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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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抗えない誘惑

 さて、全世界に数多といるこの世に生を受けて18年経過した雄どもに問う。


 自分の好きな女から「欲しい」と甘く囁かれた。

 それをどんな意味に捉える?


 いや、男のオレからすれば一つしかないんだ。


 異性から「欲しい」と乞われる。

 それって、普通に考えれば、そういった意味にしかとれない。


 だが、これまでの経験から罠の雰囲気しか感じなかった。


 どうせ、ここには落とし穴と地雷しかないんだ。


 それは、なんて不毛な状況なのだろう。


 いや、それを冷静に分析してしまうほど、オレはしっかり飼い慣らされているということなのだろうけど。


「一応、確認するが、どういう意味だ?」


 溜息交じりのオレの問いかけに対して、栞は数回ほど目を瞬かせると、恥じらいながらも口にする。


「手だけじゃ、足りない」


 その言葉だけで、意識が吹っ飛ぶかと思った。


 ああ、これはなんて心臓に悪いのだろうか。


 逸るアレやコレを心の中でしっかりと押さえつつも、再度、確認する。

 どうせ、これも罠だろう?


「ぐ、具体的には……?」

「ぎゅっとして」


 用意されていたかのような即答だった。


 まるで、それ以上の邪な考えは許さないとでも言うかのように。


 ああ、うん。

 分かっていた。

 分かっていたさ。


 どうせ、こんなオチだろうな~と。


 分かっていた。

 だから、大丈夫だ。


 悲しくなんかない。

 オレは悲しくなんかないのだ。絶対に!


