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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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【第62章― 手出し無用! ―】存分にやれ

この話から62章です。

よろしくお願いします。

「終わったか……」


 ミラが去った後、九十九はわたしの髪を撫でながらそう呟いた。


 でも、まだ終わってない。


「苦しいか? 栞」


 気遣うような九十九の声。


 そこに先ほどのような甘さはない。

 この切り替えは流石だなと思う。


 ミラに書類を渡し終わった後は、いつもの九十九に戻っているのだから。


「だ、大丈夫」

「眠いだろ? もう眠っても良いんだぞ?」


 まだ眠るわけにはいかない。


 わたしは首を振る。

 頭がくらくらした。


 それまでのやりとりはともかく、この熱だけは本物だ。


 だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()


 心配してくれる九十九には悪いけど、わたしにしかできないこともある。


「水分だけはとっておけ」


 そう言って、九十九はわたしを抱き起こし、水差しを口に含ませる。


 なんとなく、鳥の雛になった気分だ。

 ぴよぴよ?


 さらさらした液体が、喉を冷やしていく。


「まだ飲むか?」


 そんな問いかけにこくりと頷くことで答えた。


 これも薬草茶なのかな?

 飲んだことがない味だ。


 九十九のことだ。

 解熱効果とかそんなものがあるのだろう。


 また、調()()()()()()

 でも、こうやって九十九に抱き抱えられているだけでも、十分、熱は上がる気がする。


 どうして、九十九は平気なのだろう?


 男だから?

 それとも、わたしが主人だから?


 単純にわたしに女性の魅力が皆無だから?


 でも、九十九が「発情期」中に反応したということは、わたしは彼の好みのタイプに近くはあるんだよね。


 先ほど、ミラとそんな話をしていた。

 それでも、彼は今も普通だ。


 緊張の欠片も、僅かな熱も感じない。


 ここにいるのは甘く優しいいつもの護衛。


 ミラが現れるまでは、あんなにも眩しい光と温かい熱をわたしに与えたのに、今はその残滓すらなかった。


「それで、()()()()()()()()だ?」


 全てを伝えていないけれど、なんとなく九十九は気付いているのだろう。


 だから、そろそろ、片を付けようか。

 これ以上は、わたしの身体も持ちそうにない。


 九十九から、ゆっくりと身体を離す。


「栞……?」


 そんな不思議そうな声を背に、わたしは寝台から降りた。


 そして、天井に視線を送る。


「そろそろ降りてきたら? ミラの陰に隠れたぐらいで、その気配を誤魔化せるとはあなたも思ってないでしょう?」


 だが、何の反応もなかった。


 勿論、そんな言葉ぐらいで素直に出てくるならば、今も隠れてはいないだろう。


 それぐらいは分かっている。


「九十九……。結界を頼める?」


 後ろを振り向きもせず、わたしは頼んだ。


 結界はまだイメージできない。

 わたしは空属性と相性が悪すぎる気がした。


「……種類は?」


 突然の要請にも動じることなく、護衛は落ち着いて確認してくる。


「風魔法特化。外に気配が漏れないようなやつ」


 それ以上は必要ないだろう。


 最悪、気配が漏れなければ良い。


「それなら得意だ」


 背後で九十九の笑う気配があった。


 どうして、こんな状況で彼は笑えるのだろう?

 疑問が先走っても可笑しくないのに。


「存分にやれ、主人」


 その言葉と共に、周囲に九十九の気配が広がった。


 結界が完成したようだ。


『吸引』


 そう言いながら、右手を突き出す。


 右手にあるものだけを特化させて引き寄せるイメージ。

 天井から奇妙な衝突音と『ぐおっ!? 』とか言う奇声。


 でも、吸い寄せられない。


「イメージが足りてない?」


 それとももっと出力、いや、吸引力を上げるべきか。


「いや、どう見ても天井が邪魔してるんじゃねえか? ぶつかっただろ、あの音」

「ああ、なるほど」


 だけど、九十九の意見がわたしの耳に届くころには、既に吸引力は上がっていた。


 不思議と周囲のものに影響はなく、天井に向かって一直線に伸びる風属性の魔力。

 なんとなくホースのようだ。


 イメージ的に掃除機……かな?

 でも、他の物には影響なく、背後にいる九十九も落ち着いたものだった。


「どうすれば良いかな?」

「一度、止めてやれよ。オレが結界を張った時点で、簡単に逃げられないことは相手も承知だろうから」


 なるほど……。


「でも、出てきてくれると思う?」

「あんな無様な声を聞かせておいて、こっそりと逃げるような性格だと思うか? 名誉回復のために(ツラ)ぐらい見せるだろ」


 九十九がそう確信したようなことを言うから、わたしは手を止めた。


 熱のせいか、わたしの判断力はやや鈍っているようだ。

 背後に九十九がいてくれて良かったかもしれない。


 最悪、この建物の天井を剥がしてでも引きずり出してやろうと思っていたから。


「そろそろ出て来いよ。紅いネズミ」


 笑いを押し殺したような九十九の言葉。


 でも、結構、酷い言葉だ。


「出てこないと、護りの(かべ)を剥がれるぞ」


 ぬ?

