まで。


 だが、本当に正しくその全てを書いているかどうかは、ヤツ自身にしか分からないのだ。

 自分の醜い部分は誰だって見せたくないものだから。


「ただ、我が儘が過ぎるようなら、いつでも言って欲しい」

「九十九が、我が儘?」


 不思議そうに問いかけてくる。


「アイツは十分、我が儘だよ」

「そう、ですか?」


 戸惑いがちな返答。


 どうやら、ヤツは彼女の前で、十分、猫の皮を被ることは出来ているらしい。


「でも、それを気付かせない程度には成長しているのかな」


 周囲は気付いている。

 それに気付かないのは恐らく護衛対象であるこの黒髪の主人だけだ。


 言葉巧みに、彼女を誘導して気付かせないようにしつつ、己の願望を果たす。

 いつの間にそんなことができるようになったのか。


 そして、もともとヤツの望みは高いものではない。

 だが、その全ては目の前にいる主人に注がれる。


 ある意味、タチが悪すぎる願望。


 その最も分かりやすい例が「護魂(ごこん)の宣誓」。

 自分の魂を、相手の魂に縛り付ける誓い。


 人間界の騎士の忠誠のように、儀式めいただけのものとは意味合いが大きく異なる。

 単純な口約束、お飾りの口上ではない。


 アレは一種の「契約魔法」なのだから。


 そして、魂に対する「契約魔法」である以上、その結びつきは強くなる。

 その誓いを一方的に破棄すれば、それなりの「(ペナルティ)」があるのだ。


 ()()()()()()()()()()()だ。


 自身の生殺与奪の権利を他者に委ねるなんて、昔の何も考えていない時期ならともかく、今の俺にできる気はしない。


 だが、不思議なこともある。


 それだけの契約だと言うのに、「強制命令服従魔法(めいじゅ)」と呼ばれるもう一つの縛りが発動しなかった。


 その「縛り」にかかるような重い「契約」だったと言うのに。


 やはり、その基準が分からない。


 幼い頃に施された「契約魔法」。

 その時期に分からなかった(しがらみ)は、今ならよく分かる。


 一度、契約者に改めて確認すべきだろうか?


 そう考えて思い直す。

 その相手から余計な勘繰りを入れられても、今後がやりにくい。


 十数年にも及ぶ関係で、それなりの信頼を得ていると自負してはいるが、あの契約者の身内に関する振る舞いは、時として自他共に認めるほど感情的になってしまう部分がある。


 弟からの報告でも、その身内からの手紙からも明らかだ。


「雄也さん。この機会にちょっとお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 思考に没頭していた俺を見かねてか。


 彼女はそんな風に声をかける。


「ライトが言っていた『呪い』。本当に解く方法があるのでしょうか?」


 それは純粋なる疑問。


 だが、丁度そのことを考えていた俺にとっては心臓を掴まれるほどの問いかけであった。


「あるよ」


 俺がそう答えると、一瞬だけ目を大きくし、立て直す。


 夢を見ているのは彼女自身だ。

 そして、夢とは意識の一部でもある。


 そこで、感情を抑えると言うことは難しいのだが、今のはなかなか見事だった。


 確かに王家の秘術とされる「強制命令服従魔法(めいじゅ)」は、強力な「契約魔法」の一種である。


 だが、あの紅い髪の青年が口にした通り、神ではなく人間がする以上、穴がないわけでもない。


「一番、問題がないのは、あの青年が言っていたとおり、契約者が解呪、つまり契約を破棄すること」


 それが契約としては一般的な手段だ。

 但し、双方の合意が必要となる。


 そして、俺たち兄弟は契約破棄を望まない。


 あの時、彼女たちを護るために、「強制命令服従魔法(めいじゅ)」という契約(しばり)を受け入れたのだ。


 まだ状況の判断を含めて、幼い時分だったとは言っても、それ自体に間違いはなかったと今でも思う。


 そもそもが、高貴なる血が流れる方の「従者(世話係)」に異性が選ばれることが普通ではないのだ。


 女性主人に男性護衛は珍しくもないが、昼夜も問わず付き従う人間として異性が選ばれるのは稀である。


 本来なら、師であるミヤドリードにこの母娘の世話を一任してもおかしくはない話ではあるのだが、秘匿していただけで、公式的にはミヤドリードは情報国家の王妹殿下という立場にあった。


 逆ならともかく、他国の王妹であるミヤドリードをあの母娘の下に付けるわけにはいかなかったことだろう。


 まあ、あのミヤなら嬉々として受け入れそうではあるのだが。


「他には、別の契約魔法で、追加契約をすることもあるよ」

「追加契約、というと?」

「例えば、特定の誰かに従う契約魔法を交わした後に、先に契約した特定の誰かよりも後に契約する別の誰かを優先させる契約、とかかな?」

「えっと、つまり、以前の契約を生かしたままだけど、後の契約を優先すると言うことですか?」

「そうなるね。追加する契約者が、最初の契約者と同一でなければ、割り込み契約にもなる荒業かな」


 俺たちの二つの「強制命令服従魔法(めいじゅ)」は「主人の『命令』には絶対服従」という分かりやすい契約から始まり、その後、同じ契約者から別の「契約」を上乗せされることとなった。


