二度はない
いろいろと考え事をしていたためか。
はたまた、集中力が欠けた状態で魔法を使い過ぎたためか……。
気が付いたら、オレの意識は飛んでいたようだ。
いや、違う。
これは、呼ばれたのか。
『相変わらず良い身分だな』
オレの意識の中に入り込んで、呼びかけてくる男の声。
「おお、オレより身分の高い方々より命令され、主人自らご指名されたからな」
オレは抜け抜けとそう言った。
そして、そこまで大袈裟なことでもないし、間違ってもいない。
「何より、兄貴も反対しなかったじゃねえか」
流石に、上司でもある兄貴が反対していれば、オレだって承知はできなかった。
『主人が望んだことだからな。俺に反対できると思うか?』
なんだかんだ言って、兄貴も栞には甘い。
彼女の要望は叶えてやりたいと思ってしまうのだろう。
「兄貴が反対しなければ、彼女たちが暴走するだけだと思うが」
厄介なことに、オレたちの連れの女性たちはそれぞれ独特の思考で暴走する傾向にあるのだ。
水尾さんはまだ面倒くさくも分かりやすい思考をしているが、栞は予想もできないような不思議な思考回路だし、真央さんは少し捻くれた思考を持っている。
常識を知る人間が止めなければ、とんでもない方向性へ向かって邁進する未来しか見えない。
尤も、常識を知る人間が常識人だと言うつもりもないのだが……。
『まあ、そんな無駄話は良い。状況を手短に報告しろ』
「分かってるよ」
報告書は送っているが、オレの口から確認したいことがあるのだろう。
それは傍受される恐れのある通信珠では伝えられないような話。
だが、この時間を作るために兄貴はかなりの魔法力を使っている。
だから、長時間雑談をすることはできない。
例の風呂の湯によって、栞に発熱の症状と腹部に不快感がみられたことを主に伝え、兄貴からの質問にもいくつか答える。
ついでに、栞の別視点からの考えも伝えておいた。
今回の騒動のどさくさに紛れて、首謀者が逃げる可能性とかそう言ったものを伝えた時、兄貴が酷く難しい顔になった部分が印象深い。
『厄介な場所だな』
全てを伝えた後で、兄貴が溜息を吐いた。
「なんとか、なりそうか?」
『なんとかするのは、この大陸の人間の務めだな。俺は手を貸すことしかできん。個人的には後腐れなく潰したいところだが、それをすると別方向からしわ寄せがくる』
やりすぎてはいけないという制限がなければ、話はもっと早かっただろう。
「水尾さんと真央さんは?」
『第三王女殿下は少し、体内魔気を抑えきれてない部分が見られているものの、我らが主人と似たような症状だな。微熱が出ている。だが、問題は第二王女殿下だ。少しばかり、症状が激しい』
「そうか……」
症状が激しい……。
重いではなくそんな表現を使ったということは、分かりやすい症状なのだろう。
『お前の見解は?』
「『鎮める草』は栞に有効だった。熱の方はともかく、体内魔気が少し落ち着く」
『お前、彼女にアレを使ったのか』
その効能を知っている兄貴は少し呆れたように言った。
「美味いからな。それに、利尿作用もあり、毒出しにも向いている。ただ身体を温める効果もあるから、解熱としてはあまりよくない」
解熱効果を狙うなら、身体を冷やす薬草茶の方が良いだろう。
「そちらの見解は?」
『人肌が有効のようだな』
「……待て?」
それは根本的な対策になっているのか?
『……「長耳族」の身体はひんやりして、落ち着くそうだ』
「いろいろ待て?」
褐色肌の少年の姿をした精霊族を思い出す。
ヤツに大人の女性が張り付くさまは、ちょっと絵面的に犯罪臭がするのではないだろうか?
