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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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自分に甘い

 死にたくないと……、幼い自分は言った。


「うん。それは当然だと思う。でも、死にたくないことと、自分のことしか考えないのは話が別じゃないかな」

「他人のことを考えてまで生きるのは余裕がある人間です。ワタシにはそんな余裕がありません」


 その言い分も分かる。

 

 彼女の基本的な考え方はわたしとどこか似ている気はする。

 でも、それならば……。


「余裕がないなら、彼らを救わなければよかったのに。半端な優しさを見せて、結局裏切っちゃうぐらいなら」


 人間は犬や猫とは違う。


 犬や猫だって拾っておいて、暫くの間お世話した上で、再び置き去りにすることは良くないだろう。


 彼らの状況を考えれば、その行為が、どれだけ深い傷をつけたことか。

 幼かったとはいえ、それが分からないような人間だとは思えない。


「……アナタには分かりません」

「うん。もちろん、分からない。だけど……、少し会話しただけで分かることもある」


 その判断材料は始めから奪われている。


 だから、ここから先は自分の推測が多くなるけどそこは許して欲しい。


「あなたは頭も悪くない。もしかしたら、今のわたしよりも良いかもしれない。だから、あなたが選んだのは、最良の選択だった可能性も否定するわけじゃないんだよ。ただ……」


