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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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その瞳には光が宿る

 他者の夢の中はいろいろだが、彼女の夢は本当に何度亘っても不思議だと思う。


 大半の人間は夢の中で、自分の中にある印象的な風景を思い浮かべるものだが、俺の主人()()はどうも無欲なのか、白い霧に包まれているような景色が多いのだ。


 その理由は、何年経っても分からない。


 そんな場所に、俺は小柄な主人を腕に抱えていた。


 警戒する相手がいなくなった今、このままの体勢でいる理由はないので、素直に離れて少し後ろに下がる。


 気を悪くされた様子はないが、少し、複雑な気分にもなる。

 弟はよく平気でいられるものだ。


「雄也さんは、彼の言った意味は、分かりますか?」


 俯きがちに黒髪の主人は問いかけ、俺の姿を見る。

 そして、目を見開いた。


「あれ……?」


 どうやら、今、気付いてくれたらしい。


「ああ、これ?」


 でも、まさか、そこまで驚かれるとは思ってもいなかった。

 その真っすぐすぎる反応に、なんとなく気恥ずかしくなる。


「魔法力の節約、かな」

「魔法力の、節約?」

「他者の夢に入り込む魔法は種類によっていろいろな制限があってね。いつもの姿でも大丈夫だけど、相手の年齢に合わせた姿に調整した方が、長居がしやすいんだよ」


 夢へ介入する魔法は、俺の場合、かなりの魔法力を消費する。


 現在の姿でも入り込むことは可能だが、相手と同じ年齢に合わせた方が、消費が少なくて済むのだ。


 ただ、それを持続させるためには集中力もいるのだけど。


「相手の年齢ってことは、今の姿は18歳雄也さんってことでしょうか?」

「そうだね。この姿は18歳のものだよ。でも、もう流石に昔ほど姿に大差はなくなったかな」


 そう言いながら、自分の身体を確認する。

 もうあまりよく覚えていないが、18歳の自分はこんな身体だったのだろう。


「雄也さん、ありがとうございます」

「何が?」


 不意に礼を言われたために、その意味を掴みかねた。


「わざわざ姿を見せてまで護ってくださって」

「いや、もっと早く姿を見せるべきだったと反省している。少しだけ、怖い思いをさせてごめんね」


 その点は大きく反省すべき部分である。


 だが……。


「怖い思い?」


 俺の言葉に対して、彼女は不思議そうな顔を見せた。


「叫ぶほど嫌なことだっただろ?」

「ああ」


 俺が確認すると、ようやく、何かに思い至ったらしい。


「あの時は、彼の雰囲気が変わっていたから、すっごく怖かったんですよね」


 そう言いながら、彼女は自分を護るよう両腕を組んだ。


「来たのが弟じゃなくてごめんね」


 あの時、彼女は他の誰でもなく、弟の名を呼んだ。


 それだけ、幾度となく、あの男が彼女の危難を救ってきたということでもあるのかもしれない。


 ピンチの時に助けてくれる存在。

 それは、護衛としても、男としても誉れだと言えるだろう。


 それを、当事者であるあの弟に聞かせることができなかったのは、ヤツにとって、不幸なことだったか。

 それとも、その逆だったのか。


 俺にも分からなかった。


「いえ、いくら九十九でも夢の中まで来るのは無理でしょうから」


 それはそうだ。


 夢の中に入る魔法は誰でも使えるものではない。


 特殊な条件を必要とするため、恐らく、()()()()()使()()()()()()()()()()()()と思っている。


「改めて、わたしを助けに来てくださって、ありがとうございます」

「俺も、一応、キミの護衛だからね」


 光の当たるところは弟に任せている。

 俺ができることなんて、その光の陰に隠れて動くことぐらいだ。


 自分が、あの愚弟のように分かりやすく身体を張って誰かを護るなんて柄じゃないことをすれば、自分だけではなく、周囲もそれなりに傷つくことを俺はこの歳になってようやく理解できたのだから。


