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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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我が儘が過ぎるなら

 現実とは思えないほど真っ白い世界。

 紅い髪の青年は姿を消し、そこにわたしと黒髪の青年は残された。


 警戒する相手がいなくなったことを確認して、わたしの肩に回されていた腕がするりと力を失くし、離れた。


 その気配から、少し後ろに下がったことが分かる。


 不思議だ。


 触感がなく、嗅覚もあまり働いている気がしない。

 視覚と聴覚はお仕事をしているが、味覚は、分からない。


 そんな世界だと言うのに、何故か、人の気配だけはいつも以上にはっきり分かるのだ。


「雄也さんは、彼の言った意味が、分かりますか?」


 彼はその姿を消す前、雄也さんに向かって「護衛の本分を果たせ」と口にした。


 その言葉が表す意味。


 それはなんとなく分かるが、ちゃんと確認しておきたい気がして、わたしは背後の青年を改めて見る。


「あれ……?」


 我ながら間の抜けた声が出た。


 いや、気付かなかったのだ。

 これまでずっと、雄也さんはその姿をしていたのに。


「ああ、これ?」


 雄也さんは、どこか照れくさそうに頬を指でかく。


「魔法力の節約、かな」

「魔法力の、節約?」


 いつもと雰囲気が少しだけ違う青年はそんなことを言った。


「他者の夢に入り込む魔法は種類によっていろいろな制限があってね。いつもの姿でも大丈夫だけど、()()()()()()()()()()姿()()調()()した方が、長居がしやすいんだよ」


 夢の中に長居? と思わなくもないが、それだけわたしをいろいろな方向から護ってくれていたと納得することにする。


「相手の年齢ってことは、今の姿は18歳雄也さんってことでしょうか?」

「そうだね。この姿は18歳のものだよ。でも、もう流石に昔ほど姿に大差はなくなったかな」


 そう言って、雄也さんは自分の身体を見回した。


 確かに姿かたちはそう変わらない気がする。

 でも、やはり少し、どこか違う。


 二年ほど前、ストレリチアで髪を切っている時期の雄也さん、()()()()だ。


 今より髪の毛が短いせいか、なんとなく、九十九と似ていた。

 その点においては、やはり兄弟としか言えないけど、纏っている雰囲気は全然違う。


 同じ歳でも、雄也さんの方が、やや色気があると言うか?


 いや、最近の九十九も妙に色気が出てきた気がする。


 なんか、あの「発情期」が落ち着いた後から、雰囲気が甘くなって、言動や仕草に艶が出てきた。


 あれ?

 もしかして、18歳って、色気が出る歳なの?


 いや、雄也さんは初めて出会った17歳の時点で既に溢れていた気がする。


 いや、そんなことよりも……。


「雄也さん、ありがとうございます」

「何が?」


 何故か、きょとんとされた。


「わざわざ姿を見せてまで護ってくださって」

「いや、もっと早く姿を見せるべきだったと反省している。少しだけ、怖い思いをさせてごめんね」

「怖い思い?」


 はて?

 そんな覚えはないが……。


「叫ぶほど嫌なことだっただろ?」

「ああ」


 ライトに迫られたこと……か。


「あの時は、()()()()()()()()()()()()()()、すっごく怖かったんですよね」


 何度か見たが、ライトがあの濁った瞳になると、心臓ごと鷲掴んで握りつぶされるような息苦しさを感じるのだ。


 だから、思わず叫んでしまった。

 九十九の名を。


「来たのが弟じゃなくてごめんね」


 九十九によく似た顔の青年にそう言われると、少し複雑な気持ちになるのは何故だろうか?


「いえ、いくら九十九でも夢の中まで来るのは無理でしょうから」


 呼べば飛んできてくれる護衛も、声が届かなければ来てくれることはないだろう。


 それに、いくら護衛とは言っても、夢の中まで護る必要などないのだ。


 確かに彼はわたしの心を護ってくれると誓ってはくれたが、わたしは夢の中での出来事をほとんど覚えていないのだから。


 それでも、あの時、そう叫ばずにはいられなかった。

 他の誰でもない彼の名を。


 わたしは、どれだけ()()()()()()()()()()()()()()のだろうか?


「改めて、わたしを助けに来てくださって、ありがとうございます」

「俺も、一応、キミの護衛だからね」


 雄也さんはそう言うが、「一応」ではない。

 九十九だけではなく、この人も、いつだってわたしを護ってくれている。


 今回のことだって、ライトの前に姿を現す必要なんて全くなかったのに、わたしのために姿を見せてくれたのだ。


「そんな顔をしなくて良いよ。俺がしたくてやったことだし、彼にもお礼をしなければいけないところだったから」

「へ?」


 この場合の「彼」って、ライトのこと……だよね?


 なんで、あの人にお礼?


「今回、ここで彼が栞ちゃんに話してくれたことは、俺たちに対する彼なりの御礼だったんだろうね」

「ど、どういうことですか?」

「栞ちゃんには話していなかったけれど、今回、彼らと利害が一致してね。ちょっとした協力関係にあったんだ。彼としては不本意な形だっただろうけどね」

「ええっ!?」


 何それ!?

 いつの間に、そんな話になっていたの!?


 敵対勢力とまさかの共闘!?

