表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1095/2797

どうにかしてやれ

「ん……。そろそろか……」


 目の前の紅い髪の男は、窓を見ながらそう言った。


()()()()


 オレは溜息を吐いた。


 窓の外には先ほどから不穏な気配がしている。


「アレも、お前の差し金か?」

「いや、アレは別口だな」

「むさ苦しい野郎ばかりで、いい加減飽きたんだが」

()()()()()、女が向けられたぞ。変わるか?」


 その言葉で、この男にも何らかの敵がいるのは分かる。


「野郎よりは、女の方が良いな」

「薄布だけで、薬に操られて迫ってくる女が良いか?」

「野郎よりは良い」


 寧ろ、羨ましい。

 そして、栞には何の害もないだろう。


「女なら、下卑た発言で、想像の中でも主人が穢されるようなこともねえ」


 アレは本当に腹が立ったのだ。


「女の方も十分、タチが悪いぞ」

「あ?」

「ここには、ソッチ方面の『ゆめ』もいるからな。百合の花を咲かせたいか?」

「おおう」


 ヤバい。

 少しだけ、想像してしまった。


「反応しすぎだろ、駄犬」


 呆れたような……、いや、どこか可哀想なものを見るような目で、オレを見る男。


「百合は本当に戻れなくなるらしいぞ。まあ、栞にとっては、どこぞの虫や犬に手折られるよりは、そっちの方が幸せかもしれんがな」


 そう言って、黒いマントを羽織る。


 どうやら、戦闘態勢に入るらしい。


 先ほどまで酒を呑んでいたこともあって、魔界人らしく、魔力が強まっていることがよく分かる。


 独特の火属性の魔力と、よく分からない不思議な気配。


 分かりやすく火属性の魔力だけだった来島とここまで違うのに、やはりどこか似ている気がするのは、本当に血縁にあるからだけ……、なのだろうか?


「外は、俺が片付けてやる。あんたは精々、そこの呑気な女に張り付いてろ」

「逆を指定するかと思ったが?」


 それはちょっと意外だった。


 オレ宛の客なのだから、オレにさせて、その間、栞にちょっかいを出すつもりかと思ったのだ。


「先ほどの酒も話も、今回の『礼』だ。これ以上、お前たちに対して余計な借りを作る気はない」


 ああ、なんかいろいろ変だと思ったら、そう言う事情だったのか。


 オレは、兄貴と違って別に何も「貸し」を作った覚えもないが、こいつにとっては、オレたちの行動そのものが悪いものではなかったのかもしれん。


「そこの女にもそう言っておけ」


 そして、「そこの女」にはもっとその自覚はないと思う。


「まあ、先ほどの酒を渡すぐらいはしてやる」


 彼女は現時点で酒を好まない。


 だが、それが人から譲り受けた物なら別だろう。

 それも、形見の品も同然だと言うのなら。


「ああ、それと……」


 紅い髪の男は栞に目を向けて言う。


「そこの女をとっととどうにかしてやれ」

「どうにか?」

「『聖女』は今更、仕方ないとしても、()()()()()()()()()()()()()

「は?」


 今、とんでもないことを言いやがらなかったか? この男。


「ストレリチアにいた時に聞かなかったか? 古代より、穢れない魂が宿った穢れのない肉体との交わりは、神官たちの格を上げるとされている。巡業において聖跡に触れるよりも効率が良いし、神官にとっては良い思いもできるから得しかない」

「あの国、やっぱり変態しかいねえ」


 オレはもう何度目か分からない言葉を口にするしかなかった。


「それも『聖女』だ。一年以上もあの国にいて、無事だったのは奇跡だな」


 栞があの国において、「聖女の卵」であることを、厳重に秘匿されていたのはそんな理由もあったのか。


 そう言えば、彼女に会うことが許されていた「姿絵」屋は、髪が短く、信者ですらなかった者が選ばれていたことを思い出す。


 あの商売人は、「聖女の卵」である栞に対しても、信仰の対象と言うよりは、商売人としての姿勢を一切、崩さなかった。


「まあ、『聖女』であれば処女じゃなくても、神官たちには問題ないかもしれんがな。あの国にいたら、己の穢れを払う浄化装置扱いだった可能性もある。『聖人』との交わりは、それだけで価値のある神事扱いだからな」


