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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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この場所だから仕方ない

 ―――― やられた!!


 手に持った植物が、僅かながらも棘を出すその様を見て、オレが最初に思ったのはその一言だった。


 オレが手にしている植物の名は「パーシチョプス」と呼ばれている多肉植物。


 この植物は、その表面がツルツルした緑色の球状であることが多いのだが、一定化の条件で、その色を紅く変化したり、その球状の形態に様々な形の棘を発生させたりする特性を持っていた。


 一般的な認識は、「棘のある植物」。

 一部の人間にとっては、「薬物判定植物」。


 栄養となる物が触れるとその表面を一時的に紅く染めて、その養分を吸収し、害となる物が触れれば、身を守るかのように「警戒(けいかい)()」と呼ばれる棘を出し、弾こうとする。


 因みに、人間が触れたらその表面は深紅に染まり、長い時間触れていると皮膚が溶けるらしいので、その取り扱いには注意が必要である。


 いや、そんなことはどうでも良い。

 問題は、この植物が僅かとはいえ、棘を出したことにあるのだから。


 オレが掛けた液体に対して、「警戒(けいかい)()」と呼ばれる棘を出した。

 つまり、この液体は、この植物にとって害となる物だということだ。


 人間よりもずっと外敵に敏感なこの世界の植物。

 その反応は無視できない。


「決まりだな」


 風呂上りの栞の状態を見てから、なんとなく嫌な予感がしたんだ。


 彼女は体温の上昇し、明らかに体内魔気が乱れていた。

 だが、対照的にオレはなんともなかった。


 今日はほぼ同じ場所で行動をしていた。

 そして、常に周囲を警戒していたにも関わらず、このザマとは、我ながら情けない話だ。


 栞は発熱し、今は、寝台に横たわって苦しそうに喘いでいた。

 呼吸は荒いが、それは熱のためだろう。


 今すぐ彼女の身に危険があるというわけではないことは分かっている。


 だから、まずは状況の確認を優先しよう。


「兄貴、今からいろいろ送り付ける」


 携帯用通信珠を起動して、相手の反応を見る前に、用件だけを先に伝える。


 これだけで、緊急性は伝わるだろう。


「それらをトルクスタン王子に薬品として鑑定してもらいたい。急ぎだ」


 ああ見えて、トルクスタン王子は薬品関係に強い。


 恐らく、どこまで詳細に鑑定できるのかは分からないが、オレが調合した薬品のほとんどは即座に鑑定された。


 それは、知らないものでも見抜くような「鑑定魔法」ではなく、経験に基づくものとは聞いている。


 だから、トルクスタン王子自身が鑑定することができないのは、これまでトルクスタン王子自身が知らない、未知な薬品を創り出した時らしい。


 その時は、哀れな従者や、近くにいた人間たちが犠牲となっている。


「あと、結果が出るまで水尾さんと真央さんを風呂に近づけるな」


 オレに反応がなく、栞にだけ変化が現れたのは、恐らく性別による違いだろう。


 オレは確かに、薬物耐性が高いが、自分の周囲やこの身体にある違和感に気付かないわけではない。


 そして、薬物の効き目が薄くても、それは全くの無反応というわけではなく、身体に違和感は表れる。


 自分に毒が盛られたら、体内魔気も反応するのだ。


 先ほどの風呂の水を含め、他にもいろいろと送り付ける。

 送料は無料だが、代わりに魔法力がごっそり減っていく。


 オレは、まだ物質移動に慣れていないのだ。


 自分が移動する分には楽だが、特定のポイントを目掛けて狂いなく送り付けるのはかなりの集中力も必要とする。


『分かった』


 最後の品を届けた時、ようやく兄貴の反応があった。


「最初に送ったやつは『棘のある植物(パーシチョプス)』が反応した。それも伝えてくれ」


 それで、意味は伝わるだろう。


 トルクスタン王子にも、兄貴にも。


『分かった』


 黄色く光る珠は、それだけを告げると、光を失くした。


 そちらは兄貴たちに任せて、後は、当事者だ。


 オレは、栞を見る。

 顔を赤らめている辺り、熱いのだろう。


 命に別状はないことが分かっているため、彼女に対する反応も判断も遅れてしまったが、その状態を申し訳なく思う。


「悪い、オレの油断だ」

「ゆ?」


 不思議そうに問い返した。


 恐らく、栞は何故、そんな急激に体温が上昇したのかも分かっていないだろう。


「落ち着いて聞いてくれるか?」


 オレの言葉に、栞は静かに頷いてくれた。


「み、水、飲みたい……」

「ああ、分かってる」


 冷たい飲み物を出す。


 薬草茶だったが、鎮静効果ではなく、解熱効果を優先させた。

 少なくとも、少しはマシだろう。


 トルクスタン王子からの鑑定結果が出るまで、今は、下手なものを渡せない。

 相乗効果が出ても困るからな。


 オレは彼女の黒い前髪を撫でる。


 顔の紅さに反して、汗をかいていない。

 体内で熱だけが巡っている状態なのだろう。