「分かった」


 オレは観念して栞に向かって倒れ込みながら、自由だった左手も伸ばす。


 だが、押し倒したというよりは、もともと右手を掴まれていたせいか、引き寄せられたような態勢になる。


「好きなだけオレを抱き枕にしろ」


 先ほど、オレ自身もそう言った。


 その言葉を彼女は素直に受け入れてくれただけ。


 それに、少し前まで、たまにしかなかった抱擁を、ここに来て毎晩、目いっぱいできるようになったことは、オレにとって喜ばしいことだ。


 扱いは無機物、いや、寝具でしかないのだが。


 彼女から、異性としての扱いを望むことは許されないと分かってはいるのだが、実際、ここまで男として見られていないのは多少なりとも心にくるものがあった。


「抱き枕じゃ、ないんだけどなぁ」

「は?」


 そう言いながら、倒れ込んだオレに張り付き、遠慮なく胸元に自分の熱くなった顔を埋める栞。


 その行為は甘く、この胸を存分に擽り、かき乱していく。


 これが、もしも……。


「九十九が本当にわたしだけの抱き枕なら――――」


 オレの胸元に小さな呟き。


 それは、あまりにも小さな声過ぎて、その語尾が巧く聞き取れなかった。


「今、なんて言った?」

「教えない」


 問いかけるオレに対して、蕩けるような笑みを向けて栞は無邪気に答えた。


 この小悪魔め。

 だが、その笑みだけで満足してしまうオレは、本当に安い男なのだろう。


「あ~、九十九は全身、気持ち良い」


 聞きようによってはとんでもない言葉を言われた。


 今だけは、自分が「発情期」の心配がなくなったことを感謝したい。

 普通の童貞男ならイチコロだっただろう。


 いや、オレも十分、柔らかくて気持ちがいい状態ではあるのだが、流石にそれを口にするのは憚られた。


 男が言ったらセクハラでしかない。


「はいはい、好きなだけ気持ちよくなってくれ」


 だが、彼女にとって、この行為は、自身の熱い身体が落ち着くだけの話だ。


 まあ、もともとあのお湯に「催淫効果」があったらしい。

 人肌を求めるのはそう言うことなのだろう。


 どうせなら、もっと深い部分を求めて欲しかったものだが、それはそれで複雑な気持ちになったことだろう。


 なんとなく、右手で栞の頬を撫で、左手で背中をさすってみる。


 薬の効果が抜ける様子はまだなく、オレの全身を気持ちが良いと言ってくれた栞の全身は、先ほどと変わらず熱いままだった。


 だが、その熱くて柔らかい身体は、時折、悩まし気な息を吐き、甘い猛毒のようにオレの思考を溶かそうとする。


 このまま、その甘い毒に溶かされて、何も考えられなくなれば良かったのに、それでも、オレの精神は踏み止まろうとする。


 だが、冷えた心と違って、18歳の熱く健全な肉体は、正直すぎて困る。


 薬の効果によって、発熱している栞を心配する気持ちに少しも嘘はないのに、身体の方が別のことを考えている。


 これに関しては、もはや別の生き物だから仕方ない。


 この状態を彼女に気付かれないように、なんとかやり過ごすだけだ。


 だが、肉体はともかく、精神さえその気にならなければ、引き摺られることはないはずだ。


 この状態になんとか耐えて、乗り切ることができるだろう。


「ふふっ」


 ふと栞が胸元で笑った気がした。


「どうした?」


 自分の葛藤を読まれたわけではないだろうが、確認する。


「これだから、九十九が良いんだ」

「何の話だ?」

「この状態でもわたしを優先してくれる」

「この状態だから優先するのは当たり前だろう?」

「ふふっ、そうだね。でも、()()()()()()()()かな」

「その甲斐?」


 何の話だ?


「わたしたちは、()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいだね」


 かなり小さなその言葉で、状況を察する。


 客だ。


 昨晩や、先ほどのように窓の外に気配はない。

 だが、部屋の真上から、自分たち以外の人間の微かな気配を感じた。


 この建物は一階建てだ。

 だから、上から気配を感じるのはおかしいだろう。


「なんで、気付いた?」


 それも、オレが気付く前に。


「ん~? なんとなく?」


 熱のためか、栞はどこかぼんやりとした返しをする。


 その気配はすぐに動く様子がないが、この上に潜んでいることは分かった。

 オレたちが寝静まるのを待っているのかもしれないし、単純に見ているだけかもしれない。


「でも、まだいちゃつきが足りないかな?」


 彼女はオレの両腕に包まれている状態で、胸元に頬を寄せつつ、そんなとんでもないことを言いだしたが……。


「十分だと思うぞ」


 オレはそう答えた。


 実際、透視魔法でも使わない限り、天井からオレたちが収まっている布団の中の状態なんて分かるはずもない。


 オレたちの気配や体内魔気の状態、そして、囁かれる言葉から状況を察するしかないのだ。


 先ほどまで完璧に消していた気配に、オレたちが気付くことができる程度には、相手がやきもきしてくれたのだろう。


 それだけで、挑発としては十分だ。


「だが、お前が望むなら、叶えてやるぞ」

「むぅ……」


 どうやらそれは不満らしい。


 オレの胸元で可愛らしく真っ赤な頬を膨らませるような気配があった。

 まあ、そこでノリノリで許可をされても、オレの方が絶対に困るんだが。


 だが、正直、この状況も困っている。


 上からの気配を感じたことで、多少、落ち着きはしたが、オレは聖人を目指す神官どもではない。


 まだまだ現役、18歳の血気盛りな健康な青年。


 流石にサルやウサギ、ライオンやトラと言うほどではないが、それなりにヤりたいお年頃ではあるのだ。


 それなのに、手を出してはいけない異性に惚れて、しかも、その相手は天然小悪魔ときたもんだ。


 これって、普通は理性だけでどうにかできる状況なのか?


「九十九が望まないなら、このままで良い」


 この阿呆!


 こっちは滅茶苦茶望んでるってんだ!

 これ以上の行為を心の奥から切望しているんだよ!!


 いっそ、本当にそう叫べたら楽だろうか?

 いや、それはそれで、その先には闇しかない気がする。


 うん。

 多くを望んではいけない。


 望めば、きっと罰が当たる。


 手を払われることなく、この両の手に「かけがえのない宝物」が収まっていることを素直に喜ぼう。


「分かった。じゃあ、このままで……」


 そして、再び栞の黒い髪を撫でる。


 大丈夫だ。

 これで十分だ。

 自分にそう言い聞かせながら。


 ああ、それでも、この誘惑には抗いがたくて……。


 オレはどこかぼんやりとした思考のまま、栞の額に軽い口付けを落としてしまったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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