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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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余裕消失

「栞……」

「ふっ!?」


 不意に、耳元で甘い囁き声。


 今も尚、わたしの視界は奪われているために、その破壊力はとんでもない数値を叩き出した気がする。


「来島から、魔力珠、貰ったのか?」

「あ、うん……」


 あ、あれ?

 なんだろう。


 九十九の声が少し、雄也さんのように何かを含んだものに聞こえる気がするのは気のせいか?


「おい、そこのホスト」

「ホスト!?」


 ライトの呼びかけに九十九が反応する。


 ホストって、この場合、「男性の主催者」って意味ではなく、人間界の夜のお店で接待をしているあの「ホスト」のことかな?


 先ほどの「犬」よりは人間扱いされているだけマシになった気はする。


「主人を抱えながら耳元で名前呼びとか……。護衛の範疇を逸脱してるだろ?」


 そうなのか。

 あの「宣誓」から、九十九はずっとこんな感じなので、あまり気にしていなかった。


「シオリも拒否しろ。どう見ても、立場を利用したセクハラをされてるじゃねえか」

「セクハラ……?」


 つまりは、「性的(セクシャル)嫌がらせ(ハラスメント)」……?


 九十九から「性的」な扱いは、あまり受けてないな。

 彼からの抱擁は多いけど、あまり性的な意思は感じない。


 強いて言えば、先ほど、ミラをおびき出すために、ちょっと顔のあちこちにキスされたぐらい?


 そんな時でも、九十九はちゃんと口は避けてくれた。


「セクハラの心当たりはないかな」


 わたしがそう言うと、大袈裟な溜息が聞こえてきた。


「短期間で随分と主人を調教してるじゃねえか、駄犬」

「その発言はいろいろとおかしくねえか? なんで、犬()主人()調教するんだよ?」


 しかも、調教って、わたしは動物か?


「大丈夫か? シオリ。この男に変な仕込みをされてないか?」


 心なしかその声色は、本当に心配されているような気がする。


 まあ、確かに事情を知らない人からすれば、この異性から抱き抱えられて平然としているような状況は、心配されるようなことかもしれない。


 でも、ライトがそんなことを気にするとはちょっと思っていなかった。


 それに……。


「変な仕込み?」


 ナニソレ?


「人聞きが悪いことを……」


 九十九がすぐ傍でブツブツ言っている。


「寝ている間に、身体を弄られるとか」

「やってねえ!!」


 ライトの酷い言葉に、九十九は即座に否定した。


「それはただの痴漢行為じゃないかな」


 そんなことをする護衛は、もはや護衛ではないと思うのだけど……。


「そうか? すぐ横で無防備な女が寝ているのに、手を出さないのは逆に無作法とか思わないか?」

「どんな作法だ!?」


 九十九が問い返す。


 そして、そんな作法はわたしも知らないな。


 それに、眠っている人間に手を出すのって、人間界でも確か、強制ではないけど、準強制なんたら……に該当すると思う。


 個人的には、抵抗できない心神喪失状態の相手に手を出す人の神経の方が、ちょっとどうかと思うけれど。


 でも、その状況を考えれば、意識があっても、身体が固まって動けなくなることは身を持って知った。


 それならば、意識があってその行為の全容を記憶してしまう方が傷も深いってことだろうか?

