身勝手な言い分
「分かりますか……」
彼女は肩を落とす。
どうやらバレないようにしたかったらしい。
「うん、不思議とね。やっぱり自分だからかな?」
目の前の少女は、写真で見た小さい頃の自分をさらに小さくしたような面立ちだった。
その堂々とした態度と言葉。
そして、強い意思を感じる大きな瞳は、あまり子どもっぽくはない気がするけれど。
「確かにワタシは昔のアナタです。でもそれを分かった上で、何故、ワタシの言葉を否定するのですか?」」
「いや、否定する気はないよ」
「え?」
「魔界に行けば確実に死ぬんだろうなっていうのは理解した。多分、何も知らないわたしより、5歳ぐらいのあなたの方が魔界のことをよく知っているだろうからね」
昔の自分の姿をした人間から夢の中で「死の予言」。
でもそれを夢だからと単純に切って捨てるわけには行かないと思う。
何しろ相手は魔法使い、魔界人なのだから。
「では何故?」
「さっきも言ったように考え方の違い……としか言えないなあ。死にたいわけじゃないけれど、関係のない他人までも巻き込んでまで長生きをしたくもない。生きている間、ずっと悪夢に魘されそうで嫌だ」
魔界人なら巻き込んでも良いというわけでもない。
でも、それ以上に、何も知らないごく普通の人間が、普通ではないわたしと関わったことで理不尽な目に遭うというのはお互いに納得できる状況とは言えないだろう。
「それでもワタシは死にたくないのです。他者を犠牲にしてでも生き延びたいと願うのはいけないことですか?」
「いけなくはないよ。それは人間の本能だと思う。でも、わたしとこのままこのことについて話していても、多分、死生観ってやつの違いになるから、残念ながら平行線になっちゃうと思うよ」
魔界の常識があるけど、5年しか生きていない世界の狭いわたしと、魔界の常識はないけど10年の歴史があって、それなりの人間関係を作ってきたわたし。
元は同じ人間だけど、全く同じ考え方になるとは思えなかった。
「だから、少し意見のすり合わせをしとこうか」
わたしはそう提案してみる。
「すり合わせ?」
「妥協点の模索とも言う。話し合う以上、互いの落とし所を探るのは必要でしょう?」
普通の幼児ならば難しい言葉かもしれないが、彼女には理解できたようだ。
やっぱり魔界人って普通の人間とは違うのだと思う。
「……話は平行線になると、先程、アナタ自身が口にしたと思いますが……?」
「うん。このままだと平行線。だから、少しだけお互いの意思を曲げて交わるようにする。そのために話そう。まあ、わたしも頭が固い自覚はあるからもっとこじれてしまう可能性はあるけどね」
「ワタシも……、頭が固いと思われます」
うん、そんな感じはする。
「だけど、今のままじゃ双方納得ができない。だから、話そう。少しでも違いを理解するために。でも、この提案はあなたに有利だと思うよ。わたしが知らない魔界人知識があるから」
「しかし、老獪さはアナタの方に分があることでしょう。ワタシの経験はアナタを通して感じ取った一部分しかないのです。六感全てで感じる大いなる経験や、アナタ自身の考えは全く分かりません」
「老獪って言うな」
まるでわたしが「古狸」のようではないか。
でも、わたしの中で眠っていると言われている記憶は、わたしを通して多少の知識を得てはいるらしい。
それが分かっただけでも全然違う気がする。
大人びた口調や考え方とかはその辺にあるのかな?
でも、そのことが彼女の考え方に影響を与えるほどのものではなかったってことだよね?
これは思った以上に手強いかも。
「死ぬっていうのは病気? それとも王妃とかそう言った理由?」
まずは情報収集のために原因になりそうなことを探ってみようか。
「どちらも違います」
彼女はきっぱりと否定する。
「アナタが魔界に戻れば、すぐに見つかってしまうと思います。王妃殿下や……、王子殿下よりもずっと怖い存在に……」
「王妃や王子よりも怖い存在?」
あれ?
なんか雲行きが怪しいぞ?
