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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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後悔させたくない

 さて、夜である。


 いろいろと気合を入れて身構えていた割に、昨日は特に何も起きなかった……と思いたかったところだが、残念ながらそうはならなかったようだ。


 恐らく、わたしが寝ている間に、何か起きたのだろう。

 わたしが目覚めた時、この部屋の空気が、少し変化していたから。


 すぐに気付くことは出来なかったけれど、この部屋で過ごしているうちになんとなく、理解した。


 その気配から、侵入者が現れ、九十九はわたしを起こさずに応戦したと思われる。

 でも、彼は、何も教えてくれなかった。


 わたしが確認することで、ようやく渋々ながら認めたぐらいだ。

 聞かなければ、隠すつもりだったんだろうね。


 でも、今回は特に一服盛られたわけでもなく、魔法をかけられたわけでもないのに、そのことに全く気付かないまま、ぐ~すかぴ~と寝ていた自分の神経はいかがなものか?


 確かに九十九は護衛だし、任せて安心! なのは認めるけど、それでもこの危機意識のなさは、流石に自分でもどうかと思う。


 九十九がいなければ、わたしは、とっくに死んでいたのかもしれない。


「そんなわけで、今日は頑張って起きる!」

「どんなわけだよ」


 わたしの言葉に、九十九は冷ややかな視線を送ってくる。


「いや、侵入者に気付かずに寝てるっていろいろとおかしくない?」


 寝ていると言うことは、ほぼ自分の意思で動かないということだ。


 つまり、一歩間違えば、人質のような扱いを受けてもおかしくない。


 そして、わたしは彼の動きを封じることができる程度には、自分の価値があることを知っている。


「気付かせないように細心の注意を払ったからな」

「その気遣いは明らかにおかしい!!」


 とんでもないことを言う護衛に対して、思わずそう突っ込んだ。


 そんな所に細心の注意を払うような余裕があることは凄いが、それではいざという時に逃げることもできないではないか。


「あのな~、オレは護衛なんだよ」

「それは知ってる」

「護衛が()()()()()()()()()()()()()?」

「うぐっ」


 確かにその気持ちは嬉しいけど……。


「その結果、わたしが九十九の足手纏いになったらなんにもならないでしょう!?」


 彼はそこが分かっていない。


 なんで、九十九は勘が良い方なのに、そんな基本的な部分に気付いてくれないのか?


「せめて、ピンチの時にはあなたの足を引っ張らないように、逃げられる程度にはしておきたいんだよ」


 わたしは、足手纏いになる気などないのだ。


「目の届かない所に逃げられる方が、もっとずっと迷惑だ」

「ほへ?」


 なんか、今、変な言葉が聞こえたような気がする。


「いや、こっちの話」


 九十九は自分の口を押さえた。


 そして……。


「お前がオレの足を引っ張ることはねえよ」


 改めて、そう言いきる。


 その根拠はどこにあるのか?

 どう考えても、寝ているだけの人間は大きな荷物でしかないと言うのに。


「でも……」

「お前は寝ていても、容赦なく相手を吹っ飛ばすからな」


 九十九は笑顔でとんでもないことを言った。


「いやいやいやいや? それはそれで、新たな問題が発生しませんか?」


 そう言えば、少し前にそんなことを言っていた気がする。


 幸いにして、今のところ、死人は出てないとかなんとか?

 そして、第一号は昨日も出なかったってこと?


「つまり、オレの仕事は、寝ているお前がうっかりやり過ぎないように見張ること……だな」

「だから、それはそれでどうなの!?」


 それは護衛というよりも、お目付け役……という方が近い気がする。


 何!?

 寝ているわたしって、そんなに凶悪なの?


「それに、お前、あまり遅くまで起きていられないだろ?」

「人を子ども扱いするな!!」

「事実なんだが……」


 確かに、日付が変わる頃には眠くなるけど!

 人間界にいた頃から、同じ年代の子に比べたら早寝だったけれども!

 漫画を読みふけって時間を忘れない限りは、しっかり、寝ていたけど!


 夜に寝て何が悪い?


 寝る子は育つ!

 そう信じていただけの話だ。


 健気にもそれを信じて実行していたわたしは、寝たほどは育つことができなかったのだけど。


「それとも、大人扱いして欲しいのか?」

「ほへ!?」


 九十九の瞳が妖しく光った。

 さらには、明らかにその纏う雰囲気すら変わる。


 肌を撫でる穏やかな風が、まるで湿気を含んだ空気の流れになったような気がした。


「栞はオレに何して欲しい?」


 この状況で、さらにお腹に響くような低音ボイス……だと?


