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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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これは恋じゃない

「九十九?」


 先ほどからいろいろと考え込んでいた青年は、気付くと落ち着いた寝息を立てていた。


 わたしが呼びかけても、珍しく何の反応もない。


 今日も彼はいろいろあって疲れているのだろう。

 それでも、わたしよりも先に寝入るのはかなり珍しいかもしれない。


 レアな九十九だ。

 稀少価値だ。


 わたしは、昨日に引き続いて緊張していたのだが、彼の方は、全く緊張している様子もなかった。


 でもそれは仕方がないことだろう。

 彼は眠る前に、別のことに気を取られていたのだから。


 わたしの身体が、お風呂のお湯に混入されていた薬によって変な発熱症状が出てしまったのだ。


 いや、正しくは発熱以上の効能だったらしいけど、幸いにして、わたしに現れた症状は発熱だけだった。


 そのために九十九が対応を考えることとなったのだ。

 わたしは彼がいなければ、自分のこともなんとかできないらしい。


「ふ~っ」


 それでも、熱さをできるだけ逃がそうと少しでも長くゆっくりと息を吐く。


 胸が焼けるように熱いが、これは全身が熱いせいだろう。

 風邪とかで発熱した時も、こんな感じだ。


 風邪だとしたら、喉の痛みがないのは、わたしにしては珍しいのだけど。


 そう言えば、魔界に来てからほとんど病気などしていなかった。

 頭痛や腹痛はたまにあるけど、人間界にいた頃ほど風邪を引いていない。


 もしかしたら、魔界には風邪菌のようなものがいないのかもしれない。


「すーっ」


 考え事をしていても、隣の九十九の寝息はよく聞こえる。


 わたしに集中力がないのかもしれないが、それを差し引いても、しっかりと聞こえる気がする。


 距離がそれだけ近いということだろう。


 自分の熱だけではなく、隣で眠っている彼の体温も感じているから。


「うぬぅ」


 厄介なことに、また体温が上がった気がする。


 だが、その割に汗をかいていない。


 体温計が切実に欲しい。

 客観的な数字が見たいのだ。


 もしかしなくても、先ほどから九十九を意識すると熱が上がっているかもしれない。


 だけど、それ以外の、先ほど九十九が言っていたような他の症状は今も、出る様子はなかった。


 いや、違う。

 さっきから、ずっと九十九のことしか考えていない。


 そう考えると少しだけ、気恥ずかしく思える。

 彼がずっと支えてくれるせいか、わたしは、他の男性のことなんか考える余裕もなかった。


 でも、これが恋かと問われたら違うと言い切る自信はある。


 恋はもっと幸せな感情だ。

 心が温かくなって安らいで、ずっとこのままでいたいと思うような気持ち。


 こんな風に、相手に頼り切って、依存して、みっともない自分を省みて落ち込むような状態は絶対に違うだろう。


 確かに九十九のことは好きなんだと思う。

 もともとが好みの顔や声だし、実際、わたしの初恋でもある。


 口は悪いけど、性格は良い。

 ちょっと過保護だけど、それは真面目な性格だからだ。


 何よりもずっと長い間、近くにいて、様々な危険から守っていてくれているのだ。

 そんな男性が近くにいたら、多少なりとも好意を抱くのは自然なことだろう。


 でも、これは恋じゃない。

 恋じゃないんだ!