 尤も……。


「前の契約を生かすなら、先の契約者以上の魔力を必要とするけどね」

「おおう」


 そんなに簡単に契約の上書き、上乗せができれば苦労はない。


 この世界は基本的に魔力至上主義だ。

 法力や機械があっても、その一点だけは変わらない。


 だからこそ、かつては、魔法国家アリッサムが序列一位だった。


 そして、今。

 この世界の頂点に立つほどの魔力を持っているのは、あの紅い髪の青年の言う通り、セントポーリア国王陛下なのだろう。


 魔法国家アリッサムの王女殿下たちも魔力は確かに強いが、フレイミアム大陸から離れて久しい。


 対して、シルヴァーレン大陸にほぼ常駐しているセントポーリア国王陛下。

 しかも、他の王族が頼れない以上、嫌でも魔力を強めなければいけない立場にある。


 あの御方を越えるのは容易ではないが、唯一、越える人間が現れるとすれば、それは……。


「雄也さん。わたし、少し考えたのですけれど……」


 そんな俺の思考を止めるように、黒髪の愛らしい主人が顔を上げる。


「こう言う考え方って、どうなのでしょうか?」


 と、自身の考え方を口にする。


 それは誰もが一度は思考する子供の夢に近いような、成人した者が理屈付ける逆説的な考えに近いような、そんな話だった。


 柔軟な考え方、発想だからできる思考。

 凝り固まった人間は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 だが、面白いと思ってしまう。


「面白いと思うよ」


 少なくとも、現実世界で試してみる価値はあると思う程度には……。


 そして、万一、失敗しても、そこにリスクはない点が良い。

 今と全く変わらないだけだ。


 だが……。


「でも、それは契約の上書きに近くなるから、どちらにしても、栞ちゃんの魔力が今よりもっと強くなってからの話になるね」

「うぐっ!!」


 今のままでは成功しないだろう。


 だが、この先は分からない。


 セントポーリア国王陛下は確かに常に魔力を磨き続けているが、それは王位を継承してからの話だと聞いている。


 本来、一番、成長が期待できる「魔力成長期」も終わりかけた時期から、始まったのだ。


 だが、この主人は違う。


 この「魔力成長期」呼ばれる時期は、個人差があっても15歳から25歳にかけての期間である。


 黒髪の小柄な主人は、15歳になって間もない頃から、自分たち兄弟から離れることが少なく、魔法国家アリッサムの王女と行動を供にしている。


 そして、ジギタリスの王子や法力国家ストレリチアの王女とも出会い、魔力感応症と呼ばれるものを受け続けてきたのだ。


 これまでの間、魔法国家の王女直々の魔法指導を受け、さらに、自身の父親からも魔法指導を受けたとも聞いている。


 その上、古代魔法の才を持ち、「聖女」の資質を秘めている。

 だから、本来はあり得ない奇跡を起こしてしまうことは十二分に考えられた。


「わ、わたしが、頑張れば、()()()()()()()()()()()()()()


 近付くどころか越える可能性すらある女性は、謙虚にもそんな問いかけをする。


 どこまでも自分を分かっていない黒髪の主人。

 そんな彼女に向かって俺は、自分の考えを口にする。


「キミが努力を怠らなければ、俺と弟に施された『強制命令服従魔法(めいじゅ)』はいずれ、解けると思うよ」


 それは本当のことだが、彼女がこの夢の中での出来事をどれだけ覚えているかは分からない。


 だから、力強く頷く主人をこの瞳に焼き付ける。


 黒い髪、黒い瞳に力強い光を持つ俺の主人。

 強い思いを秘めて、目的を定めれば、決して迷うことなく突き進む強い女性。


 だが、今回ばかりは、その強い想いも、きっと叶うことはないだろう。


 望んで得た「繋がり」は、呪いのように俺たちを心まで縛り付ける。

 だが、その「呪い」がある限り、いつまでも傍にいることを許されている。


 情報国家すら欲しがるあの母娘との「()()」を、自ら断ち切ることを望むような馬鹿にはなれない。


 か細くも力強い縁。

 それを護るためなら、俺たち兄弟は、どんな泥でも被るだろう。


 そこに後悔はないが……。


 その歪んだ思いを知った時、この主人がどんな顔をするのか。

 それだけはどうしても、気にかかってしまう。


 この強い瞳から、零れ落ちる雫が、どんな宝玉よりも綺麗なことを知っているから。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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