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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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彼女はそれを望まない

 さて、夜である。


 いろいろと気合を入れて臨んだ結果、まあ、それなりに良い時間を過ごせたのではないだろうか。


 邪魔は入ったが、問題になる程度ではなかった。


 ただ、栞に、部屋へ侵入してきた人間がいたことに気付かせてしまったのは失敗だったな。


 思ったより、彼女の感知能力が上がっているようだ。


 喜ばしいことなんだが、こんな時は困る。

 もう少し、証拠隠滅はしっかりしないと、栞が分かりやすく不機嫌になっていた。


 絵を描くのに気が乗らなかったのも、その辺にあったのだろう。


 ただそれを、夕食後、それも、オレが風呂から出た後に確認した辺り、彼女もはっきりと確信は持てなかったのだろうけど。


「そんなわけで、今日は頑張って起きる!」


 そんな宣言を気合の入った声で言う栞は、本当に可愛らしいと思う。


「どんなわけだよ」

「いや、侵入者に気付かずに寝てるっていろいろとおかしくない?」


 どちらかと言えば、オレに抱き締められながら寝る方がおかしいという事実に気付いて欲しい。


「気付かせないように細心の注意を払ったからな」

「その気遣いは明らかにおかしい!!」


 その方が、敵も遠慮なく餌に食いつこうとするだろう。


 実際は、食いつくどころか近付くこともできなかったわけだが……。


「あのな~、オレは護衛なんだよ」

「それは知ってる」

「護衛が主人の眠りを護って何が悪い?」

「うぐっ」


 オレの言葉に彼女は押し黙った。


 当然だ。

 主人に危険を感じさせるようでは、護衛として未熟なのだから。


 まあ、何も知らない主人を囮として使う護衛もどうかと言う気はしないのだが、安全には細心の注意を払っている。


「その結果、わたしが九十九の足手纏いになったらなんにもならないでしょう!?」


 彼女は分かっていない。


 その気になれば、彼女は自分の身は自分で護れるのだ。


 以前に比べて「体内魔気」による自動防御は、大分、無駄な放出が抑えられるようになっている。


 それ以上に、魔力だけでなく魔法力も格段に上がっているのだ。


 寧ろ、半端に手心を加えることをしない睡眠状態の方が、かなり無敵に近い。

 そんな彼女が足手纏いになるはずもないだろう。


「せめて、ピンチの時にはあなたの足を引っ張らないように、逃げられる程度にはしておきたいんだよ」


 それなのに、そんなことを言う。


「目の届かない所に逃げられる方が、もっとずっと迷惑だ」


 だから、思わず本音が零れ落ちた。


 そんなことを言われても、栞が困るだけなのに。


「ほへ?」


 案の定、彼女は不思議そうな瞳をオレに向ける。


「いや、こっちの話。お前がオレの足を引っ張ることはねえよ」


 改めて、そう言いきった。


「でも……」


 オレの言葉が信用できないのか、栞は俯きがちに迷いを見せる。


 だから、はっきりと言ってやろう。


「お前は寝ていても、容赦なく相手を吹っ飛ばすからな」


 嘘は一切ない。


「いやいやいやいや?」


 その言葉は否定なのか?


「それはそれで、新たな問題が発生しませんか?」

「つまり、オレの仕事は、寝ているお前がうっかりやり過ぎないように見張ること……だな」


 知らない間に人を傷つけたと知れば、それだけで落ち込むだろう。


 まあ、うっかり殺ってしまうことがあれば、彼女がその事実に気付くことがないよう、その対象を闇に葬り去るだけの話だが。


「だから、それはそれでどうなの!?」


 そうは言われても、栞の心が傷つくより、よっぽどか大事なことだ。


 そのためなら、オレは人の心を捨てる覚悟ぐらいはしている。


「それに、お前、あまり遅くまで起きていられないだろ?」


 オレが知る限り、日付が変わる頃には、ほとんど寝ている。


 昨日は、少し夜更かしした方だ。


「人を子ども扱いするな!!」

「事実なんだが……」


 別に子ども扱いしているわけではない。


 寧ろ、健康にはその方が良いのだ。

 徹夜に慣れるのはよくない。


 疲労を回復するための睡眠はとても大事だと、どこかの魔法国家の第三王女殿下も言っていたではないか。


「それとも、大人扱いして欲しいのか?」


 それはそれで、悪くはないかもしれない。


「ほへ!?」


 栞の黒く大きな瞳が、分かりやすく丸くなった。


 この顔、可愛いよな。


 オレの主人は、驚いた顔も本当に可愛いのだ。


「栞はオレに何して欲しい?」


 そうなると、やはり揶揄いたくなる。


「ちょっ!?」


 耳が弱点な栞は、耳元でオレが囁くと、明らかに混乱した。


「抱き締めて頭を撫でる以外に、オレからして欲しいことはあるか?」


 望むなら、それ以上のこともオレは問題ない。

 寧ろ、それ以上のことなら喜んでやってやる。


「どんな願いでも聞いてやるぞ?」


 そう言って笑うと……。


「お風呂入って、考える」


 栞は耳を真っ赤にしたまま、俯いて、オレにそう言った。


「そうか」


 可愛がるのはこれぐらいにしておこう。


「ごゆっくり」


 オレがそう言って手を振ると、彼女は顔を真っ赤にしたまま、頬を膨らませた。


 ちょっと揶揄い過ぎたか。

 でも、そんな顔も可愛いのだから仕方ない。


 緩んでしまった頬を右手で押さえながらそう思った。


 これだけのことで喜べるって、小学生かよ!?