『仕方ないだろう。年頃の女性に俺やトルクが対応するわけにはいかない。まあ、あの2人に比べて表面積が狭いし、リヒトの精神的な問題もあるので、同時に長時間は無理だが』
「リヒトがセクハラを受ける心配は?」
その状態や湯の成分を考えれば、そちらの心配も出てくる気がした。
しかし、同時とか。
同じ顔した美人に張り付かれるのは、男としては悪くない状態だと思うが、あのリヒトからすれば災難だと思う。
『……俺の口からはなんとも……』
兄貴は言葉を濁した。
あちらもいろいろと良くない状況にはなっているらしい。
それも、あの水尾さんと真央さんが、栞と同じような状態になっているなんて、あまり想像もできない。
その図を見てみたいような、見たくないような、そんな複雑な心境になる。
でも、兄貴なら、なんとかするのだろう。
オレが呼ばれないと言うことは、手が足りていると言うことだろうし。
『こちらの状況については、今のところ、栞ちゃんに伝えるな』
「分かってるよ」
そんなことを知ったら、確実に飛び出す。
『どうやら、こちらの湯の成分の方が、効果が高いようだからな』
「まあ、高い宿に泊まってくれるような上客なら、何度も泊まらせるために常用を含めた依存性を高めるよな」
なんとなく、この場所に来たくなる……と思わせれば良いのだ。
一度では効果が薄くても、何度か来るうちにその効果が出るようになってくる。
その後は、この場所で「ゆな」を買わせて相手をさせれば、立派な「ゆめの郷」依存症の女性客が完成するだろう。
気は長いが、かなりえげつない商法だ。
だが、その割に、失敗が少なく、ほとんど手もかからない。
相手は水源に薬を混入させるだけで、自然と不特定多数の女性がそれに触れたり口にしたりするのだ。
大多数が駄目でも、数人に効果を発揮すれば、それだけで大金を短時間でばらまく太く短い客、小金をちまちま長時間にわたって提供してくれる細く長い客などが出来上がることだろう。
今にして思えば、栞はあの2人ほどそこまであの施設の風呂を利用していない気がする。
オレの「発情期」によって、彼女はあの宿を飛び出すことになり、その後は、別の場所で宿泊しているのだ。
それにもともと薬に対する抵抗力もあるため、水尾さんと真央さんより症状は軽いのかもしれない。
『そちらもどうしようもなくなれば、俺を呼べ』
「やなこった」
反射的に返答したが、恐らくはそんなことにならない気がしている。
『こちらは、手が足りなくなったらお前たちを呼ぶ』
「オレたちを……?」
その意外な言葉に、疑問が浮かんだ。
栞に状況を伝えるなということだったが、手が足りなくなったら呼ぶとは一体……。
『魔法国家の王女たちに俺やトルクだけで対抗できると思うか?』
「……そういう意味か……」
確かに、護りはともかく、攻撃方面が足りない。
トルクスタン王子は護りの人だし、兄貴もオレも、攻撃型の水尾さんに、純粋な火力で勝てる気はしない。
だが、栞は別だ。
今の彼女なら十分、対抗できる。
セントポーリア国王陛下自らがお相手して育てた魔力は、無駄なく使いこなせば、水尾さんに劣っていないのだ。
そして、彼女は、不思議な魔法の使い方ができるようになっている。
兄貴はまだ見ていないはずだが、水尾さんや真央さんから報告を受けて、十分、戦力になると判断したのだろう。
『だが、要請するまで、彼女にこの状況を教える必要はない。今回、傷ついたあの子には安全なところにいて欲しいからな』
なんだろう……。
その台詞で、逆に不安な気持ちになってくるのは……。
そして、「傷ついたあの子」と言う言葉に、痛烈な皮肉が込められている気がするのも気のせいではないだろう。
傷ついたのは栞で、傷つけたのはこのオレだ。
それは、兄貴からしても簡単に許せることではなく、栞自身が望まなければ、そばにいることを許しはしなかったのだろう。
『だから、信頼を裏切るような無様を見せるなよ』
ここは意識の中だと言うのに、自分の胸元に日本刀のような切っ先が付きつけられた気がした。
二度はない……。
兄貴はそう言っている。
「分かっている。もう、あんな思いはごめんだ」
振り払われた手。
鋭く自分を否定する言葉。
一度は、その全身全霊で拒絶された。
あの時の絶望はどう言い表すこともできない。
他の誰よりも、オレはあの主人との断絶を恐れている。
だから、このか細く頼りない絆を守るためならば、オレはきっと……。
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