例の王妃とかに関係があると思っていたのに、彼女はそれらとは違うと言う。
「はい。魔界にいる限り、ソレから逃げ切ることはできないでしょう。魔法を持たないアナタは為す術もなく捕まってしまうと予想されています」
「捕まるの? 死ぬの?」
「捕まって死にます」
断言された。
「それだけ恐ろしい存在なのです」
それだけ恐ろしい相手……ねえ……。
そこで、わたしの中で疑問がはっきりと形になる。
でも……、これはまだ口にしない方が良いかな。
今はまだ判断材料が足りない気がする。
もう少し我慢!
「魔法を持たないことが問題ならば、魔法の封印を解けばなんとかなるんじゃないの?」
「それでなんとかできるなら、始めから封印などしませんよ」
「それもそうだね」
少なくとも、封印をしなければいけない事情っていうのがあったはずだ。
人間界で暮らすために封印したと思われる魔法はともかく、それまでの過程も全部忘れる記憶まで封印する理由が。
「その記憶がないアナタに言っても伝わらないと思いますが、ワタシは死にたくないのです。ただソレだけなのです」
「なんで、記憶まで消したの?」
「忘れたかったからです。全てを忘れて……、母と2人で生きていければそれで良かったのです」
ちょっと待て。
いろいろ待て。
流石に待て?
「母と2人で……。それを否定するつもりはないけれど、そのために今までのことを全部忘れて別生活、新生活っていうのはなんか違わない?」
「ワタシの人生です。そのワタシが自分のことをどうしようと、誰にも文句を言われる謂れなどないでしょう?」
それはそうかもしれない。
だけど、納得はできない。
「10年間、探し続けた人がいる。それだけのことをしようとした人が。その時はそれを知らなかっただろうけど、知った今でもそう言える?」
「言えます。彼らも10年を無駄にしたと。ワタシのことなど忘れて、魔界で安穏と生活していれば良かったのに」
それを言っちゃいますか。
つまり……、わたしは、もう我慢しなくても良いですよね?
「おいこら、わたし」
「なんでしょう? ワタシ?」
「それならば、何故、彼らを救ったの?」
「え?」
「そうやって簡単に捨てるぐらいなら、何故、彼らを城に連れ帰ったの? と聞いてる」
彼らは言っていたではないか。
身寄りがなくて困っていたところを、幼き日の「わたし」が、自分の意思で、城に連れ帰ったと。
だから、彼らは昔の「わたし」に「救われた」と。
「そんな……、ワタシは彼らを捨ててなんか……」
「彼らの前から姿を消した上で、彼らのことを含めて全て忘れた。それって捨てるのと何が違うの?」
「アナタには分かりません!」
「そりゃ、分からないよ。わたしもあなたに奪われたからね」
「何を……」
「記憶。あなたが彼らを捨てる理由や、その他諸々の事情ひっくるめて全部奪われたよ?」
正直、魔法なんてどうでも良い。
でも、記憶は……、それまでの思い出を含めたものについては、自分にとってもあまりどうでも良くないのだ。
「死ぬ可能性があることすら今まで知らなかった。それに彼らが助けてくれなければ、あなたが言う『恐ろしい存在』とやらに出くわす前に、死んでいた可能性もある。その辺りについてはどうお考えでしょうか?」
「それは……」
彼女は目を見開く。
ああ、うん。
分かってるんだ。
こんな幼児相手に、10歳ほど年上のわたしが言うにはちょっと厳しい言葉だと。
そう分かってるんだけど、これだけは言わせて欲しい。
「なんで、あなたは自分のことしか考えられないの?」
彼女の話は終始、自分と母親のことしか考えていない。
その生活を守るためにどれだけの人が支えてくれているのかも考慮してない。
多分、魔界での生活だって誰かに助けられていたはずだ。
別世界出身の人間の母だけで生活を維持できたとは思えないから。
基本がまだ幼いってこともあるのだろうけど、見た目ほどお子様でもないはずだ。
わたしを通していろいろと見てきたはずの人間にしては、あまりにも……身勝手過ぎる言い分だと思ってしまったから、黙っていられなかった。
……と言うか、自分自身だと思うから余計に腹が立つのかもしれない。
「自分のことを考えるのは当然でしょう?」
絞り出すような声で、目の前にいる彼女はそう言った。
「自分のことだけを考えるのは、死にたくないと願うのは当然ではないですか!」
懸命に彼女は声をあげる。
それでも……わたしは彼女に伝えなければいけない。
これは、わたしの問題なのだから。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