「そんな顔をしなくて良いよ。俺がしたくてやったことだし、彼にもお礼をしなければいけないところだったから」

「へ?」


 俺の言葉に対して、彼女は意表を突かれたような表情を向けた。


「今回、ここで彼が栞ちゃんに話してくれたことは、俺たちに対する彼なりの御礼だったんだろうね」


 確かに彼女が忘れるとは言っても、その全てを忘れるわけではない。


 彼女の記憶のどこかには残っている。

 それが何かのきっかけで出てこない保証は全くないのだ。


 それを知らないわけはないのに、彼は、今回、いつも以上に深い部分を伝えた。

 情報として貰い過ぎだと感じてしまうほどに。


 しかも、俺が、この夢にいることを承知して彼女に伝えようとしたのだ。

 それならば、導き出される結論はそう多くないだろう。


 彼は、俺に今回の働きの対価として、俺たちが()()()()()()()()()()()()のだ。


「ど、どういうことですか?」

「栞ちゃんには話していなかったけれど、今回、彼らと利害が一致してね。ちょっとした協力関係にあったんだ。彼としては不本意な形だっただろうけどね」


 だから、ちょっとやり返す意味で、俺を釣り上げる気になったのだろう。


「ええっ!?」


 どうやら、弟は何も話していなかったらしい。


 そんな気はしていた。


 危険から遠ざけるばかりが護衛ではないのだが、できる限り、彼女には人間たちの「闇」を知らずに生きて欲しいと願いたくなる気持ちは分からなくもない。


 だが、やはり彼女もある程度は知っておくべきことだ。

 それが、危険から身を守る術にも繋がるのだから。


「彼はこの『ゆめの郷』を改善したかった。そして、俺たち、というか、カルセオラリアの第二王子殿下はスカルウォーク大陸の膿を出したかった」

「スカルウォーク大陸の……、膿?」


 始まりはそんな話だった。


 動いているうちに、別の動きに気付いただけだ。


「この『ゆめの郷』は合法的な組織だったのに、誰もが知らない間に、違法な組織になっていたんだよ」

「ええっ!?」


 法律は、各国の裁量によって形成されている規則の大本である。


 だが、公人とは言え、人間の身で別の人間たちを裁くために作った決まり事など、僅かでも所が変われば意味もなさなくなることも多い。


 つまりは、その土地の支配者が自分にとって都合よく領域内にいる人間を動かしたいだけの話だ。


 この「ゆめの郷」という組織形態そのものも、この世界では「発情期」というものがあるから許容されているだけで、他者の欲望を満たすだけの行為を容認したくない人種も少なからずいることだろう。


 そんな中での規則を「合法」、「違法」と断ずるなど、笑いが出てしまう。


 そして、それを突き詰めた所で、曖昧な境界線を浮き彫りにして矛盾や二重基準を掘り起こすだけの行為でしかない。


 しかし、人間界の法の下で育った彼女には明確な区分をする際に必要な言葉だろう。


「各国の共同運営による公営組織のはずが、気が付けば、私利私欲で動かされる私営組織に成り代わっていたんだ。カルセオラリアとしては、見過ごせなかったし、組織側としても、捨て置けなかったというわけだね」

「公金を横領されていたようなもの、でしょうか?」

「もっと悪いかな」


 彼女に考えられる悪として出てきた言葉は、利益の侵害だったようだが、残念ながら今回はそれだけでは終わらなかった。


 いや、()()()()()()()()ではあるのだが、もっとタチが悪い。


 正常な思考を薬物で奪い、人間としての尊厳すら踏みにじる行為が日常的に行われていたのだ。


「公金を横領し、物資の横流しした上、住人達を道具、いや、奴隷のように扱っていたみたいだからね」

「酷いってレベルじゃなかった!?」


 「奴隷」より、「道具」の方が扱いとしては悪い。


 だが、彼女には耳慣れない単語を使う方が、その衝撃も強まる気がした。


「そ、その住人たちというのは、『ゆめ』や『ゆな』だけですか? その、()()()()とかも含まれるとか?」


 その言葉で、彼女が何を心配しているのかよく分かる。


「うん。住人達と言うのは、『ゆめ』や『ゆな』だけではなく、ここにいる商人や、勿論、警備の人間も含まれることになる。全てではないけどね」

「そんな……」


 彼女の顔は血の気が引いた色に変わった。


 今回は、この場所に彼女の友人や知り合いもいたらしい。

 それは、なんともやりにくい話であり、やりきれない結果を齎してしまった。


「具体的に、住人たちがどんな扱いをされていたかを伺ってもよろしいでしょうか?」


 その質問は当然の話だ。


 多少なりとも関わった。

 しかも、その対象には見知った人間たちもいたのだ。


 少しでも縁ができた相手を気にするのは、実に彼女らしいとも思えるが……。


「栞ちゃんは、聞かない方が良いと思うよ」


 こればかりは、賛同できない。


 彼女は王族ではあるが、公式的な地位にない以上、人間の汚さ、厭らしさを知る必要はないのだ。


 人間は知識ある生物だ。

 だから、どこまでも傲慢に残虐にもなれる。


「そう、ですね……」


 迷いながらも、彼女は理解する。


 自身にはその「闇」に耐えられないことを。


「でも、九十九は知ってるよ」

「え?」

「ヤツは関係者だからね。知る権利があるので、伝えている」


 いや、ヤツが引き起こした部分もあるのだ。

 ある程度、自身で折り合いを付けてもらうしかない。


「栞ちゃんも全くの無関係ではないのだけど、この場所の闇まで知る必要はないと判断した」


 それに対して、今回、彼女は本当に巻き込まれただけだ。


 だから、その深みまで知る必要などない。


「九十九も同じ考えだ。聞いた上で、栞ちゃんは知る必要はない、と」


 そう言うと彼女は俯いた。


 それは、仲間外れにされているというような子供じみた疎外感を覚えているわけではないのだろう。


 顔を下に向けながらも、その瞳には強い光が宿ったままだったのだから。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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