自分は自分でしかない
ライトの口から、淡々と告げられたその言葉に、いろいろな意味でぞっとする。
そんな人から、わたしは多少の手加減をされていたとはいえ、魔法を向けられていたのか。
まさか、あの方が、水尾先輩以上だとはあまり意識していなかった。
それなら、わたしが勝てるはずもない。
でも、確かにあの方は、水尾先輩のように多彩な魔法を操り、実戦慣れをしている感じはなかったが、風属性の魔法に関しては、基本的な風魔法すら、かなりの威力だったことを思い出す。
単に、わたしが風属性魔法に対する耐性が高いからなんとかなっているように見えただけで、普通の人ならどうだったのだろうか?
その人を、越えろと?
いや、待て。
先ほどの話には、もっと考えなければいけないことがいっぱいあった気がする。
あのセントポーリア国王陛下がアリッサムの女王陛下に次いで、世界第二位と言われるほどの魔力を持つようになった理由。
そこに至るには、本来、助けとなるはずの周囲には期待できず、自身が強くなる以外の道がなかったと。
それは、大陸を維持し続けるための魔力的な意味では、今も、周囲の助けがないと言うことではないか?
「まあ、そんなあの方を越えるのは難しいが、幸い、お前には大陸神の加護以外にも様々な加護がある。恐らくは不可能ではない」
ライトはそんなことを言うが、わたしは、それどころではなかった。
それどころではなくなってしまった。
確かに九十九や雄也さんに施された「命呪」については、なんとかしたい。
でも、それ以上に、もっと考えなければいけないことがある気がする。
わたしが、あの方の娘である以上、避けては通れない道。
いや、今まで、意識的に目を逸らしていた道。
これまで、あの方は一度も、わたしに強制をしようとはしなかった。
あの時点で、わたしは魔法が自在に使えなくても、それなりに魔力があることは伝わっていたはずなのに、それでも、「国に残れ」とは言わなかった。
わたしがいた方が、面倒ごとも多いだろうけど、魔力的な負担は少しぐらい減らせたはずだ。
王族とは言っても、たった一人の魔力で、大陸全土を支え続けるなんて、限度もあるし、無謀過ぎることぐらい、理解もできているだろうに。
それでも、あの方は、わたしに「自由」を許した。
「あれこれ考えているようだが、ヤツらの『呪い』を解くにしても、『父親の手助け』をするにしても、お前の魔力がもっと強くならねば話にならんことだ。精々、足掻け。『導きの聖女』様」
ああ、そうか。
彼には、わたしの迷いも伝わっているのか。
それなら、話は早い。
さくっと聞いてみよう。
「なんで……」
「あ?」
「なんで、セントポーリア国王陛下には周囲の助けがないの?」
単純に国王陛下を王妃殿下や王子殿下が様々な分野で手伝っていない……、だけだとは思えない。
その、確かにわたしがいた短い期間内だけでは判断しにくい部分ではある。
だが、尋ねてくる人の多さ。
届く文書の種類や数。
わたしがお手伝いをしたものが全てとは思っていないけれど、少なくとも、国王としての人望はある印象ではあったのだ。
そんなわたしを見て、ライトは肩を竦めた。
「あの方は滅多なことでは他人を信じようとしない。これが最大の原因だな」
「他人を、信じようとしない?」
「相当信用できない限りは、仕事を他者に振らない。そして、できるだけ自分で解決しようとしている。あれでは、後続は育たん。だが、その方が効率も良いことが分かっているから、周囲も頼りきり、任せきりにもなる」
「おおう……」
あっさりと言い切られたその言葉に、わたしも少なからず、心当たりがあった。
わたしが見ただけでもそうだったのだ。
これまでどれだけ、そんな状態でいたのだろうか?
