必ずなんとかする
「さっ、『催淫効果』って、えっちな気分になるってこと!?」
つまり、この身体の状態はそう言うことなの!?
え?
ちょっと待って?
「落ち着け」
「無理!!」
いきなり、そんなことを聞かされてどう落ち着けば良いのか?
「お前の身体には、まだそこまでの効果が出ていない」
だが、九十九はあっさりと言い切った。
「ほ?」
「恐らく、熱いだけだ。それ以外の感覚は、多分、ないだろ?」
彼の言葉にふと考える。
確かに熱いだけだし、ちょっと頭がぐらぐらしてはいるが……。
「こ、これ以外の感覚を伴う、と?」
「その辺は、個人差があるからなんとも言えんが……」
九十九が顔を逸らす。
「あ~、その、ずっと、男のことしか考えられない状態にはなってないだろう?」
「それじゃあ、ただの変態じゃないか」
九十九の極端な言葉に対して、はっきりと言った。
身体は確かに熱いが、九十九が言うように、ずっと殿方のことしか考えられない状態ではないと言いきれる。
「後は、そうだな。誰でも良いから男に触れたいとか、それ以上のことをしたいとかも思ってねえよな?」
「それも変態じゃないか」
そんな思考に陥ってしまったら、本当に痴女とかそう言った種類の人間になってしまうだろう。
九十九やソウの言動にふらふらしていたわたしが言うのもアレだとは思うけど、異性なら誰でも良いとか、いろいろ危険思考だと思う。
「『催淫効果』が強く出ると、そうなるんだよ」
「ひえええええっ!?」
そ、そんな、恐ろしいことに……。
「落ち着け。恐らく、お前はそこまでの効果は出ない」
「な、なんで?」
そんな風に言いきれるのか?
「幸い、栞は薬に多少の耐性がある。人間界にいたこともあるが、オレが割と、薬効成分の高いものを食わせているからな。オレたち兄弟ほどじゃなくても、一般的な魔界人よりは、薬の効き目が悪い部分はある」
「そうなのか」
九十九の料理にそんな効果があるとは……。
美味しいだけではなく、薬への耐性を高めるとか、彼の料理って凄すぎない?
「身体が熱い以外の症状は?」
「頭がぐらぐらする」
「眩暈、吐き気は?」
「ない」
「会話も思った以上に成り立っているな……」
そうなのか……。
自分では、いつもより考えがまとまっていない気がするのだけど……。
「それ以外の自覚症状は?」
「九十九の声が耳に響く」
「そ、そうか。悪い。ちょっと声がでかくなっているかもしれん」
そういう意味ではないのだけど、まあ、いいや。
「下腹部に不快感は?」
「違和感はある」
なんとなく、生理の時みたいな不快感はあるけど、それは、流石に口にするのは憚られる。
いくら護衛とはいえ、主人の生理の話を聞かされても困るだろうし、言っても男性である彼にはその状態も伝わらないだろう。
「具体的には?」
聞かないで欲しい。
「お手洗いに行きたい。水、飲み過ぎたかも」
下腹部にぽこぽことした奇妙な感覚があった。
お腹を冷やした時にも少し似ている。
もしかしたら、これが催淫効果ってやつなのかもしれない。
ただの発熱や風邪とは少し違う症状だった。
「そ、そうか、行ってこい」
どこか気まずそうな顔をして九十九は言った。
しかし、「催淫効果」か。
なかなかえげつない攻撃方法だ。
女性を狙い撃つとかとんでもない話だと思う。
だけど、同時に効果的でもあるのか。
特にわたしたちは女性の方が、分かりやすく魔力が強い。
連れの女性が催淫効果、発情期みたいな状態になれば、男性だって抑えるために手を尽くす必要が出てくる。
足止めの効果もあるだろうし、そちらに意識が割かれるから……。
「あ……」
九十九やわたしはこの「ゆめの郷」にある程度の損害を与えた……、らしい。
だから、そのことで逆恨みされて、暴力行為に出ようとしてもおかしくはないが、わたしの護衛は素敵に有能なのだ。
それは、わたしが寝ている間や、お風呂に入っている僅かな時間すら外敵排除できる能力からも証明されている。
明らかに、格上の相手……。
とても敵わぬ相手に出会った時、人はどうするか?
油断を誘って攻撃するにも限度はある。
しかも、それでもその相手を倒せるかは分からない。
さらに倒しても得られるものが少なければ、逃げるのではないだろうか?
