毒気が抜かれる?
祝・1100話
ずっと気になっていた。
わたしを護るために、護衛たちに施された「縛り」。
確かに、それに助けられたことがあるのは認めるが、それでも、その危機が過ぎ去ってもずっと彼らに残り続けるその「縛り」の存在を忘れたことはない。
そんなものがなくても、「発情期」というものの心配がなくなった以上、彼らがわたしを裏切ることはないのに……。
「神が施した呪いじゃなければ、本当に解けるの?」
わたしは確認する。
「人が施したものならば、古代魔法であっても解呪は不可能ではないはずだ。まあ、相手の魔力次第だがな」
「相手の魔力?」
「呪い……、呪縛や封印系の魔法で一番良い解呪方法は、施した術者が正しい解呪手段を施すこと。これが一番、害もない。お前が大神官……、当時は『緑羽』から施された魔力封印がその例だな」
「おおう」
確かに、恭哉兄ちゃんから施された魔力の封印を彼自身が解いてくれた。
でも、あれ……?
「『緑羽』って……なんで?」
確かにその時代だったとは聞いている。
でも、その話を、何故、彼が知っているの?
「当人から聞いた」
「当人って……」
そんなことを大神官であるあの人が勝手に話すだろうか?
「今はそんな話はどうでも良い」
いや、あまり良くない。
「この時間は有限だ。尤もお前が護衛のことより、俺や大神官で交わされた話の方に興味があれば、別だがな」
そう言われては、これ以上、追及することはできない。
そして、確かに今の時間はわたしが夢を見ている間しかないだろう。
何らかの形で誰かに起こされてしまえば、恐らくはもう二度とこんな機会は来ないと思う。
それなら、優先すべきは彼らのことしかない。
「呪いの解呪手段が他にあるなら教えて欲しい」
わたしがそう言うと、ライトは一瞬、目を見開いたが、すぐに目を細めた。
「それをただで教えろと?」
「うん」
わたしが即答すると、ライトは苦笑する。
「正直だな。まあ、良い。お前にも借りがある」
「借り?」
わたしにはそんな覚えがない。
「気にするな。お前が意識していないだけで、俺は十分、いろいろ貰っているだけの話だ」
「ほへ?」
それって、わたしが意識せずに重要な情報漏洩をしているってことだろうか?
あれ?
それって、かなり問題行動だったりするのでは?
「長期間にわたって他者による魔法の影響下にある状態というのは、そこまで多くはない。封印や呪縛は一時的なものが多く、それも年単位の縛りとなれば、一般的な人間にはまず無理だ」
混乱するわたしをよそに、ライトは語り始める。
「考えられるのは、封印や、隷属、制限などが付加されている道具を使うこと。これが一番無難だが、お前の従者たちはそれではないように見える」
「なんで分かるの?」
「媒体となる道具が見当たらない。魔界は人間界のように小型化に拘っていないからな。寧ろ、所有物を主張させる意味で、目立つもので縛ることの方が多い。具体的には目に見える首輪、だな」
自分が身に付けているチョーカーを思い出す。
普段は目立たぬよう、隠匿の処置をしているが、確かにわたしの魔力を制御してくれるほどのものだ。
「他には、高位の神官による法力。王族など桁外れの魔力を持つ者の魔法。そして、契約によるものだな」
「契約?」
「法力」と「魔法」という単語については耳なじみがあるが、「契約」とは一体?
