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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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苦行の時間

 何かの気配を察して、夢から覚めた。


 目の前には伸ばされた手。


 自分に対して敵意の一切ないそれが誰のものであるかなんて、暗闇で見えにくくても、オレにはよく分かる。


「どうした?」


 オレが声をかけるとその手がビクリと震えた。


「お、起こしちゃった?」


 そんな声が聞こえ、白いその手が下がろうとしたので、なんとなく掴んだ。


「ふおっ!?」


 掴まれたことに驚いたのか、変な声が聞こえた。


 間違いなく本人の手のようだ。


 その白い手はいつもよりずっと熱かった。

 だから、苦し紛れに手を伸ばしたのかもしれない。


 そう言えば、先ほど夢の中で兄貴が……、人肌が効果的と言っていた気がする。

 試してみるか。


「大丈夫だ」


 そう言って、掴んだ手をそのまま自分の頬に触れさせてみた。


 その手は酷く熱い。

 オレの体温で落ち着くだろうか?


「熱いか?」


 オレの問いかけに反応はしているようだが、声が聞こえない。


 喉をやられたか?


「冷たい物を飲むか?」


 やはり反応はあるが、返答がない。


 熱い手が震え、少し温かな風が届く。

 それが、彼女の吐いた息だと気付くまでに少しだけ時間がかかった。


「苦しいか?」


 オレが問いかけると、掴んでいる手が何度も震える。

 すぐ傍で動く気配がするので、首を縦か横かに振っているのだろう。


 声も出せないほど辛いのか……。


「苦しいよな」


 そう言って、彼女を引き寄せ抱き締める。


 かなり熱い。

 寝るまでは微熱程度だったが、今は高熱になっていた。


 それだけ、彼女の身体が、薬に激しく抵抗しているのだろう。

 自分にとって、有害なものと身体が認めたのだ。


「悪い。オレがもっと早く気付くべきだった」


 こんなに苦しんでいるのに、抱き締めることしかできない。


 いや、できることはまだあるか。


 今のように少しでも、彼女に直接触れること。


 それだけで熱を押さえることができるとは思えないが、抱き締めた後は暴れまわっていた行き場のなかった熱が少しだけ落ち着いた気はする。


 だから、昨日のように撫でてみた。


 あの時は、とんでもない要求だと思ったが、彼女は、あの場で最善の答えを導き出していたのだ。


「ひんやり……」


 か細く、消え入りそうな声。


 でも、確かな返答があった。


「冷たいか?」


 彼女が熱いせいか、オレの手が冷えるように感じるのだろう。


 冷たすぎなければ良いのだが……。


「気持ちが良い」


 迷いもなく、彼女は素直な感想を述べた。


 そこに他意はない。

 オレの手はただの冷却シートのような扱いを受けているだけだが……。


「だから、お前は……」


 それでも、オレの頭と身体は律儀に彼女の言葉に反応してしまうのだ。


 だが……。


「オレの手が気持ち良いのか?」

「うん」


 即答された。


 今、大事なのはオレの葛藤より、その部分だ。


 そして、それが本当なら、兄貴が言った人肌が効果的と言うのも、本当だと言うことになる。


「九十九から撫でられると、かなり気持ちが良い」


 他意はない!

 ……多分。


「だから、もっと撫でて」


 ここにオレを精神的に殺そうとする小悪魔がいます。


 抱き締めた状態でそんな可愛らしいことを言うのは、本当にいろいろと勘弁して欲しいのだが……。


「……おお」


 それを彼女が望むのだから仕方ない。


 なんとなく撫でやすい頭や額を撫でてみる。

 彼女から漏らされた熱い息が、オレの胸元をくすぐった。


 額も熱い。


 だが、額は冷やしても、発熱している当人が冷やされている感覚を実感できるだけで、解熱の効果は高くはない。


 身体を冷やすことを考えれば……。


「首に……」

「ん?」

「首に触れても良いか?」


 オレは確認する。


「熱を下げるなら、首、脇、鼠径部を冷やすのが一番なんだよ」

「熱中症対策みたいだね」


 熱を逃がすためだから、一緒だな。


「ん~、でも、今、ハイネックだから、ちょっと脱ぐ」

「は?」


 今、この女何か奇妙な発言をしたような気がして、聞き返した。


「熱いし……」


 そう言って、オレの腕の中で、微かに動きがあった。


「ちょ、ちょっと待て!! 流石にそれはマズい」


 オレは慌てて、腕から彼女を離す。


「ふ?」

「確認するが、そのハイネックの下は何を着ている?」


 ちょっとした間があって……。


「着替えの袋を出して」


 やはり、何も着ていなかったらしい。


 高熱に浮かされて、冷静な判断力を失っているのか?