 そこまで読まれている?


 こちらから見れば天井でも、その上にいる人間にとっては、確かに、あの仕切り板は床だ。


「分かってる。そこの女には常識が通じない」


 そんな失礼な声が聞こえ、空間の歪みと共に、九十九以外の気配を感じた。


 それとほぼ同時に、わたしは右手首を掴まれ、そのまま後ろに引っ張られる。


「ふん。相変わらず、忠犬だな、護衛」

「準備が良いと言ってくれ」


 わたしの手首を引いたのは九十九だった。

 移動魔法の気配と共に、素早く、わたしに接触したのだ。


 しかし、「犬」はないだろう。「犬」は……。

 先ほど「ネズミ」と言われた腹いせかな?


「それで、シオリ。俺に何の用だ?」


 紅い髪、黒一色の服に身を包んだ青年は、明らかに不機嫌な様子を崩さずにわたしに問いかけているが、その視線は九十九に向けられていた。


 その状態は話しにくい。


 でも、ある程度仕方ないのか。

 九十九はわたしを引き寄せ、そのまま背後から抱き抱えた状態で、寝台に座っているのだ。


 そして、右手首を掴まれ、さらに彼の腕でわたしのお腹が固定されてしまったために、下手に動けない。


 何より、この状態はかなり見られているのが恥ずかしい。


 小さな子供か、わたしは!!


「あ、あなたに聞きたいのはたった一つ」


 この「ゆめの郷」についての話とか、そんな難しいことはどうでも良い。


 だけど、あの顛末だけは聞く必要はある。


「ああ、お前に『ソウ』と名乗ったあの男のことなら、もう既に始末したぞ」


 それは分かりやすい答え。

 そして、わたしが覚悟していた言葉でもあった。


 だけど、自分の髪の毛が逆立つ気配がある。


「俺を恨むなよ。国の事情にヤツが納得した結果だ」

「分かってるよ」


 そうなることは分かっていたのだ。

 だけど、やはりどこかで納得できないものがある。


 わたしの中で、高熱と別のナニかが動こうとして……。


「落ち着け、栞」


 すぐ後ろの声に引き戻される。


「これ以上、熱を上げるな」


 そう言って、右手首の拘束を外され、両目を隠される。


「随分、駄犬になったみたいじゃないか、護衛」

「おお、主人のくれるご褒美が甘いからな。尻尾の一つも振りたくなる」


 ぬ?

 褒美?


 何の話?


「ふん。あんたが振っているのは後ろの尻尾だけじゃないだろ?」


 明らかに侮蔑の声。


「まあ、使い道のない武器なんて、弾を打ち出すことなく錆びるだけだけどな」

「余計なお世話だ」


 会話が見えない。


 九十九の武器は銃器ではなく、剣だった気がする。

 魔法のこと?


「随分、主人は辛そうじゃないか。手を出せないなら、俺に寄越せ」

「断る」


 今度はわたしの話?


 まあ、明らかに高熱で、息も荒くなっているのだから、見た目にも状態は悪くないって分かるよね。


「ライト……。ソウは、どこに眠っているの?」


 始末したと言うならば、そう言うことだろう。


 国の事情に口を出すなと皆、言う。

 ライトが言った「納得した」と言うのも本当のことだろう。


 あの時、既に彼は覚悟を決めていたから。


「ここにはもういない」


 ライトはわたしの問いかけの意味を察して、そう答えた。


「お墓すらないの?」

「ミラージュの人間は、死ねば、その肉体は、葬送の儀を行わずとも、『呪われた刻印』に欠片すら残さず食らわれる。運よく『(こん)(せき)』に魂を移すことが間に合えば、『生きた証』は一部だけ残るが、ヤツに関しては、それもない」


 つまり、あの人は、その「生きた証」すら、この世界に残すことを許されなかったのか。


「だから、ヤツの形見を持つのはお前だけだ」


 不意にライトはその声を和らげた。


「え?」

「あの魔力珠。大事にしてやれ」


 そうか。

 あの人は、自分の「生きた証」を残すことも許されないことは分かっていたのだ。


 だから、わたしに魔力の塊であるあの「魔力珠」をくれたのか。


 そして、その言葉から、ライトも憎しみなどの単純な感情だけで、ソウを始末したわけではないのだろう。


 彼らの国は、わたしたちには理解できない規則が多すぎる。


「うん。分かった」


 だから、わたしはそう答えるしかなかったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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