 少年漫画の熱い展開にありそうだよね。


「彼はこの『ゆめの郷』を改善したかった。そして、俺たち、というか、カルセオラリアの第二王子殿下はスカルウォーク大陸の膿を出したかった」

「スカルウォーク大陸の、膿?」

「この『ゆめの郷』は合法的な組織だったのに、誰もが知らない間に、違法な組織になっていたんだよ」

「ええっ!?」


 管理されている遊郭が合法として扱われていたのは分からなくもない。

 人間界でもそんな時代があったから。


 だけど、それが違法な組織になっていたなんて……。


「各国の共同運営による公営組織のはずが、気が付けば、私利私欲で動かされる私営組織に成り代わっていたんだ。カルセオラリアとしては、見過ごせなかったし、組織側としても、捨て置けなかったというわけだね」

「公金を横領されていたようなもの、でしょうか?」

「もっと悪いかな。公金を横領し、物資の横流しした上、住人達を道具、いや、奴隷のように扱っていたみたいだからね」

「酷いってレベルじゃなかった!?」


 ちょっと待って!?

 一気に情報量が増えた。


 しかも、住人たちを奴隷のように扱うって……。


「そ、その住人たちというのは、『ゆめ』や『ゆな』だけですか? その、警備の人とかも含まれるとか?」

「うん。住人達と言うのは、『ゆめ』や『ゆな』だけではなく、ここにいる商人や、勿論、警備の人間も含まれることになる。全てではないけどね」

「そんな……」


 いや、落ち着け。

 わたしの頭に一瞬ちらついたことは、多分、違う。


 あの人は一ヶ月前に来たと言っていた。


 それなら、もしかして、ライトのように、この「ゆめの郷」を改善したくて、潜り込んでいたとしたら?


 それよりも、ライトの「命令」で潜り込んでいた可能性すらある。

 だけど、ここで、「ゆめ」だったミオリさんは……?


「具体的に、住人たちがどんな扱いをされていたかを伺ってもよろしいでしょうか?」

「栞ちゃんは、()()()()()()()()と思うよ」


 いつまでも平和なままのわたしの頭に思いっきり冷えた水をぶっかけるような雄也さんの言葉。


 内容について、はっきりと言わないのは、彼の優しさか。


「そう、ですね」


 少なくとも、わたしは嫌な思いをさせられたのだ。


 それまでに酷い目に遭っていたとしても、それで、相手の都合や感情も考えず、一方的に縋りついて、自分を救って欲しいと考えるだけの人に、同情はしたくない。


 それでも、その相手が、今後も不幸になって欲しいと願いたいわけでもなかった。


 わたしは、偽善者なのだろうか?


「でも、九十九は知ってるよ」

「え?」


 雄也さんの言葉に、わたしはどんな顔を返すことができたのか分からない。


()()()()()()()()()ね。知る権利があるので、伝えている。栞ちゃんも全くの無関係ではないのだけど、この場所の闇まで知る必要はないと判断した」


 それを聞いて九十九は、どう思ったのだろうか?


「九十九も同じ考えだ。聞いた上で、栞ちゃんは知る必要はない、と」


 雄也さんが判断して、九十九も同じ考えなら、わたしは今後も聞かせてもらうことはないのだろう。


 この場所の「闇」と言うからには、単純な好奇心や興味本位で首を突っ込んで良い世界ではないということだ。


 それは、もしかしたら、ソウやライトの国であるミラージュ以上の汚泥に包まれているのかもしれない。


 人間界だって、「娼館」や「遊郭」に纏わる闇はかなり根深かったらしいし。


 だから、あの女性がどうなったのか。

 その顛末は知りたかったけれど、それは、余計な感情だと言うことは分かっている。


 人間界で出会っていたのに、わたしが気付けずにすれ違っていた女性。


 不器用で感情的である意味、自分の心に素直だった、九十九の元恋人さん。


「愚弟はちゃんとやってるかい?」


 不意に雄也さんからそんな言葉をかけられた。


 でも、九十九は兄であり上司でもある雄也さんに対して、離れていても通信珠などを使ってマメに報告しているはずだ。


 それなのに、わざわざわたしに確認したということは、気を使われたのだろうか?


「九十九はいつも、ちゃんとしてくれますよ」


 わたしは素直にそう答える。


 実際、わたしの生活は、九十九がいなければ成り立ちにくい部分がある。

 この世界で生活を続け、知れば知るほど、独り立ちにはまだまだ遠いことを実感していた。


 もう18歳にもなったと言うのに、わたしはまだ彼らに依存し続けている。

 せめて、物質召喚や収納の魔法を使えなければ、話にならない気はするのだけど。


「そうかい? 異性に対する気遣いがかなり足りていない弟だから、どうしても、気になってしまうんだ」

「そうですか? 九十九は優しいですよ」


 雄也さんのレベルを九十九に求めようとは思わない。


 万一、そんなことになってしまったら、奇声を幾つ上げても足りない気がする。


 だって、あの顔で、あの声で、甘く気遣うような言葉とか……。

 とんでもない話だ。


 わたしの魂は守られるどころか、大変なことになってしまう。


「キミが不快な思いをしていなければ、良いんだ。ただ、我が儘が過ぎるようなら、いつでも言って欲しい」

「九十九が、我が儘?」


 あまり想像できない。


 基本的に口は悪いけど、彼は自分の心を殺してでも、わたしを優先してしまうぐらいなのに。


「アイツは十分、我が儘だよ」


 困惑しているわたしに対して、雄也さんがそう言った。


「そう、ですか?」

「でも、それを気付かせない程度には成長しているのかな」


 少しだけ、口元を緩ませる雄也さんに、やはり兄として弟のことは気になるものなのだろうと思ったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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