どうしようもなく腹立たしい
「魔法国家の生き残りって、どれぐらいいるんだ?」
オレは思い切って、魔法国家を消滅させた国の人間にそう問いかけてみた。
どれだけ、この男がそれを把握しているかは分からないが、もしかしたら、オレたちが知る以上の情報を持っていることを期待して。
「そちらに二人」
それは知っている。
「一部はフレイミアム大陸に近い位置にいる。数は千ぐらいだったはずだ」
「なんでそれをお前が知ってるんだ?」
「命令した人間は、その人数的に大したことないと捨て置いているが、俺からすれば少数でも危険因子でしかないからな」
淀みなく答えていく。
「それをオレに話す理由は?」
「第二王女殿下がそちらにいる以上、あんたたちも知っていることだろ?」
ああ、真央さんがもともと一緒にいた人たちのことだったのか。
だが、真央さんは、第一王女や聖騎士団長の現状について、「具体的な場所は分からない」と言っていた気がしたのだが……。
「まあな」
それは言わない。
新たな情報として、ありがたくいただいておこう。
「俺としては、危険因子は纏まってくれた方が対処しやすいのだ。だから、あの王女どもをとっとと合流させろ」
第一王女と聖騎士団長がいると思われる集団だ。
確かに人数は千程度でも、油断はできない。
魔法国家の王族はたった一人でも、万の軍勢に等しく、アリッサムの聖騎士団長はそれに匹敵すると言われている。
「じゃあ、魔法国家の話ついでにもう一つ。お前は、『スピノス』という男を知っているか?」
魔法国家のことを思いだしたせいか。
不意に真央さんの話に出てきた男のことが気になったのだ。
真央さん自身の口からさらりと語られたものの、あまり良い印象を抱かない話だった。
だから、妙に印象に残った名前だったのだが、はたして、この男が知っているほどのヤツなのだろうか?
「魔法国家の研究者筆頭。魔法オタク……、いや、ただの変態のことか」
なるほど、ミラージュでも警戒すべき変態なのか。
やはり、そいつは今後のために警戒しておく必要があるだろう。
「自分の魔法研究のためなら、国を売れる男だ」
だが、ごく自然に紡がれたそんな言葉。
それに対して、オレが平静を装うのにどれだけの精神力を費やしただろうか。
「もともと研究のためなら王族すら利用できる奴だ。ああ、栞みたいなのは大好物だな。黒髪、小柄、凹凸が少ない女」
「凹凸はあるぞ」
思わず反論してしまった。
「一番気にかかったのはそこかよ。ヤツは完全なツルペタが好きじゃなくて、豊満で肉感的な女性は嫌いだそうな」
だが、今のその発言は、そいつと会話したことがあるのか?
「気付いているから、わざわざこの場でそいつの名前を出したのだと思うが、アリッサム崩壊の一因だな。新たな魔法研究のために、ヤツは故国を売った」
勿論、オレにそんな意図はなかった。
だが、そう思ってくれたなら、ある意味幸運だったと言えるだろう。
しかし、アリッサムの内部に裏切り者がいたのか。
そう言えば、真央さんが言っていた。
そいつは、「結界塔にいたはずだ」、と。
その「結界塔」とやらが、どんな仕組みになっていたかは分からないが、そいつが、アリッサムを護る結界の一部に、何らかの細工をしていたとしたら?
「特に第二王女殿下に伝えとけ」
「第三王女殿下ではなく?」
第二王女殿下は確かに魔力が強いが、実は、魔法そのものが、ほとんど使えないと聞いている。
「第三王女殿下は、ヤツからの害が少ない。第二王女殿下の方は、散々な目に遭っていたようだがな」
そんな話まで知っているのか?
そして、こいつはどこまで話を聞いたんだ?
あの時、あの場で、真央さんが話してくれたことが、全てだったとは勿論、オレも思っていない。
ごく自然に話してくれたが、実際のところ、男のオレの前では言いにくいこともあったはずだ。
「まさか、その男から聞いたのか?」
そうだとしたら、話の内容を含めて、どれだけ品性のない男なのだろうか?
「いや、国王陛下と話しているのを立ち聞いた。どうやら、趣味が合うらしい」
どんな趣味だ?