 少しだけ惜しいことをした気がするが、それでも、後から冷静になられても困る。


「……おお」


 オレが起き上がると、同じように起き上がる。


「で、九十九は向こう向いててね」

「まさか、ここで着替えるのか?」


 それはいろいろと問題な気がするが……。


「脱衣所まで行くのがつらい」


 そう言われては、オレも無理に連れて行くわけにはいかない。


「仕方ねえな」


 素直に後ろを向く。


 だが、背後から聞こえてくる着替えの音や、時々漏れる声や息に、何の感情も湧かないはずもない。


 それが好きな相手だから尚のことだろう。


 日々妄想に苛まれている青少年の思考をなめるな。

 この状況だけで、極上のオカズだよ。


 だが、後ろを向くようなことだけはしない。


 振り返れば、桃源郷もあるだろうが、同時に地獄への入り口も待っているのだ。


「もう良いよ」


 栞の声が聞こえた。


 それは、時間にして5分もなかったとは思う。

 それでも、十分長すぎると思える苦行の時間だった。


 振り向くと、そこには高熱で顔を真っ赤にしている栞の姿があった。

 その姿を見て、オレが冷静でいられるはずもなかった。


「この阿呆!!」


 思わず、抱え上げる。


「ふわっ!?」

「とっとと寝るぞ!!」


 そんな言葉しか出てこない。


 それだけ見た目にも分かりやすく、彼女の状態は良くなかったのだ。


「ちょっ!?」


 抗議の声など聞く気はない。


 寝台に降ろして、そのまま布団に押し込める。


「つ、つく……?」

「ぐだぐだ言うなら、その口を塞ぐぞ」


 いつもよりも低い声が出た。


「ふっ!?」

「良いから、黙って休め。必要なら、オレを抱き枕にでもすれば良い」

「だっ!?」


 先ほどよりも顔を赤く染める栞。


 今はその姿に愛おしさよりも、痛々しさを覚える。


「首、触るぞ」


 そう言って、先ほどよりも露わになっている首筋に触れる。


「――っ!!」

「熱いな」


 先ほど触れた頭や額だけではなく、首も当然ながら熱かった。


 オレは、冷えたタオルを出して、その首筋に当てる。


「ひゃっ!?」

「冷たかったか?」

「ちょっ、ちょっとだけ……」


 そう言う栞は少し涙目になっていた。


 確かに、いきなりすぎて驚いたかもしれない。

 首筋のタオルはそのままに、オレは右手で、頬に触れる。


「ふっ」


 彼女の桜色の唇から熱い吐息が漏れた。

 そして、オレの手に自分からその頬を擦り付けてくる。


 まるで、猫が甘えているようだ。


「九十九の手が、丁度良い」


 どこかぼんやりとしたような声。


「じゃあ、好きなだけ堪能しろ」

「堪能って……」


 冗談だと思ったのか、オレの言葉に栞は力なくも笑った。


「片手で足りないなら、両手が良いか?」

「いや、九十九は、片手をあけなきゃ……」


 彼女は、いつから、オレの手を気にするようになったのだろうか?

 確かに両手が塞がれば、武器も魔法も使いにくい。


 それを気にかけるようになったのは……?


「でも、あなたの手は触れていると、幸せな気分になるから、片方だけ貸して」


 そう言いながら、頬に触れたままのオレの手を熱くなっている両手で掴んだ。


 なるほど……。

 確かに、人肌が有効だと判断した兄貴は正しい。


 薬の効果が薄いためか、そこまではっきりとした形にはなっていないが、無意識に求められている気がした。


 この場にいるのがオレ以外の男でも、彼女は同じような反応しただろうか?


 そんなことをぼんやりと考えたが、そんなことを考えても無駄だ。


 今、この場にいるのはオレなのだ。

 そのことを幸運に思うしかないだろう。


 そして、こんな状態の彼女を他の男に見せたくもないし、見せるつもりもない。

 だから、誰もこの状態の彼女を知ることはないのだ。


「オレの手以外で必要なものはあるか?」


 額を撫でながら確認する。


「九十九の手、以外で……?」


 ぼんやりと焦点が合わないような瞳。


 少し、考えて、彼女は一言、小さな声で囁くようにこう言った。


「九十九が欲しい」

ここまでお読みいただきありがとうございました

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