 状況は分かっていなくても、懸命にその襲い来る熱さに耐えようとしているその顔を見て、邪なことを考える余裕はなかった。


「栞のその状態は、恐らく、風呂の湯が原因だ。薬効成分といえば聞こえは良いが、恐らく……」


 栞に今の状態を伝えようとした時、オレの背後に何かが落ちる音がした。


 どうやら、鑑定結果が届いたようである。


「早えっ!?」


 寧ろ、鑑定結果は既に準備されていて、送られてきたタイミング的にいろいろ邪魔されたような気もした。


 分かっていたなら、早く、教えてくれよ。

 主人が苦しんでいるのに、オレを試すな。


 栞から離れて、そのやたら大量にある鑑定結果を確認する。


 その分厚さから、オレが送り付けたもの以外のものについても書かれているようだが、これは……。


「見立てと少し違ったが、大筋は同じか」


 直接、口に入れる物については、細心の注意を払っていた。


 だが、この場所は、結界という形で漂う大気にすら影響を与えていたのだ。

 その時にもっと警戒すべきだった。


 お湯や湯気と呼ばれる水蒸気は、肌に直接触れ、口にも入ることに。


 そして、少量だからすぐに効果は出ない。

 多少、長風呂をしたところで、一日、二日ぐらいでは気付けないだろう。


 だが、確実にその身体を蝕んでいく。


「あのお湯には、女限定で効果のある成分が含まれていた」

「女性、限定で……?」


 栞の瞳は潤みつつも、強い光を見せている。


「狙われたのは、わたしってこと……だね……」


 栞は悔しそうに唇をかみしめた。


「いや、お前だけじゃない」


 そこが厄介なところだった。


 自分たちだけが狙われたなら、場所を変えるだけで問題は解決しただろう。


 だが……。


「わたし、だけじゃ……?」

「以前、泊まっていたあの宿も同じ成分の湯だったらしい。だから、狙われたのはお前だけじゃなく、水尾さんと真央さんもってことになる」


 いや、正しくは、この「ゆめの郷」にいる女全てだ。


 それならば、水源に薬を蒔くだけで一気に広められる。

 だから、効果が微量なのかもしれない。


 そして、そこには当然ながら「ゆめ」も含まれている。


 ここで働いている女たちはあらゆる種類の薬で、身体を蝕まれ続けていたのだ。

 そこに効果の薄い薬品が一つ加わった所で、誰にも気付かれることはないだろう。


「そして、魔界人は、総じて薬に弱い。魔法耐性が高い貴族ほど、体内魔気の護りが強く、油断も大きいからな」


 魔界人の身体が薬に慣れていないことを逆手にとった戦法だった。


 本来、この魔界で継続的な効果を一定に保てる薬を作ることが難しい。


 どんなヤツが作っているのかは知らんが、これだけ長い時間気付かれることなく効果を発揮しているんだ。


 相当な「薬師」が後ろにいることだろう。


「ど、どんな効果があるの?」


 事の重大さに気付いた栞は、確認する。


 言いにくいが、本人に現状を伝えるためには仕方ない。


「媚薬……のようなもの。分かりやすく言えば、『催淫効果』……、だ」


 書かれていた効果は、「『女性限定』で『催淫効果』を生ずる」薬品だった。


 人間界で言えば、「エストロゲン」と呼ばれる女性ホルモンの分泌を不自然に増やす効果があるらしい。


 それも少量なら、少しの錯覚を覚える程度だろう。


 だが、ここに通って何度もその薬品に触れれば、その錯覚も色濃くなり、本来の効果を発揮するようになる。


 その薬品を常用、身体に蓄積させ続ければ、異性が欲しくてたまらなくなるだろう。


 「発情期」のように積極的に相手を求める攻撃的な衝動ではないが、異性に対して肉体的な欲求が高まる点は同じだ。


 傍から見れば、この場所で異性に対して恋心が芽生え、その関係を深めたいと変化していくありふれた感情。


 だが、それが薬品によるものならば話が変わってくる。


 周囲の結界、感情の揺らぎに影響を与えられている上に、そんな薬効効果が現れたら、適切な処置を施して断ち切らない限り、この場所限定で異性に激しく依存することになる。


 それは気が狂った恋のように。


 一人への執着か。

 多人数への異常性か。


 厄介なことに、その効果は出てみなければ分からない。


 しかも、催淫効果が出やすい男ではなく、「女性」に限定させたところに、使用者の性格が窺える。


 この場所に来る男の目的は、ほとんど自身の欲望、欲求の解消だ。

 だから、誘うまでもなく勝手に「欲情」してくれる。


 だが、「女性」は別だ。一般的な感覚としても、倫理としても、ホルモンなどを含めた現実的な身体の影響にしても、男よりもその敷居は高い。


 だが、ここは「ゆめの郷」。


 相応の対価を出せば、ある程度の守秘義務を持つ「異性(ゆな)」を買うことも許されている場所だ。


 本来の自身にとっては、許されないような行為であっても、正当化できてしまう。


 ことが事だけに、この場所の異常性に気付く人間はほとんどいなかったのだろう。


 だから、ずっと見過ごされてきたのだ。

 誰にも気付かれることなく、「この場所だから仕方ない」という言い訳(正当化)と共に。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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