「お前、よく国王のそんな話を立ち聞けるな」
普通に考えれば、国にいながら王族の目と耳を欺くことは難しいはずだ。
それだけ王族は鋭敏な感覚を持っている。
特に国王は自分の領域に限り、僅かな違和感でも鋭敏に察知できるから、兄貴でも誤魔化すことは難しいとことがあった。
「ウチの国王は他人を虐げる才に特化しているだけの無能な男だからな」
「嫌な才だな」
「全くだ。だが、我が国はそんな者が頂点に立つ方が都合も良い」
そして、その発言はどうなのか?
上に立つ王が無能であっても、他国の人間にそれを言えば、国自体が侮られるとは考えないのだろうか?
「法律的な話か?」
「いや、どぅ……、っと。ちょっと酒で滑りやすくなってるな」
そう言って、紅い髪の男は口を押さえた。
「それだけハイペースで呑めば、魔界人と言え、泥酔していないのが不思議だ」
それでも、この男は酩酊状態には見える。
確かにその口は多少、軽い気がするが、だからこそ、これらの全てが正しい情報かは分からない。
語られる言葉に嘘はないようだが、それはオレの感覚的な判断でしかないのだ。
オレの眼すら掻い潜るような手段を使った上で、酔ったふりして陰湿な罠を張っていても不思議はない相手と思っている。
「それで、お前はわざわざそんな話をしたかったのか?」
「いや、実は、ここからが本題だ」
これまでは前座だったらしい。
なかなか衝撃的な内容が含まれていた気がするが、先ほどの情報は、恐らくは魔法国家の王女殿下たちへの伝言、この男なりの「礼」だろう。
しかし、前振りの割にこの男、結構、呑んでいる気がするのだが?
「栞は、あの魔法を、いつから使えるようになった?」
「数日前」
オレが知る限り、この場所に来る前は、あんな魔法を使っていなかった。
だから、オレから離れて来島と過ごした時間に何かあったと思われる。
その何か……は、分からない。
だが、栞の意識に触れるきっかけがあったことは間違いないだろう。
「やはり、一月以内、ここに来てからと言うことか」
そう言うと、ヤツは考え込んだ。
それが何か大事なことなんだろうか?
「栞はここで誕生日を迎えたはずだ。その前後か?」
言われて思い出す。
アレを初めて見た日は確か……。
「オレがあの魔法を初めて見たのは、栞の誕生日、当日だった」
「一番、魔力が強まり、不安定な日か。なるほど……」
そうなのか。
オレが知っているのは、人によって、5年に一度、魔力が大きく変化することがあるってことぐらいだ。
だが、こいつの言葉から察するに、生まれた日にもいろいろとあるようだ。
この辺りは水尾さんや真央さんも知っていそうだな。
オレはこの辺りの知識が足りていない気がする。
確かに生きるために、いや、生き残るために必要な知識を優先的に身に付けて行った結果だが、それ以外は不勉強だった。
「誕生日だったからあの魔法が身に付いた、とでも?」
「いや? あの女なら、遅かれ早かれ、あの魔法を身に付けたことだろうな」
確かにオレもそう思う。
魔法に大切なのは、「想像力」と「創造力」だ。
自分の明確な考えを形にできるだけの魔力があれば、多少の応用はできる。
尤も、栞の場合は、「多少」ではなかっただけの話。
「あれだけ思い込みの激しい女だ。できると思ったら、必ずやらかすヤツだからな」
紅い髪の男は、そう言いながら何かを思い出すかのように笑った。
その言葉には同意するが、素直に頷けないものがある。
彼女のことを理解しているのは自分だけではない。
そんなことは分かっている。
だけど、そのどこか余裕のある笑みが単純にムカつく。
ただそれだけだった。
ああ、なんてことだ。
オレはここまで狭量な男だったのか。
栞に対して少しでも好意がある男が彼女について笑いながら語るだけで、どうしようもなく腹立たしい。
そして、そこまで酒精が強いものでもなく、飲んだ量も多くはないないはずなのに、先ほどから、オレの心臓の鼓動が早くなり、全身の体温が上がり、何も考えられなくなるような気がしたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