「ちょっ!?」


 ちょっと待って!?

 そんな展開は望んでいない。


 だけど、わたしの護衛は攻撃の手を緩めるつもりはないようだ。


 護衛って本来、わたしの護りだよね?

 わたしに対して攻めることじゃないよね?


「抱き締めて頭を撫でる以外に、オレからして欲しいことはあるか?」


 さらに意味ありげに笑うとか!?


 そ、そう言えば、昨日、うっかりそんなことをお願いしてしまった気が……。

 落ち着いた今となっては、そのお願いもどうかという話。


 布団の中で、異性に対して「抱き締めて」とか、普通なら、誘っているとしか思えないよね?


 そして、それでも誘われない。

 そんな言葉に流されない、惑わされない彼は本当に護衛の鑑だ。


 だが、それに対して、いろいろと複雑になってしまうのも乙女心。


 言い換えれば、彼にとってわたしという存在は、多少ドキドキするような状況で迫られても我慢できてしまう程度の異性だと言うことである。


 つまり、わたしには女性としての魅力がまだまだ足りないという話だ。


 しかも、考えようによっては抱き締めながら頭をなでなでされるのも、ある種、小さな子ども扱いされている印象はある。


 それは、幼い子に対してする行為でもあるから。


「どんな願いでも聞いてやるぞ?」


 どこか意地悪く笑う九十九。


 彼は、やっぱり、「S」だと思う。


 そして、これは、わたしが大したことを願わないというのが前提の言葉だな?


 確かに、わたしは異性との接触経験が浅いし、男女のそういった行為に対しては羞恥が強く、限度もある。


 だけど、分かりやすく舐められっぱなしで黙っていられるほど、素直で大人しい女でもないのだ。


 では、どこまで願うか?


 抱擁はある程度、されている。

 なでなではうっかり寝てしまうぐらい心地よかった。


 それを越える行為?

 ……抱擁を?

 いろいろ無理じゃないか?


 でも、この様子だと、九十九の方は平気そうな気がする。


 何よりも、「発情期」の熱に浮かされた状態とは言え、わたしたちはそれ以上の行為だって、既に経験しているのだ。


 こんなことで頭を抱えること自体、今更の感があるのは仕方ない。


「お風呂入って、考える」

「そうか。ごゆっくり~」


 わたしの言葉に対して、先にお風呂に入っていた九十九は、手をひらひらとさせて対応する。


 うぬう……。

 どこまでも彼のペースだ。


 悔しい。

 このままでは終われない。

 

 脱衣所で、服を脱ぎながら考える。


 いっそ、裸で抱き着くか?


 いやいや、落ち着け自分。

 それは、この上ない悪手だ。


 そんなことするのは、痴女でしかないし、そこまでしてしまったら、二度と埋めることのできない深い溝ができてしまうことだろう。


 そうなると、裸などの露出系は却下だ。

 誰も喜ぶ結果にならない。


 幸せになる人が誰もいないのに、それを実行する理由はなかった。


 何より、この体型で手足や背中、胸元を出しても、九十九から憐みの視線を受けるだけのような気もする。


 ないわけではないけど、あるとしっかり胸を張れるほどでもない。


 お色気路線は絶対、辞めた方が良い!


 だけど、このまま、いつものように軽く扱われてしまうのも、女としてかなり悔しい話ではある。


 少しぐらい、わたしも彼の中に何らかの跡を残したいと思うのは、仮にも彼の主人として良くない考え方なのだろうか?


「跡……」


 痕跡、形跡、事跡、軌跡……。


 分かりやすいのは「印付け(マーキング)」か。

 自分が魔力を使って印付けることで主張する所有物の証。


 でも、九十九はわたしの所有物ではない。


 それに、なんとなく、わたしが「『印付け(マーキング)』をさせろ」と言えば、九十九はあっさりと受け入れてしまいそうな気がして、怖い。


 彼は変なところで自分の意思をわたしに委ねる部分があるのだ。

 その結果があの重い誓いなわけだし。


 自分の考えがいつものように迷走を始めたのは分かっている。

 だから、頭を冷やす意味で、お湯にどぼんと潜った。


 わたしがここで、阿呆な結論を出せば、彼は絶対、困る。

 それは避けたい。


 九十九が、わたしに全てを捧げると誓ってくれたことを後悔させたくはないのだから。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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