どこまで信じて良いものか?
ライトは簡単に言ってくれる。
言ってくれるが、その簡単な言葉には物凄い情報量が込められていた。
彼は軽く言った。
「実質、世界第二位の男を越えてみろよ、『導きの聖女』様」
と……。
「ちょっと待って?」
「なんだ?」
「まず、『世界第二位の男』って何?」
「包み隠さず言えば、セントポーリア国王陛下のことだな。魔法国家アリッサムの女王陛下に次ぐ魔力の持ち主だ」
本当に包み隠さなかった。
いや、そこじゃなくて……。
「なんで分かるの?」
「術者のことか? ヤツらに強力な首輪を付けるとしたら、お前の父親しかいない」
ぐっ!!
ここぞとばかり、「俺は全てお見通しだ」と言っている。
だが、そんなことは今更だ。
「そっちじゃない」
わたしが気になったのは本当にそちらではなかった。
彼がわたしのことを、わたし以上に知っているのは本当にいつものことだ。
もう自分の全てを知られていると思っていた方が、わたしの気も楽になれると思う。
「なんでセントポーリア国王陛下が世界第二位って言いきるの? 魔法国家の魔力が強いのは、アリッサム女王陛下だけではないでしょう?」
少なくとも、あの水尾先輩が認めるほどの王配殿下がいる。
水尾先輩も言っていたが、彼女たちの父親は、「認めたくないが、単純に魔力だけなら女王陛下に匹敵する」、と。
「自分の大陸から出ないことを前提に話せば、セントポーリア国王陛下は世界第二位で間違いない」
だが、ライトはそう言いきった。
「いや、現状、下手すれば、実質第一位かもしれん。魔法国家の女王陛下は今、フレイミアム大陸から遠く引き離されているからな。シルヴァーレン大陸に張り付いているセントポーリア国王陛下は誰よりも長い時間、大陸神より加護を受け続けている」
「大陸から離れていると、弱体化するってこと?」
だから、セントポーリア国王陛下の魔力はストレリチアの大聖堂内より、セントポーリア城内の方が強く感じたのか。
「弱体化というよりも、純粋な大気魔気の供給がされなければ、魔法力の回復は遅い。人間は生きているだけで、魔法力を体内魔気の護りと言う形で消費する。充電用電池は、充電がされなければ放電されるだけだろ? あれと似たようなものだと考えれば良い」
「なるほど……。分かりやすい」
人間界の知識を持っているライトは分かりやすい例えを出してくれた。
「アリッサムの女王陛下も王配も、充電されてない状態に等しい。しかも、女王陛下は感応症を受けられない状態に置かれている」
「ちょっと待って!?」
情報がさらに増えた。
「お前、さっきから『待て』が多くねえか?」
「知らないことが多すぎるのだから、仕方ないでしょう!?」
正確には、与えられる情報が多すぎるのだ。
いや、何よりも……。
「あなたは、アリッサムの女王陛下と王配殿下の現状を知っているの!?」
「ああ、そのことか……」
特に何の感慨もなさそうに、ライトは頭をかく。
「アリッサムの女王陛下の御身はご無事だ。丁重に扱っている、とは言い難いが、一切、手は出させていない。そう王女殿下たちには伝えてくれ」
どこまで信じて良いか分からないけれど、少なくとも、それは確かな希望となる。
だが……。
「女王……、陛下は……?」
その部分が気になった。
わたしが今、確認したのは、女王陛下のことだけではなかったはずだ。
「王配については、悪い思いはさせているつもりはないが、精神的に無事とは言い難い。俺が言えるのはこの程度だ。王配までは保護することはできない」
「なんで……!?」
「女王陛下の御身を守ることで手一杯、とだけ言わせてもらおう。これ以上は勘弁してくれ。俺にも立場がある」
確かに彼からすれば、これが精いっぱいの譲歩だと言えるのだろう。
もともとアリッサムの襲撃については、彼がいない時のことで、しかも、国王による王命だったと聞いている。
王子という立場にあっても、彼ができることは限られているのかもしれない。
「お、王配殿下は、生きてはいるってことで良いのね?」
「あの状態が良いかは分からんあの状態が良いかは分からんがな」
うぬぅ……。
彼らの国は独自の規則がある。
そして、倫理も大きく異なるのだ。
目の前にいるライトはまだマシな方だと知っているが……。
考えられるのは、アリッサムの女王陛下も王配殿下もミラージュに捕らえられているということなのだろう。
そして、第一王女殿下は恐らく別の場所で、まだ捕まってはいないということは分かる。
ただ、それを、わたしがちゃんと覚えていられるかが分からない。
ここは夢の世界だ。
だから、彼も、いつも以上に伝えてくれているのかもしれない。
そう思うことにする。
「アリッサムの王配殿下が無事じゃないから、セントポーリア国王陛下が実質世界第二位ってこと?」
「いや。もともと、王配がアリッサムにいても、セントポーリア国王陛下が第二位であることに変わりはない。アリッサムの女王陛下は規格外だが、王配は規格内でしかない。日々、大陸全土の大気魔気を調整し続けている王族とは練度が違い過ぎる」
「大気魔気の調整?」
また新たな疑問が出てきたぞ?