 もう少し考えれば分かることだった。


「せめて、彼らに事情を説明するべきだったんじゃないかな。詳しくは話せなくても、記憶と魔力を封印するってことぐらい」


 まさか、その当時、わざわざ彼らが異世界まで追ってくるとも思っていなかったかもしれない。


 魔界と人間界はかなり距離が離れていると聞いているし、簡単に行き来できるならば、そもそも逃亡先に選ばないだろう。


 完全に彼らと別れるつもりだったから、事情も全く説明しなかったのだと思う。

 その覚悟も分からなくもない。


 実際、わたしも人間界で同じことをするつもりなのだから。


 誰にも何も話さずに去る。

 やっていることは今も昔も、大差がないことも分かっている。


 それでも、結果論となってしまうが、少しでも説明していれば、彼らはもっと別方向から動くこともできただろう。


 「わたし」が本物かどうか疑心暗鬼のまま10年も無駄にせず、少しずつわたしに接触して警戒を解いていったり……とか、そんな努力をしてくれたかもしれない。


 まさか、探している対象が目印(まりょく)記憶(おもいで)も、全てなくなってるなんて思っていなかったから時間もかかったらしいし。


 ……まあ、未来を知っている今だからこそ言えることでもあるのだけど。


「そんな暇はなかったです。それに……、ワタシの人生にあれ以上、彼らも巻き込みたくありませんでした」

「いやいやいや、十分、巻き込んだ後で言われても、彼らは納得できないと思うよ」


 普通に考えても、王族の隠し子のことまで聞かされているような状況って、かなり深みまで関わっていると思う。


 彼らは特に何も言っていないけれど、もし、わたしに何かあったら、確実に一緒に巻き込まれるような位置にいるのではないだろうか。


「ワタシが愚かだったのです。置かれている状況も考えず、身の程もわきまえずに彼らに手を差し伸べてしまいました。あれは……本当に……」


 彼らと出会ったのは3歳ぐらいだと聞いている。


 なんとなく、魔界人は早熟っぽいけど、状況を考えられるほどとは思えない。

 そもそも、幼児にそこまで求めるのは酷だと思う。


 なんというか……。自分で背負い込んで、自ら追い詰めちゃうタイプだなと思う。


 ああ、自分を見ているようで本当につらい。

 ……いや、確かに自分ではあるのだけど。


「彼らを見捨てなかったことを母は責めた?」

「責めませんよ。母は苦しんでいる人に手を差し伸べよという方です! 彼らを連れて帰った時、それはもう本当に喜んでくださいました」

「うん、母はそ~ゆ~人だね」


 記憶が封印されても、封印が解けても、母は変わらなかった。

 10年ぐらいじゃ基本的な考え方が変わるような人ではないのだろう。


 あるいは、既にある程度、自己形成された後のことだったから、性格などに大きな影響がなかったのかもしれない。


「あなたは? 今、自分を責めてるけど、それはなんで?」

「彼らを連れて帰ったことで、ワタシの人生に彼らを巻き込みました」

「でも、巻き込まなきゃ彼らのそこで人生終わってたかもしれないよ?」

「……それは、確かにそうなのですが……。なかなか酷いことを言いますね」


 彼女はわたしの言葉に絶句しながらもそう答える。


「魔法が使えると言っても3歳と5歳の子が生きていくとなると話は別だろうからね」

 魔法で衣食住の準備ができるわけではないみたいだから。


 人間界では空も飛べるし、長距離の瞬間移動ができる九十九も、料理だけはしっかり手作りしていた。


 雄也先輩も居住場所は手配し、衣服もどこかで購入したと言っている。


 基本的なシステムは人間界と大差がないかもしれない。


「それは……、確かに言われました。もう少し、発見が遅ければ、彼らも危うかったと」


 それを聞いて思わずゾッとする。


 今、自分の近くに存在している人たちが、いなかったかもしれない世界の話というのは本当に恐ろしく思えたのだ。


 もしかしたら、あの人たちがいない未来もあったかもしれない。

 それは自分の現在も変わってしまう話に繋がる。


 そう考えると、我ながら打算的な考えとも思うけれど、やはり、彼女がしたことが悪いことだとは思えなかった。


 だけど、当人はそこには思い至ってない。

 どちらかと言えば、その行いは間違ったとすら思っている。


 いや、そんな思考に陥るように追い込んでしまったのはわたし自身という気がしないでもない。


 それなら、年長者として、彼女の考え方を少しでも修正しておかないといけないとは思える。


 ただ……10年間、わたしを見てきたというのに変わらなかった考え方って簡単に変わるものかな?


 もちろん、そんな疑問もあるけど……。

 まあ、失敗しても何かあるわけではないだろう。


「その時のこと、わたしは覚えてないけれど、死にたくないと思ったのは彼らも一緒だったんじゃないかな? だから、あなたについていくことにしたんだと思うよ」

「でも、その結果、アナタが言うように彼らを巻き込みました」

「巻き込んじゃったのは仕方ない。そして、そのことが良かったか悪かったかを決めるのは彼ら自身じゃないの?」

「あの人たちは今も昔もワタシに甘すぎます。ですから……、その心内(こころうち)はどう思っていても、責めることはしないでしょう。」


 それは同感。


 いや、あまりにも阿呆なことをしたら、容赦なく責められるけど。

 主に弟の方から。


 それでも……、肝心な所で、彼らは甘いことをわたしも知っている。


 今の状況を考えれば、わたしの意思など関係なくすぐに魔界へ連れて行った方が楽だったはずだ。


 彼らはそれを実行できるだけの能力だってあるのだから。


「ところで、昔のわたし。大事なことを忘れていると思うのだけど……」

「何でしょう? 今のワタシ」


 彼女の大きな瞳がわたしを見据える。


 警戒されているのだろう。


「彼らを巻き込まなくても、魔界には連れて行かれた可能性が高いことを忘れてない?」

「え?」

「寧ろ、彼らを巻き込んで、彼らが自分の人生に関わってくれたおかげで、選択の余地を提示されていることを忘れてない?」


 わたしはあの日、九十九に出会った。

 だから、今も無事でいるのだ。


「……それは……確かにそうですが……」

「だから、自分が死にたくないって思っていても、結局、魔界には行かなければいけないってことになるんじゃないかとわたしは思ってる」


 少なくとも、わたし自身はそう確信していた。


「何故、その結論になるのですか? 彼らが選べと言ってくれたのに……」

「なんだろう? 結局、魔界からは逃げ切れない気がするんだよ」

「逃げ切れない?」

「うん。運命って言葉に似ているかもしれないけれど、逃げても……、見えない力に引っ張られる感じ。九十九たちが来なくても、ミラージュの人たちは現れた。それって、結局、魔界に連れて行かれるってことだったわけで……」


 それは、運命に抗おうとしても、結局、同じ結末へ向かってしまうような、物語で言う「強制力」ってやつに似ているかもしれない。

 

「ミラージュ……」


 彼女はそう呟いた姿勢のままで考え込む。多分、わたしよりいっぱい情報が駆け巡っているんだろう。


 その幼く見える頭の中で。


 考えてみれば5歳だ。


 15歳のわたしだって、次々に起こる出来事にいっぱいいっぱいだったというのに、彼女もどれだけ苦労して悩んで、考えてきたのだろう。


 しかも……、わたしみたいに助けてくれる人はいたのに、彼女は頼らなかったのだ。


 それを思うと……。


「!? な、なんですか?」

「お疲れさま」


 気がついたら、わたしは手を伸ばし、その小さい身体を抱きしめていた。


 自分で自分を抱きしめるなんて、ちょっと不思議な感じだけど……、そうせずにはいられなかったのだ。


 まあ、夢の中だ。

 何があっても不思議じゃないよね?


「いろいろ頑張ってきたんだろうね。そんな苦労を全部、忘れてしまってごめんね」

「そ、それは……ワタシが……」


 わたしの言葉に、彼女は反論しようとする。


「でも、忘れたかったはずのあなた自身は忘れられなかったってことだよね? 本当に全部忘れられたら、良かったのに、身体の奥底でしっかり抱え込む結果になっちゃったなんて……」


 結局、それらを忘れたかった彼女は覚えたまま……なのだ。


 わたし自身は何一つとして覚えていないと言うのに……。


「ワタシが選んだ道です。それで、アナタに同情されるのはなにか違う気がします」

「良いんだよ。もともとわたしも持つはずだった感情なんだから」

「アナタも……ワタシに甘すぎます」


 ぽつりと零れたのは言葉だけではなかった。


「自分に甘い自覚はあるから大丈夫だよ」


 わたしがそう言うと、彼女はそのままわたしの服を掴んで震えだしたのだった。

魔界から逃げる時も、人間界から去る時も、自分自身が誰にも告げないと言う意味では一緒です。

置かれている状況は勿論、違いますが。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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