 自分の穢れを、一人の女に押し付けようなんてとんでもない話だ。


 それに、そんなことをしても、本当に穢れを払うことができるかなんて、誰にも分からないのに。


「でも、それって、もう一人の『聖女の卵』も同じってことじゃねえのか?」


 不意に、あの城にいたもう一人の「聖女の卵」が気にかかった。


 法力国家の王女によく似た強い瞳を持つ気の強い精霊使い。


「あの女は、王子殿下の婚約者であり、王女殿下と大神官の庇護を受けて、確固たる地位を築いているだろ? ()()()()()でも、そこの女とは根本的な立場も扱いも違うんだよ」


 確かに栞も、彼らからの庇護は受けているが、公式的な身分はない。


「だから、神官とは無縁の男が、とっとと奪ってやるのが一番、問題ねえんだ。少しでも法力の素養がある人間が手を出せば、意味がない。特に最初の行為は神に近付きやすくなるから、『聖女』の因縁が結ばれやすくなる」

「その役目を自分がやりたいとは思わねえのか?」


 男としては、そう思うのが自然だと思うが、それをわざわざオレに勧めると言うのが不思議でならない。


()()()()()()()()と言っただろ?」


 その紫色の瞳がギラリとオレを見据える。


「お前……?」

「我が国の人間は大半、真っ当な形でセイを受けることはない。そして、3歳までに法力の才が発現すれば、法力国家に、無難に魔法の才が発現すれば魔法国家に送り込まれる。つまりは、そういうことだ」

「つまり、お前()法力国家に送り込まれた人間ってわけか」


 なんとなく、来島との会話を思い出した。


 普通では考えられない手段を使って、かの国が法力を使える人間たちを人為的に造り出していることを。


 それが正しいとは思えないが、その後に得られる恩恵を考えれば、安いと思う人間がいることも分かっている。


 法力は魔法と違って、神から与えられた稀有な才能とされている。


 人間をただの道具として見ることができれば、その方法をとる国は出てきてもおかしくはないだろう。


「おお。そのために、俺はシオリと会えなくなり、記憶を消すことにもなったけどな」

「なるほど」


 そこに繋がるのか。


 それが、この男自身の意思だったとは思えない。

 だが、その道を選ぶしかなかったことは理解した。


 国の指針なら従うしかないのだ。


 そして、本来、機密でもおかしくない話だ。

 確かに、かなり口が滑りやすくはなっているらしい。


「それにはっきり言って、()()()()()()()()()

「はっきり言いすぎだ」


 そして、滑り過ぎにも程がある。


「素人童貞のあんたには分からんだろうけどな。本当に、面倒なんだ。その前も! その最中も! その後も!」

「待て待て! これ以上は、流石にいろいろマズい!!」


 結界の効果ですぐ近くにいても声が聞こえていないとはいえ、栞の傍で、そんな話をされても困る!


「悪いことは言わん。覚えておけ。本当に処女は面倒なんだ」

「分かった! 分かったから、それ以上は勘弁してくれ!!」


 話に聞いたことはあるが、経験者からそう言われると、妙に説得力はある。


 しかし……。


「オレは、栞に手をだす予定はねえ」


 それだけは絶対だ。

 どれだけ渇望しても、そのラインだけは守らなければならない。


「まあ、そう言うと思っていた」


 目の前の男は溜息を吐く。


「じゃあ、他のヤツに譲れ。事情を話せば、()()()()()()()()()()()()()()()()


 それも、冗談じゃねえ。


「栞に関することだと分かりやすい反応だな、あんた」


 その自覚もある。


「ただ、我慢は身体にも心にも毒だぞ」

「うるせえ」


 それも分かっている。


 その結果が、栞を泣かせることに繋がったことも……。


「それでも、オレは彼女に手を出さない」

「その頑なな精神は見上げたものだと感心するが、本当に良いのか?」


 紅い髪の男は訝し気な顔をしながら尚も確認してくる。


「男なら惚れた女をモノにしたいのは当然の願望だろう?」

「男なら、惚れた女を泣かせたくないのも本当だろう?」


 いつか、どこかで。

 目の前の男が口にしたことをそのまま返す。


「ああ、そうだな」


 紅い髪の男は肩を竦める。


「だが、その精神、いつまで持つかな?」


 ニヤリと男は笑った。


 それと同時に……。


「あがっ!?」


 オレの身体に変調があったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