「……と、考えたのだけどどう思う?」
お手洗いという場所は、どうして、考え事をしたくなるのだろうか?
「お前の発想は、本当に不思議で面白いな」
そして、彼の言葉には毎度、褒められている気がしない。
まあ、実際、褒められていないのだろうし、だからと言って、思慮が足りないと馬鹿にしているわけでもないのだろう。
「一応、兄貴にも話しておく」
それは、なんとなく恥ずかしいな。
雄也さんに、浅慮とか思われたらどうしよう?
いや、自分でも、単純な考え方だとは思うのだけど……。
「それより、身体は大丈夫か?」
「ほえ!?」
九十九が頬に触れてくる。
心配してくれているのだろうけど、今はあまり触れられたくない。
お湯の「催淫効果」は薄いようだけど、全くないわけではないようなのだ。
先ほどまで、落ち着いていた心臓が、仕事を思い出したかのように、動き出す。
「だ、大丈夫!」
「それならば、良かった」
彼にとっては、その効果が出ない方が良いのだろう。
以前、わたしがそんな状態になったら、鎮めるとは言ってくれた。
でも、わたしが誰でも良くないように、九十九だって誰でも良いわけではないと思う。
確かに「対象外」ではないらしいけど、だからといって、わたしのことを好きだというわけでもないのだ。
思わず、息が漏れる。
その息が酷く、熱く感じた。
「と、とりあえず、寝ようか」
そう言って、わたしはいそいそと……布団に潜り込んだ。
こんな落ち着かない気分の時は寝るに限る!
よくよく考えれば、昨日もそうだったのかもしれない。
だから、抱き締めて頭を撫でて欲しかったの……かも……?
あれ?
じゃあ、昨日より効果が出ていると思われる今日はどうすれば良い?
九十九も、同じように布団に入って来る気配がする。
その行動が、昨日よりも緊張した。
いやいやいやいや、今更、今更だ。
今更なのだ。
今更、ここまで意識してはいけないだろう。
「大丈夫か?」
九十九の問いかけに……。
「な、何が!?」
声が上ずった。
「昨日より、きついだろ?」
「大丈夫、大丈夫!」
九十九は心配してくれているけど、ついそう言ってしまった。
本当は全然、大丈夫じゃない。
身体は熱いのに、少し震えてしまう。
寒さからじゃない。
怖いのだ。
みすみす、わたしは敵の手に嵌ってしまったようなものだった。
それなのに、九十九は自分を責めている。
彼のせいじゃないのに。
悪いのは、そんな薬を使うような人たちなのに。
「栞……?」
思わず、横にいる九十九の服を握ってしまった。
その行動に違和感があったのだろう。
彼は不思議そうにわたしの名を呼んだ。
「大丈夫」
わたしは彼にそう告げる。
彼の状態に比べれば……。
あの時の九十九は、きっともっと辛かったんだ。
こんな身体が熱くなる以上の症状。
「発情期」って、そういうことなんだろう。
もしかしたら、先ほど言っていた彼の言葉は、その時の経験談なのかもしれない。
「大丈夫」
わたしはもう一度、言う。
「そうか……」
九十九はどこか安心したように呟いた。
我慢だ!
熱いだけだ!
しかも微熱程度だ!!
大丈夫……。
九十九が横にいてくれる。
こんな状態でも落ち着いていられるのは、彼の存在があるからだろう。
一人では、どうにもならなかった。
勢い余って、水風呂にでも飛び込んでいたかもしれない。
そうでもしなければ、この身体の火照りが治まる気がしなかった。
ただひたすらに熱い。
それだけのこと。
それでも、熱くて短い息が漏れる。
単純に熱だけなら良い。
そこまで高くはないようだし。
だが、別の余計な感覚が、自分を邪魔している気がした。
だが、このままもっと熱が上がって、汗もかけば、逆に楽になるのではないだろうか?
そのためには……。
「苦しいなら言えよ」
「え……?」
ふと思考を中断される。
「必ずオレがなんとかしてやるから」
その意味を考えて、思考が沸騰するかと思った。
この場合、つまり、そういうことだよね?
えっちなことの相手とかそう言った……?
「解熱効果のある薬草や食材は……」
そんな呟きが耳に届く。
真面目な護衛青年は、どこまでも真面目で頼れる護衛青年だった。
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