「だが、その点については、優秀な補佐がついた。もう少し時間はかかるだろうが、彼女がいれば、頂点がいなくても、事務仕事程度なら、なんとか回せるシステムになっていくはずだ」
「凄いね、優秀な補佐」
あえて、誰のこととは確認しないし、わたしからも言わない。
それでも、ちゃんと伝わることは分かっているから。
「元気そうだぞ、お前の母親」
まるで、いつかどこかで聞いたような言葉。
だから、あの時ほど動揺しない。
「知ってる。あの人が元気をなくすなんて、あんまり想像できない」
どこに行っても逞しく強い我が母親。
ちょっとしたことで自信を失い、迷うわたしとは大違いだ。
「そうか?」
だが、彼は不思議そうな顔をした。
「あの人も十分、迷ったし、迷っているぞ」
「へ?」
「少なくとも、お前の前だけでは母親であろうとした結果だな」
事も無げにそう言うライトの姿に、なんとなく、腹が立った。
わたしの母親のことなのに、わたし以上に彼が、あの母のことを理解している気がして。
「分かりやすく言えば、事務的な部分以外で、国王陛下の役に立てないんだ。身分も地位もない。古代魔法を使えても、自身の魔力が強いわけでもない。お前なら、どう思う? 一番、大事な部分で支えられない自分を」
「一番、大事な部分を支えられない?」
それは母の立場を代弁した言葉なのだろうけど、わたしはそう思わなかった。
「そうかな? そんな状況にあって、国王陛下の『御心』を支えられるあの人は逆に凄いと思うよ」
確かに事務仕事ぐらいしかできないかもしれない。
それでも、あの方は、母を見て笑う。
それを、セントポーリア城で何度も見てきたのだ。
母が口にする他愛のない言葉。
母が感情豊かに変化させる表情。
そんな娘のわたしにとっては見慣れた母親の姿を見て、セントポーリア国王陛下は、普通の男性のように笑うのだ。
あれを見て、母の役目は単純な事務仕事だけではないと思ったのだ。
いや、あれこそが、セントポーリア国王陛下にとって、今までになかった大事な時間だとすら思えたのだ。
それを齎した自分の母親を誇らしくもあり、同時に、少しだけ面白くない感情もあったことは認めよう。
母親が、「母の顔」をしていなかったわけではない。
いつでも、わたしの前では、マイペースで、周りを振り回す母のままだった。
違ったのは、セントポーリア国王陛下の方だ。
あの方が、母に対しては、わたしとは別の顔を見せていることが、なんとなく、かなり複雑だった。
「魔力がないからって、無力なわけでもないからね」
自分にないものを嘆いて足を止める人ではない。
あるものを探し出して、前に進もうとする人だ。
だからこそ、中心国の王たちが集う会合に姿を見せることを許されるほどにもなった。
そこにどれだけの努力を必要としたのかは、わたしにも分からない。
でも、だからわたしは、常に進み続けようとするあの母に、一生、勝てる気がしないのだ。
「なるほど。あの母にしてこの娘あり……か」
褒められているのだろうか?
褒められていると思うことにしよう。
「お前の母が、この世界に呼ばれ、ここで『聖女』の血を引くお前が生まれた理由も分かる気がする」
そんなことを言われても嬉しくない。
「なんで皆、そんなにわたしを『聖女』にしたがるのかな?」
わたしは、「聖女」になんかなりたくないのに。
「皆、自分以外の何かに縋りたいからだ」
「そんな対象は、神さまだけにして欲しいよ」
普通の人間でいたいわたしは、肩を竦めるしかない。
「逆に、何故、そこまでお前が『聖女』を否定したくなるのかが分からない」
「へ?」
なんか、意外な言葉を言われた気がする。
そう言えば、誰からも、その部分を指摘されたことはなかった。
大神官である恭哉兄ちゃんからも、身近にいる九十九や雄也さんからも。
「俺は『聖女の血を引く』と事実しか言っていない。お前を『聖女にしたい』とは言っていないのだが?」
先ほどの台詞だけ抜き取れば、確かにそうだけど……。
「よく言うよ。わたしのことを何度も『聖女』と呼んでおきながら……」
皮肉を含めて、何度も彼はわたしのことを「聖女」と言っていた。
それは、わたしを「聖女」として見ていることに他ならない。
「あなたはなんで、わたしが『聖女』を否定したくなるのか分からないって言ったね。でも、わたしからすれば、自然なことなんだよ」
周囲がどう言おうと、わたしはわたしでしかない。
そして……。
「誰がなんと言っても、『聖女』と呼ばれた人たちも、その当事者からすれば、『普通の女性』でしかないんだから」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