「王族の任務だな。大気魔気は濃度が高いと暴走しやすい。そして、どこの国も、城は大気魔気が濃密な所に建てられている、その意味が理解できるか?」
「城にいる王族がその大気魔気を調整しているというのは分かる」
以前、その話は聞いたことがある。
「セントポーリアは王族が少なく、さらに魔力が弱い人間がのさばっている。その意味も分かるか?」
「まあ、なんとなく?」
話に聞く限りでは、確かにセントポーリアの王子殿下は王族としては際立って、魔力が弱いらしい。
だが、それは、他の王族が強いというわけでもないそうだ。
国王陛下の従兄妹に当たる王妃殿下。
わたしが、一度も会ったこともないその人も、そこまで魔力が強いわけではないらしい。
それは、大陸神の加護を受けている国王を基準として、直系ではないことに一因するそうだ。
それでも、セントポーリア王妃殿下の魔力は、セントポーリアの貴族としては上位とも聞いている。
「だから、セントポーリア、いや、シルヴァーレン大陸は、中心国の頂点が一人で支えることになる。こればかりは、事務仕事が強い人間をいくら増やしたところで、解決できる問題じゃないな」
「シルヴァーレン大陸は他にも二つばかり国家があるはずだけど……?」
農業国家ユーチャリスと、大樹国家ジギタリス。
「セントポーリア城が押さえている大気魔気の規模が違うんだ」
「ぬう……」
以前は、わたしが封印を解放する前だったからそれも分からなかったと思う。
でも、あれからセントポーリア城の地下に、セントポーリア国王陛下以外がほとんど立ち入ることがないと言われている場所に踏み入れることを許された身としては、それも分かる気がした。
あの場所は、風属性の大気魔気が濃密すぎて、始めはわたしでも気持ち悪くなったほどだったのだ。
なんとなく乗り物酔いをした時に似ていた。
「それに、ジギタリスの国王も、ユーチャリスの国王も、貴族に毛の生えた程度の魔力しかない。特に、ユーチャリスは、魔力が中心国の王族に匹敵すると言われたたった一人の王女も国を出奔している。あの二国に期待はできない」
ジギタリスの第二王子である楓夜兄ちゃんを例に挙げてもそれは明らかな事実だった。
中心国の王族と、それ以外の王族では、それだけでも魔力の桁が文字通り違うと当人自身も言っていた。
水尾先輩によると、それだけ大陸神の加護が違うらしい。
そして、九十九の話でも、ある程度、努力で魔力は強くなるけれど、その初期状態と設定されている上限が違う以上、それらに追いつき、追い越すのは難しい、とも。
「それと、世界第二位が繋がらないのだけど……?」
「分からないか? それだけ、セントポーリア国王という立場には、いろいろなものが強く求められている。しかも本来、助けとなるはずの周囲には期待できない。だから、自身が強くなる以外の道がなかった」
そこでライトは細く鋭い瞳をわたしに向ける。
「才能型のアリッサムの女王陛下が世界第一位なら、努力型のあの方は、間違いなく世界第二位だ」
まるで、そのことをわたし自身に「知っておけ」とでも言うように。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