 その辺、よく分からない。


 ふーっと息を吐いた。


「シオリ、随分、熱そうだな。いつもは少ない色気が随分、増してるじゃねえか」


 少ないのか……。

 でも、「ない」と言いきられなかっただけマシかな。


「近寄るな」


 九十九の尖った口調。


 ミラ相手には、有り余るほどあった九十九の余裕は、何故か、ライトに対してはなくなってしまうようだ。


 でも、それがどこにでもいる18歳の青年って感じがして、少し微笑ましい気がした。


 人間界では、18歳は高校三年生だ。

 いや、時期的にもう卒業はしているとかいう突っ込みはなしの方向で。


 少なくとも、大学生になる直前の時期ではあるのでセーフだ。


 それなのに、職人と思えるほどの仕事人間している九十九は凄いのかもしれないけど、同年代の男性と一緒にいれば、年相応になるってことなのだろう。


「駄犬の代わりに俺が慰めてやろうか?」


 ライトは、そんなとんでもない提案をしてきた。


「いや、遠慮します」


 この場合の「慰め」ってそういう意味だと思うので、きっぱりと断らせていただこう。


 その辺りは十分、間に合っている。

 寧ろ、最近は過剰気味だ。


 もうこれ以上は必要ない。


「だが、少し前にこの駄犬に噛みつかれて、痛い思いをしたんだろ?」


 それは否定しない。


 確かに九十九からは痛いことをされたのだから。


 でも、別に噛みつかれたわけではない。


 ああ、もしかして、よく聞く「犬に噛まれたと思って……」というやつか。

 ちょっと分かりにくい言葉だね。


 でも、先ほどから妙に九十九のことを「犬」扱いするのは、ちょっと止めて欲しいかな。


「この熱なら自分で下げるから大丈夫」

「は? シオリ、お前、まさか……、自分でする気か?」


 何故か驚いた声を出すライト。


「うん」


 この熱ぐらい、自分で下げられる。


 九十九の手もライトの手もいらない。


「おい、ネズミ。こいつの言葉をお前の常識で受け止めるな。絶対に、心の底からがっかりすることになるぞ」

「は?」


 どこか疲れたような九十九の言葉に疑問符を浮かべるライト。

 九十九も今日は彼を「ネズミ」扱いするように決めたらしい。


 心の底からガッカリってどういう意味だろう?

 わたしにはよく分からない。

 

 それに、ガッカリするかは分からないけど、ちょっとビックリはされちゃうとは思っている。


「栞、オレの手伝いは必要か?」

「そのまま、結界の維持で」


 目隠しされた状態で、ライトに対する低く冷たい口調と、わたしに対する甘く優しい囁きはその音の響きにかなりギャップが激しい。


 どちらが好きかと問われたら……。


 いやいや、集中、集中!


『解熱』


「は?」


 わたしの言葉に、ライトの短い疑問が聞こえた。


 彼はわたしの魔法を見るのが初めてだったね。


 やっぱり驚いたか。

 でも、気にしない。


 暫くすると、あれほどあった体内の高熱は、微熱程度に治まっていく。


「う~ん。身体にまだ違和感」


 ちょっとだけ自分の体内魔気の流れを少し阻害するような気配がある。


「まだ少しだけ熱いな」


 目隠しをした状態で、頬を撫でられている感覚がある。


 お腹の圧迫感はなくなったが、これも、結構、恥ずかしい体勢なのではないだろうか?


「栞……。『解毒』は出来そうか?」


 九十九が耳元で囁く。


 この声は本当に凶器だ。

 また熱が上がってしまうじゃないか。


「『解毒』?」


 だけど、なんとか問い返す。


「まだ残っている熱は、お湯の薬効成分が残ってるせいだろう」

「おお、なるほど」


 それで「解毒」なのか。


 確かに薬と毒って、その違いは副作用を含めたその効果が身体に害があるかどうかって話だもんね。


 集中、集中……。

 この体内魔気の流れを阻む壁のようなナニかを吹き飛ばすようなイメージで……。


『解毒』


 一言、そう呟いた。


 少しずつだけど、何かを押し出されていくような感じがする。

 このまま、一気に押し流そう!


「良し」


 九十九がそう小さく呟き、わたしの視界を解放すると、眩しい部屋の明かりが目に入った。


「うわっ!?」


 気分スッキリ、視界くっきり。

 先ほどまでの状態が嘘のようだ。


 でも、少し目が腫れぼったい気はするし、喉も乾いている。


「じっとしてろ」


 九十九が、目を気にしているわたしに気付いて、治癒魔法を使ってくれた。


 流石に体勢的に、さっきみたいにキスで治癒はしなかったけど……。


 まだ、わたしは九十九に抱えられたままなのだ。

 いい加減、離れたい。


 でも、よく考えたら……キスで治癒魔法……、できるのか。


 この世界の魔法を使う人ってほとんど手から使っているのだ。

 それを考えれば、九十九ってかなり凄いことを自然にしているよね?


 口から魔力を発しているのだから。


 いや、それと似たことを既にされていた気がする。

 わたしの身体に九十九の魔気があちこち刻まれていたっていうのはそう言うことだもんね。


「ほら」

「ありがとう」


 いつものように、九十九にお礼を言う。


 いつもと違うのは、そのやりとりをかなり難しい顔で見ている人が一人、いることぐらいか。


 もともと鋭い紫の瞳が、すっと細められてかなり鋭さが増している。

 それは、まるで……、細身の剣のようだった。


「そこの盛りが付いた駄犬」

「あぁあ?」


 とんでもないライトの言葉に、九十九が昔、人間界のテレビで観た柄の悪いおに~さんのような返答をする。


「ちょっとツラ、貸せ」

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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