「魔法の契約経験はあるか?」
「何度かあるよ」
ああ、その「契約」か。
それならば、いくつかの魔法書を片手に、何度か試みたことはある。
だけど、わたしの場合、魔法の契約は出来ても、ほとんど魔法を使うことができなかったというオマケまで付いて来るのだが。
「あんな感じで、『儀式』を行って約定を魂に刻み込むと、生涯に亘り契約することも可能なんだ」
「魔法契約って、儀式なの?」
「儀式だな。魔法を使うために、その魂と様々な精霊や神と契約するわけだから」
「魔法って、魂に契約することで使えるのか」
魔法が神や精霊たちとの契約によるものということは流石に知っている。
魔法行使に必要な大気魔気自体が「源精霊」や「微精霊」と言われている存在らしいし。
だが、それが魂との契約ってことは知らなかった。
それで、昔の記憶の有無に関わらず、わたしが魔法を使えたわけだ。
「お前は本当に根本的な知識が足りてないんだな」
基本的ではなく、根本的な知識……ですか。
でも、誰からもそんなことを教えられていないのだから、そこは仕方がないと思う。
わたしは、この世界に来て、各大陸の言語などは学んだが、魔法については、小難しい理論をすっ飛ばしているのだ。
昔、契約ができていたという証言から、どの魔法がどの程度使えるかどうかの判断から始まっている。
「話が逸れたが、人間が使う中では儀式による契約が一番、縛りも強い。魂に『命令』を上書きするようなものだからな」
さりげなく入れられた単語。
だが、顔に出てしまったらしい。
「なるほど……。お前たちは『隷属契約』のようだな」
ライトは確信に満ちた笑みを浮かべた。
「『隷属契約』なら、術者を上回る魔力があれば、上書きすることは可能だ。力技になることは間違いないがな」
さらにそう続ける。
そのこと自体は、わたしにとって悪くない情報ではあるし、彼からもっと詳しく聞きたくもあった。
だが、このことが、わたしの護衛たちにとっての弱点である以上、これ以上、こちらから情報を渡すことはできない。
仮に、表情を読まれたとしても、わたし自身がそれを認めない以上、ライトだって本当の意味で、確信はできていないはずだ。
「ああ、言っていなかったが、夢の中では感情がよく伝わる。相手の意識に入り込むんだ。心を読むことはできなくても、ある程度の判断はできる」
「どういうこと?」
「嘘や誤魔化しは難しいってことだな」
それって、どうしようもないんじゃないかな。
夢の中に入り込んだ時点で、相手が嘘を言っているかどうかの判断が可能とか。
入られた方にとっては、ガードのしようがない。
「言っておくが、俺よりお前の所にいる『番犬』、兄の方がもっと面倒だからな」
「ふ?」
心底嫌そうに、ライトはそう言った。
どこか頬を膨らませているように見えるのは気のせいか?
「俺は対象が近くにいなければ根を張れないが、ヤツは違うだろ?」
「ごめん、言ってる意味が分からない」
「お前の護衛も夢に入り込めることは知っているか?」
「うん」
ああ、雄也さんのことか。
確かにあの人は、夢に入れるし、敵に回すとかなりめんど……、手強いとは思うけれど……。
「あの男が使う魔法は、俺の使う魔法よりも範囲が広く、その能力がかなり強い」
そう言われても、別に驚くほどのことではない気がする。
どんなことでも、ある程度のことなら、「あの雄也さんだからね」と言ってしまえば、それまでの話だ。
「本当に夢の中のお前は分かりやすい顔してるな」
ライトが呆れたようにそう言うが……。
「それは、夢の外では分かりにくくなったと解釈しても良い?」
言い換えれば、そうとも聞こえる。
それは、思っていることが表情に出やすいと言われ続けているわたしにとって、進歩と言えるのではないだろうか?
「前向きだな」
彼はそう苦笑した。
「だが、その考え方は悪くない。お前の魅力の一つだな」
「おや、褒められた?」
それは素直に嬉しい。
しかも「一つ」ってことは、他にもあるってことだよね?
「本当に、毒気が抜かれてしまうぐらい、前向きなところがあるよな、お前……」
それは先ほどとは違うニュアンスで言われた気がするが、それが、どんな前向きさかよく分からなかった。
馬鹿にしているとも言えないけれど、少なくとも、彼の「舌」から「毒」は抜けてない気もする。
「えっと、結論から言えば、魔法でも法力でも、その契約ってやつでも、人間がした以上、解呪手段はあるってことでおっけ~?」
「お前の発音って昔から、独特だよな」
うん。
やはり彼の舌から「毒」は抜けてないよ?
そして、「昔から」っていつからですかね?
「『O.K.』、『O.K.』。その見解に間違いはない」
そして、これ見よがしにしっかりした発音で返答された。
そこがちょっとムカつく。
だけど、それ以上に、その発音はどこか懐かしく思える気がした。
「要は、魔法や儀式を使った契約魔法によるものなら、相手の魔力を上回れば良いだけだ。万一、神儀による契約なら大神官にツテがあるお前なら楽勝だろ」
「簡単に言うけど……」
彼らに契約を施したのは、そう簡単に上回ることなどできない相手だ。
「王族の血を引くお前を越える相手なんかそういない」
そう言って、ライトはその瞳をわたしに向けてニヤリと笑う。
「ならば、実質、世界第二位の男を越えてみろよ、『導きの聖女』様」
もう1100話です。
ここまで、長く続けられているのは、ブックマーク登録、評価、感想、誤字報告をくださった方々と、これだけの長い話をお読みくださっている方々のおかげだと思っております。
本当にありがとうございます。
まだまだこの話は続きますので、最後までお付き合いいただければと思います。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!




