少年は「彼女」について考える
朝、予想していたとおり、やはり今日は一日、気分が晴れなかった。
おかしい。
オレには目が覚めたまま、未来を視るような能力は備わっていないはずなんだが?
大体、そんな都合が良くて便利な能力があったなら、今、こんな状況にはなってない。
こうなる前にもっと対処ができたはずだろう。
少なくとも、ここでこうしていることもなかっただろうな。
だが、もうすぐだ。
明日の今頃にはきっと全ての結果が出ているんだ。
そう思わなければ、今日という日をここまで乗り切ることができなかった気がする。
情けない話だが、許されるなら、このまま家に帰って何も考えずにゆっくり休みたい。
でも、それを実行に移してしまったなら、絶対、オレは後悔する。
それが分かっているから余計に気持ちが重くなってしまうんだ。
それは、何という負の連鎖だろうか?
「で、彼女とはその後どうなんだよ?」
そんな風にすっかり沈んでいるオレの気持ちなど知らずに、帰り際、靴箱から靴を取り出しながら、クラスメートの一人が興味津々な顔でそんなことを尋ねてきた。
このお気楽さは羨ましい。
しかし、他人の交際状況報告なんか聞いて、そんなに楽しいものだろうか?
オレは他人のノロケとかそういう類のものに一切の興味がないからその気持ちはちっとも分からなかった。
それに、期待と好奇心に満ち溢れたこの男には悪いが、本当のことを言ってやる。
「ん? もう別れた」
実際、数日前にオレは彼女だった存在から一方的に別れを告げられた。
内容についてはしっかりと覚えてはいないが、「もう一緒にいられない」というようなことを言われた気がする。
まあ、志望校が違ったこともあるんだろうけど、あっさりと振られたもんだ。
それでも、ショックはほとんどなかったのだから、オレ自身も未練はない。
「うわっ、マジで? 何で? あんなに仲良かったじゃねえか。勿体ねえ……」
何故か食いつくように尋ねられる。
「仲良かったって……。表面上はな。それに……、勿体無いも何も、オレが振ったわけじゃねえ。アイツの方から『別れたい』って言ってきたんだぞ?」
「うわ~。『オレは嫌だ』とか言わなかったのかよ」
「言うかよ、みっともねえ。それに、オレも別れる気だったから、面倒くさくなくて助かったくらいだ」
負け惜しみとかそんなのじゃなくて、これは本当のことだった。
遅かれ早かれ、オレの方からも切り出すつもりだった。
ただ、それを言い出すタイミングってのがうまく掴めなかっただけだ。
その辺については仕方ない。
オレは今までの人生で、女を振ったことなんてないんだから。
大体、交際を申し込まれたこと事態、生まれて初めてだったんだ。
正直に言えば、かなり舞い上がってしまったんだとは思う。
男女交際という未知の世界に少しの興味もあったことも否定しない。
これでも、健康な青少年だからな。
そこは許して欲しいと思う。
だから、ちょっと悩んだが割と即決に近かった。
告白してきた相手が、自分の好みのタイプに見えたことも了承した理由の一つではあったのだけど。
それでも、一緒に行動するうちに、やっぱりどこか違う、何かが違うと何度も思った。
そして、それを意識してしまったのが相手にも伝わっていたのだろう。
今月始めに呼び出され、あっさりと別れを告げられた。
そして、それをオレは素直に受け入れることにしたんだ。
「こちらから言い出さなくて良かった」という本音を言わずに飲み込んで。
男女のどちらでも「振った」と「振られた」では意味が違うだろう。
「はぁ~。お互いもう、冷めてたわけか」
「そういうこと。ま、暫くは女はいらね。いろいろと忙しくなるし」
お互い冷めていたってのとは少しだけ違う気がする。
どちらかと言えば、オレが真面目に考えていなかっただけだ。
始めから本気ではなかったのだから、告白してくれた彼女に悪いことをしたとも言えるが、理想と現実のずればかりはしょうがないだろう。
だが、そんなオレの心境を素直に説明する気にもならないので、肯定しておいた。
「あ、受験のためか。なるほど……、真面目に進路を考えているんだ」
相手は妙に納得している。
だけどオレ自身は、受験のことなんてあんまり真剣に考えていなかった。
どうせ意味のないものになるんだろうし。
「で、どこまでいった?」
「ん? 隣町まで。買い物に付き合えとか言われて……」
でも、女の買い物ってあんなに長くなるとは思わなかった。
自分の物なんてほとんど見る暇はねえんだな。
「おいお~い。分かってるだろ。そ~ゆ~んじゃなくて、俺が聞きたいのは……」
「分かってるよ。だけど、そんなことぽんぽん他人に話すことじゃねえだろ? 相手にも悪い。それに聞いても虚しいだけだと思うぞ」
なんでそこまで他人に興味が持てるのだろうか?
その辺り、少しだけ羨ましく思える。
「ふん。いいよ、勝手に妄想しておくから」
「うわ。せめてそこは想像って言えよ。なんか嫌だ」
「一時でも彼女がいたやつに、この俺の純な気持ちが分かってたまるかよ」
オレが言うのもあれだが、そんなことばかり考えてるから、彼女ができない気がするのは気のせいだろうか?
しかも、その「純な気持ち」とやらには、恐らく力強く大きな文字で「不」という言葉が付くんだろ?
「でも、さっき……、相手から切り出されなくても、彼女と別れるつもりだったって言ったよな? それって、他に好きなヤツができたからなのか?」
「は?」
突然、クラスメートから真顔で尋ねられてオレは目が点になった。
「いや、何か最近、心ここにあらずって感じがするから、てっきり彼女とうまくいってるのかと思ったんだよ。でも……、別れたんだろ? しかもきれいさっぱり後腐れなく。じゃあ、最近、なんでそんな感じなんだ?」
心、ここにあらず。
確かにそうかもしれない。
朝からではなく、ここ数日は今日のことばかり考えていたから余計にだ。
「受験の気鬱かもな」
そんな言葉そのものをしっかり忘れていたくせに、心にもないことを言ってみる。
だが、このクラスメートはそれで納得したように見えた。
あまり意識はしていなかったが、実は、良い言葉だったんだな、「受験」って。
そう言ってしまえば、それ以上の追及を誰もしてこなくなる。
「ま、この大きな波を乗り切れば、お互いに色々、元に戻れるはずだから。元気出せよ!」
そんなお気楽なことを、クラスメートは口にして、無駄に爽やかな笑顔を見せながら手を上げて去っていった。
「大きな波……、か」
どこかピントがずれた彼の言葉に、特別励まされたわけではないと思うが、先ほどより少しだけ気分が楽になったのは確かだ。
そして、これから起こす行動の結果がどうなったとしても、今日という大きな波さえなんとか乗り切ることができれば、確かにオレの気分もかなり晴れるだろう。
オレはそう信じて疑わなかった。
そう言う意味では、オレもお気楽だったということだろう。
今日という日が、明日から始まる新たなコウカイへと繋がっていたなんて夢にも思っていなかった。
まさか、荒波というものがとてつもなく大きく、激しく、しかも嫌がらせのように何度もしつこく押し寄せてくるなんて、この時点で予想できるわけ無いだろう?
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