 うっかり気持ちが溢れ出そうになるのが、本当に困る。

 

 さて、あの様子だと、絶対にやり返すことを考えているだろう。


 揶揄われていることが分かっているのに、大人しく引き下がってくれるほど物分かりが良い女なら、オレも苦労はない。


 だが、今回の場合はどう転んでも、オレに損はないだろう。


 それよりも、栞が風呂に入っている今のうちに、()()()()()っておくか。

 折角の、栞との時間を邪魔されるのは面倒だ。


 そして、オレたちはカルセオラリアの王族であるトルクスタン王子ほど警戒はされていない。


 荒事に慣れているヤツらだからこそ、出鱈目な存在である王族に対しては、最大限の警戒をするはずだ。


 すぐ傍にいるカルセオラリアの王族以上の存在に気付かないまま……。


 そして、その存在を前にすれば、どんな警戒も無意味だ。

 彼女は力技でこの領域ごと焼き尽くすことも可能なのだから。


 そう思って、オレは手早く、外のヤツをぶちのめし、魔法封じの拘束具を付けた上で、転がしておく。


 今のこの大陸の気候で、風邪をひくことなどないだろう。


 人数は、3人。

 時間も昨日よりはかなり早い。


 襲撃者たちが昨日より少なかったのは舐められているのか。

 単純に人手不足なのか。


 そのまま、兄貴に連絡をした。

 それだけのことに5分もかからない。


 だから、栞が風呂から出るまでには全て終わった。


 この状況がいつまで続くか分からない。


 しかし、この様子ならば、この「ゆめの郷(トラオメルベ)」が全て、敵になっていてもおかしくはない気がした。


 幸いにして、総力戦ではないようだが、昨日、今日と連続して襲撃できる程度に人員が割かれていることは間違いないだろう。


 そして、一国ならともかく、集落のような場所にそこまでの人手はない。


 そして、「ゆめ」や「ゆな」ではなく、荒事慣れしている用心棒のような存在となれば、ある程度、その人数も限られてくる。


 さて、兄貴たちはどこまでやるつもりだろうか?


 完全に組織を崩壊させるつもりなら、こんな回りくどいことはしないだろう。

 一気に本丸に攻め込めばすむ話なのだから。


 だが、それをしないということは、別の目的があるということだ。


 オレとしては、好都合ではあるのだが。


「九十九……」


 考え事をしている時に、呼びかけられた。


 何も考えずに振り向くと、風呂上りで上気した顔の栞がいる。


 この状態を見るのは既に3日目だと言うのに、どうしても慣れない。


 いつもより身体のラインが見える部屋着とか、仄かに漂ってくる香りとか、どこか色っぽくもあるその表情とか、いろいろ凶悪すぎる。


 なんで、この女がオレの主人なんだろう?

 そんな基本的な疑問すら湧いてくるから性質が悪い。


 分かっている。

 これは矛盾した考え方だ。


 栞がオレの主人だから、傍にいることを許されている。

 ただの男と女なら……、こんな状況にはなっていない。


 何より、彼女がそれを望まない。


「おお、上がったか」


 オレは平静を装う。


 少しでも、この考えに気付かれないように……。


「また、変な人たちが来た?」


 思わぬ方向からの指摘に、一瞬、表情を作り損ねた。


 その顔を返事として受け止めたのか、大きく息を吐いて「やっぱり」と呟かれた。


「なんで分かるんだ?」


 バレているなら、仕方ない。


 オレは開き直る。


「今回は、部屋の雰囲気は変わってないのだけど、九十九の体内魔気が少し変化してるから、そうなのかな~って……」


 ……そっちか。


 主人の感覚が鋭くなると、誤魔化しも利かなくなる。

 ……って……。


「栞、お前、顔が紅くねえか?」

「風呂上りだからだね」

「いや、そう言うのではなく……」


 そう言えば、いつもより風呂に入っている時間が長かった。


 だから、うっかり思考に没頭してしまった面はある。


「あ……」


 ふらりと、栞の身体が揺れた。


 あまりにも分かりやすい症状。

 オレは、彼女を支える。


「のぼせたな」

「そ、そうかも……?」


 湯の水質にそこまで身体に害のあるような成分は感じなかった。

 だから、温泉での「湯あたり」とは違うだろう。


 もともと、オレはそこまで長湯しないけれど。


 だが、今回、いつもより長く風呂に漬かっていた彼女は、身体が温まりすぎて、血行に影響が出たのだろう。


 この時のオレはそう思った。


 だが、ここは「ゆめの郷」。

 常識では計れない罠はあちこちに潜んでいたのだ。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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