 九十九のことを好きだと思うのは、恋みたいに甘酸っぱいような感じじゃなくて、もっと自分に近しい感情なんだ。


 これは、家族とかそんな感じにずっと近い。


 母に感じている愛情とは全然違うけれど、自分が父親に対して抱いているような、憧れに似た感情にとてもよく似ているから。


 だから、これは恋じゃない。


 それに、彼に恋をしたところでそれは実らないってはっきり分かっている。

 それだけ、明確に彼は線を引いてくれているから。


 わたしが望めば、彼は本当に恋人の振りをしてくれるだろう。

 自分の心を押さえつけてでも、望みを叶えようとしてくれるような人だ。


 でも、それは何か違う気がする。

 彼の気持ちを無視してまで、わたしの傍にいて欲しいとは思わないから。


 とりあえず、先ほどより熱は上がった気がする。

 わたしの考えは外れていないようだ。


 汗も、同じような手段でなんとかなるかな。


 だが、わたしの考える方法で、もっと熱を上げ、汗をかけば、九十九にもっと心配はかけることは間違いないだろう。


 なんとなく、彼に向かって手を伸ばしてみた。


 もっと伸ばせば、触れられる距離。

 でも、触れようとする手が躊躇われた。


 なんとなく、寝込みを襲うようであまり褒められた行動ではない気がする。


「どうした?」


 不意に聞こえる声。


「お、起こしちゃった?」


 慌てて、伸ばした手を引っ込めようとして掴まれた。


「ふおっ!?」


 思わず出る奇声。


 でも、そんなわたしを気にせず……。


「大丈夫だ」


 そう言って、掴んだ手を自分の頬に触れさせた。


 それだけで、体中の血液が沸騰してしまう気がする。

 彼は大丈夫かもしれないが、わたしの方が大丈夫じゃない。


「熱いか?」


 そんな九十九からの問いかけに首だけで返事をする。


 暗いから、それが彼に見えているかは分からない。


「冷たい物を飲むか?」


 またも首を振る。


 確かに熱いけど、寝る前にあまりお腹を冷やし過ぎてはいけない。

 何度もお手洗いに起きるのも嫌だしね。


「苦しいか?」


 首を振る。


 なんでだろう?

 上手く言葉が出てこない。


 喉の奥に何か詰まったような、変な感じがする。


「苦しいよな」


 そう言って、九十九はわたしを抱き締めてくれた。


 いつもは温かい彼の身体が凄く冷えている気がする。

 それだけ、自分の身体が熱いってことだ。


 でも、わたしの身体が火を噴きそうなほど熱いはずなのに、彼は何も言わない。

 胸に張り付いているせいか、九十九の心臓が大きく、早く聞こえている。


「悪い。オレがもっと早く気付くべきだった」


 それは、九十九のせいじゃない。

 あんなの気付かないし、気付けない。


 飲料水ならともかく、お風呂のお湯に何か入っているなんて普通は考えない。


 しかも、男性の九十九には全く影響がないのだ。

 そんなの気付けるはずがない。


 九十九の大きな手がわたしを撫でる。

 そこに不快感はない。


 寧ろ、ひんやりとして気持ちが良い。

 もっと顔や頭を撫でて欲しかった。


「ひんやり……」


 やっと出てきた言葉がこれだった。


「冷たいか?」

「気持ちが良い」

「だから、お前は……」


 九十九が何かを言いかけて止める。


「オレの手が気持ち良いのか?」

「うん」


 ひんやりとしていることもあるけれど、大きくて安心する手だ。


「九十九から撫でられると、かなり気持ちが良い」


 昨日の頭を「なでなで」も安心して眠れた。


 今日の頭だけではなく、頬や額の「なでなで」も触れられたところから熱を吸い取られていくような心地よさがある。


「だから、もっと撫でて」

「…………おお」


 妙な間があったけど、彼は承知してくれた。


 九十九は髪の毛が好きなのか、何度も髪を撫でられている。

 でも、先ほどと違って、ちょっと汗ばんでしっとりしてきたから少し恥ずかしい。


「首に……」

「ん?」

「首に触れても良いか?」


 首?


「熱を下げるなら、首、脇、鼠径部を冷やすのが一番なんだよ」

「熱中症対策みたいだね」


 それで、首なのか。


 確かに脇はくすぐったいし、鼠径部は……、うん、いろいろとマズいですね。


「ん~、でも、今、ハイネックだから、ちょっと脱ぐ」


 どうせなら布越しじゃない方が気持ちよさそうだ。


「は?」

「熱いし……」


 そう言って、もそもそと上着を脱ごうとして……。


「ちょ、ちょっと待て!! 流石にそれはマズい」


 九十九が慌てた。


「ふ?」

「確認するが、そのハイネックの下は何を着ている?」


 問いかけられて考える。


 あ……。

 いつもの服と違って、これは寝間着だから、この下は肌着以外、何も着てなかった。


 危ない、危ない。


「着替えの袋を出して」

「……おお」


 九十九が、わたしの着替え用の袋を出してくれる。


「で、九十九は向こう向いててね」

「まさか、ここで着替えるのか?」

「脱衣所まで行くのがつらい」

「仕方ねえな」


 九十九はしぶしぶながら、承知してくれた。


 この「ゆめの郷」に来てからはほとんどハイネックで過ごしていた。

 まあ、それなりに事情があるのだけど、もう大丈夫だろう。


 わたしの身体に刻まれた二種類の紅い印は、もうかなり薄れているのだから。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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